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林秀毅の欧州経済・金融リポート

ウクライナは分裂するか―旧東西ドイツとの比較

 

2014/04/10

 ウクライナ危機が一段と深刻化している。3月のクリミア自治共和国における住民投票の結果を受け、ロシアがクリミア半島を実質的に支配下に置いた。欧米主要国の制裁措置が実効性を欠く中で、ロシア系住民の多いウクライナ東部にどこまでロシアの影響力が及ぶかが焦点になっている。ウクライナ国内に目を向けると、5月25日に予定される大統領選では親欧州派が優勢だが、誰が大統領になっても、経済の難局を切り抜けなければ、早晩国民の支持を失うことになる。さらに世界全体の動きをみると、強硬なロシアの姿勢に対し、欧米などによる制裁措置の効果は現状限られているが、今後「市場の圧力」が一段と強まれば、ロシアも落とし所を探らざるを得なくなるだろう。

 以下、ウクライナ危機の今後の展開について、ロシアの動向、ウクライナ国内の政治情勢、世界の対応の3点から検討したい。さらに、このまま混乱が続けばウクライナが東西に分裂するという事態も取り沙汰され、「第2の冷戦の始まり」といった見方もあることから、現在のウクライナを、第2次大戦後、東西に分裂したドイツと比較検討することにしたい。

ロシアの動向:「連邦制」により着地点を探る展開へ

 第1に、ロシアが今後ウクライナ東部に対しどのような動きを見せるかという点について、前月の本レポートでは、東部への軍事進攻というシナリオは、欧州・米国だけでなく、事態の泥沼化につながるため、ロシア自身も内心では望んでいないだろうと述べた。この点は現状でも変わっておらず、以前はロシア領だったクリミアと、東部地区ではロシアとの親しさの度合いが異なっている点には注意が必要だろう。

 さらにその後、ロシアが想定通りクリミア半島を実質的な支配下に置いたため、クリミアを拠点に東部の各地区に影響力を及ぼすというロシアの戦略がより現実味を増してきたのではないか。具体的には、ロシアから「ウクライナは連邦制を導入すべき」という声明が出され、これに呼応するかのように東部のいくつかの州が「共和国」になると宣言した。このような動きから、ロシアは東部に軍事介入し短期間で支配下に置くという展開より、連邦制の下で、時間をかけ徐々に影響力を強める戦略を取ろうとしているといえるのではないか。

ウクライナの政治情勢:5月の大統領選後、経済政策が焦点に

 第2に、ウクライナ国内の政治体制と政策運営が問題となる。前月の本レポートでは、5月25日に予定される大統領選挙では、国内の二派をまとめることのできる指導者と体制が求められ、その背景として、同国は従来から親ロシア派と親欧州派のどちらが政治の実権を握っても、他方に残るという不安定な構造を抱えていることについて述べた。さらに、混乱した経済を立て直すためには、欧州とロシア双方から援助を引き出すしたたかさが求められるという面も重要だ。大統領選後、対外収支の赤字を補うために必要となる資金支援に加え、経済安定化のために必要となる低価格のエネルギーを調達することが、改めて問題となるだろう。

 以上のような観点から、現在の大統領選に出馬すると伝えられる候補者の顔ぶれを検討すると、第1に、最有力候補である親欧州派のポロシェンコ氏の政治的手腕が問題となる。実業家出身であり、政治姿勢が比較的中立な穏健派とされていることはプラス要因だ。第2に、同じ親欧州派のティモシェンコ氏の動向が注目される。同氏は当初、今回の大統領選には出馬しないと伝えられていた。しかし、現在は候補者としてポロシェンコ氏に大きく離されているものの、一定の支持を集めている。この点から、ポロシェンコ氏が当選した場合にも一定の影響力を維持し政権作りで協力するといった、今後に向けた狙いがあるのではないか。また新政権に加わった場合には、クリーンなイメージを持つポロシェンコ氏に対し、ロシアとの水面下の駆け引きといった役割を務めることになるだろう。

 かつて「オレンジ革命」により誕生した親欧州派政権は、ユシチェンコ大統領の政治的手腕が十分でなかったため崩壊し、その後ティモシェンコ首相の逮捕につながったという見方ができる。今回もまた、親欧州派の2人の動向が注目される。

国際的な反応:制裁の実効性は限定的だが、市場の力は無視できず

 第3に、ロシアの動きに対する国際的な批判や制裁措置は、①クリミア編入は国際法上無効であるという国連決議に代表される法的な主張、②G8からロシアを外すことに代表される国際社会及び世論からの批判、③欧米によるロシア高官の資産凍結―などのさまざまな経済制裁に代表されるが、どれも実効性に欠けている。経済制裁が効果を生むには時間がかかる上、ロシアとの経済関係が停滞すれば、制裁を行う側にとってのデメリットともなる。

 一方、金融市場でロシアに対する批判が高まっていることが、ロシアに対し大きな影響力を持つ可能性がある。ロシア経済が元々エネルギー輸出への依存から脱却していない上、従来から続く新興国から資金が流出する傾向が、ロシアについて一段と強まっていると考えられるためだ。この傾向が続けば、冒頭述べたようにロシアがウクライナ東部における「落とし所」を探る展開にもつながるだろう。このように「市場の力」の効果まで考慮に入れれば、ウクライナが最終的に分裂にまで至る可能性は低いといえるのではないか。

東西ドイツ分裂との比較:内外情勢が大きく異なる

 最後に、ウクライナについて上述した点を、東西に分裂したドイツと比較して考えたい。第1に、第2次大戦後、欧州は米国から「マーシャルプラン」により資金援助を受け復興を図ろうとした。しかし旧ソ連はこの枠組に加わらなかったため、その後は西欧で同プランの受け皿として欧州統合が進められ、西欧と東欧との分断が固定化された。いわば 既成事実が積み重ねられた上で東西ドイツが分裂し、これにより冷戦構造が名実ともに明らかになったという面が強い。第2に、旧西ドイツでは速やかに通貨改革が行われ、1950年代にはエアハルト氏(経済相、後に首相)のもとで、インフレを安定させながら奇跡の成長を遂げた。このように非常に早い段階で、ドイツ国内に強力な指導者が存在し、経済政策を遂行した。旧東ドイツもまた、発足当初はベルリンなど有数の工業都市を抱えていた。第3に、1949年の東西ドイツ分裂は、上に述べたように、当時既に進んでいた東西の冷戦構造の延長線上で行われ、国際的な批判の対象にはなりにくかった。また金融市場における資金の動きも現在のように激しくなく、自国の為替レートを管理することが可能であった。

 以上のように考えると、東西ドイツの分裂は、当時の国際情勢を背景に進められ、かつ国内外の諸条件に支えられ固定化していったといえる。現在のウクライナは、以上の各点で、旧東西ドイツとは全く異なる条件に置かれているといってよいのではないか。