FTA加速、ユーロ円動向は要注意―安倍首相訪欧後の日欧関係
2014/05/09
日本の連休を利用した安倍首相の欧州訪問先はドイツ・英国・スペイン・フランス・ポルトガル・ベルギーの6カ国に及んだ。以下、外交・貿易交渉・市場動向の3点に分け、首相訪問後の日欧関係の今後について検証する。
ポイント①外交:互いに踏み込まず
まず今回は、ウクライナ情勢の混迷が一段深まる中、日欧の外交防衛政策に対する発言が注目を集めた。これは安倍首相が北大西洋条約機構(NATO)で演説を行い新たな提携関係を築くなど、今回の訪問で最も力を入れていた点だった。
しかし日本の狙いはまず「積極的平和主義」を軸とした外交戦略の理解を欧州各国に求め、その成果をアジア、特に中国に対して示すことにあった。同時に欧州側の危急の課題であるウクライナ対応について安倍首相の記者会見の発言などからも、クリミア領有にみられるロシアの「力による外交」への警戒感が、中国の尖閣諸島・海洋進出への姿勢に影響を与えるのではないかという点を常に念頭に置いていたことがうかがえる。
ソマリア沖の海賊対策への協力など具体的な話題もあったが、全体として外交・防衛政策では、日・欧の関心事項にずれがあった。さらに日本からすれば北方領土問題からロシアに一定の配慮を示さねばならず、欧州各国としても本音では貿易パートナーとしての中国を重視しているため、両者が互いの外交防衛政策をあくまで総論として認め合ったという面が強いのではないか。
ウクライナ情勢については、5月25日の大統領選へ向け公正な選挙の実施を求める内容などが共同声明に盛り込まれた。しかし現状、ウクライナ国内は、ロシアに追い込まれたウクライナ暫定政権が東部で親ロシア勢力に強硬な姿勢で臨むなど緊迫しており、偶発的な事態が起きるリスクが高まっている。欧州側からも打つ手が限られている以上、事態収拾の姿勢を見せ始めたロシアの動向がカギとなるだろう。
ポイント②貿易交渉:欧州が前向きな姿勢に変化
一方、ベルギーのブリュッセルでは、約半年ぶりに日・EUの定期首脳会議が行われ、現在進められている日本・EUの自由貿易協定(FTA)交渉を一段と加速する可能性が高まってきた。
その背景としては、EU側の姿勢がより前向きになった面が強い。EUが同時に米国との間で進めている環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)と呼ばれる自由貿易交渉が難航していることがうかがえる。EU側では輸出力のあるドイツなどの積極派と米国からの農産物の輸入増加を危惧する南の国々の間に利害対立があること、米国側ではオバマ大統領の政治的リーダーシップに陰りが見えているという事情があるだろう。
従来EUは日本との交渉について、進展が見られなければ打ち切るという強気の方針だったが、今回の首脳会議後、フランスを中心としたEUが従来から求めている日本の鉄道車両市場への参入、日本から欧州への牛肉輸出の開始といった報道が続いている。
交渉内容には依然水面下の部分が多いが、今後、欧州からはワインなどを含む農産物の輸出、日本からは、既にEUとFTAを締結している韓国との競合をにらんだ自動車の輸出についての要求が焦点となってくる。これら従来からの懸案について合意できれば、「2015年末までの大筋合意」という安倍首相の発言が現実的になってくると思われる。
ポイント③市場動向:ユーロの下落リスクに留意
最後に、日本の経済政策について、従来ドイツのメルケル首相などから上がっていたアベノミクスに対する批判の声は、今回あまり聞かれなかった。以下、その背景を市場動向との関連から考えたい。
第1に、欧州にとって現在の市場環境では、米国との関係が一段の懸念材料となっているためである。米連邦準備制度(FRB)は量的緩和の縮小を従来から継続しており、米国の景況感は緩やかに改善傾向にあるものの、依然一進一退の感がある。そのためイエレン議長はゼロ金利政策を維持する姿勢を変えていない。一方、欧州・ユーロ圏は全体として景況感の低迷が続いている。これを受けユーロ・ドルは年初以降2月上旬にかけ、1ユーロ=1.3ドル台半ばまで一旦下落したが、その後は1.4ドル台へ向け反転した。
今年1月の本レポートでは、2月初めハト派のイエレン氏がFRB議長に就任する前後から、米国では量的緩和の段階的縮小の開始後も金融緩和基調が当面続くという思惑が高まると述べた。さらにその後は今春にかけ、景気回復が本格化する米国と低迷が続くユーロ圏の景況感格差が意識されると考えたが、この点が上に述べたように現実化しなかったと言える。
第2に、このような現状を受け、今後欧州側で一段と緩和的な政策が取られる可能性が高まっている。そのため日本に対し「量的緩和と円安によりメリットを得ている」という批判をしにくくなる可能性が高まっている。
5月8日に開催された欧州中央銀行(ECB)政策理事会後の記者会見でドラギ総裁が、政策理事会は低インフレが長すぎることに対処するため非伝統的な手段を用いることについて全会一致を見たと述べた。この文言自体は従来から使われているが、6月上旬のECBスタッフによるユーロ圏経済見通しをふまえた上で、次回の政策理事会で追加緩和措置を検討することが明らかにされた。
ユーロ圏内におけるドイツと他国の景況感の違いを考慮すると、具体的にECBが本格的な量的緩和やマイナス金利の導入に踏み切ることには、依然困難が伴っている。しかし今回、以上のように明確なメッセージがあった以上、ECBは来月にかけて市場の反応を見ながら、期待感を上回る政策を打ち出そうとするだろう。
さらに今回、ユーロの為替水準について議論されたことが明らかにされ、ユーロ高への懸念が示された。この点、ユーロ・円にあてはめると、今年2月上旬に1ユーロ=136円台まで下落した後反転し、その後は概ね140円台で推移してきた。今回のECB政策理事会の内容を受け、140円台割れが続くことになれば、上に述べたような今後の政策変更への期待感からユーロ・円は下落傾向を強めることになるだろう。日本の輸出企業は今後、ユーロ・円の反転下落リスクに留意する必要があるのではないか。
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