停滞する改革、次期欧州委員長の手腕に期待――下半期のリスク要因
2014/07/11
欧州議会選、反EU勢力が台頭
5月下旬に行われた欧州議会選挙では、ほとんどの国で反EU勢力が台頭した。そのためEUが機能不全に陥ることへの危機感が高まっている。
最も懸念される状態にあるのは英国である。英国では、独立党(UKIP)という政党が保守・労働二大政党に勝利した。当面の焦点は今年9月にスコットランドの独立を問う住民投票が予定されていることだ。これをきっかけに反EU・反移民の声が英国内で今後一段と高まっていくことが予想される。一方、フランスでは、ルペン氏率いる極右の「国民戦線」が勢力を伸ばした。しかしそもそもフランスがEUから脱退したり、ユーロを放棄することは考えにくい。現オランド政権に対する批判票という意味合いが強かったのではないか。
ユーロ危機後もドイツなど一部の国を除き、各国経済が低迷していることへの不満が、今回の選挙結果に表れた。特にヨーロッパでは、雇用を重視する傾向が強いため、「雇用を奪っている移民」に矛先が向かっている面が強いと言える。
筆者は以上のような選挙結果により欧州統合の方向性が今後大きく変わるというよりは、財政規律などを強める改革の動きが鈍ってしまうのではないかと考えている。各国で反対勢力が伸びたことで、各国政府の政策実行力が打撃を受けるため、身動きがとりにくくなり、かえって大きく方向性を変えることは難しくなったためである。逆に言えば、今回の選挙後も依然主流派が3分の2を占めることもあり、政策の方向性が大きく変わる事にはつながりにくいだろう。
新欧州委員長、小国出身だが強い指導力
以上のように6月にかけ、停滞感と混迷が深まる中、6月27日にはEU首脳会議が開催された。今回の最大の焦点はユンケル氏が次期欧州委員長の候補に指名されたことだ。ユンケル氏は若くしてルクセンブルグの財務相・首相を歴任しながら、2005年からはユーログループ議長を務め、ギリシャ救済をはじめとするユーロ危機対応について、ユーロ圏各国の足並みを揃える重責を担った。
こうした経歴からも明らかなように、ユンケル氏は、これまで小国から欧州の要職に選任されたバローゾ現欧州委員長(ポルトガル)、ファンロンパイ常任議長(ベルギー)などとは政治手法を異にしている。従来は、独・仏・英など主要国の間で、重要人事について紛糾した時に、消去法的に小国から選出されるケースが多かったため、調整型の人物が就くケースが多かった。
これに対し、ユンケル氏はどちらかと言えば、1980年代にフランスから選出され、単一市場からユーロ導入まで実現させたドロール元委員長に似て、強力な指導力を発揮する可能性が高い。この点がかえって、国内で反EUの機運が高まっている英国から激しい反発を招いたといえる。その結果、今回の首脳会議の結論では、ユンケル氏を指名すると述べた直後に、英国はEUの将来の発展に関し懸念を表明したなどと、異例ともいえる一節が盛り込まれている。
ユンケル氏は、今回メルケル首相が強く支持したことにみられるように、欧州統合についての考え方がドイツと比較的近く、各国に財政規律と構造改革を一段と強く求めていくことなどが予想される。
現状ユーロ危機の最悪期を過ぎ一部の国では危機感が緩んでいるという指摘もなされている。ユーロ危機の反省に立ち、財政健全化など、しっかりやるべきところは各国に対する「性善説」を改め、しっかりEUレベルで監視する仕組みづくりを確立すべきだろう。その一方で、緊縮一辺倒でなく、EUの資金を活用した前向きの成長戦略を進めていくべきだろう。
政治外交面では、近隣諸国との関係では、6月27日に旧ソ連・CISのウクライナ・グルジア・モルドバ三カ国と「連合協定」を締結した。今後は、これらの国々と、貿易の関税撤廃ないしFTAの締結といった形で、主に経済面の関係を強めていくことになる。しかし、今回の「連合協定」は、1990年代に、旧共産主義国のチェコ・ポーランドなどと締結し、その後、これらの国々がEUに加盟したのとは状況が異なっている。特にウクライナ・グルジアとの関係については、従来からロシアの強い反発を招いており、当面、政治・軍事面の関係まで強まっていくことは考えにくい。
以上のように考えると、当面、EU加盟対象国としては、「バルカン半島の安定化」という重点課題に沿い、従来からのセルビアに加え、今回正式に加盟候補に加えられたアルバニアなどとの加盟交渉を行うにとどまるだろう。一方、ユーロについてはリトアニアが2015年1月から19番目の導入国となることがほぼ確実である。
EUでは、欧州委員会がまず政策を立案後、欧州議会がこれを審議・承認し、重要事項については、毎年6月・12月に行われる欧州首脳会議で、各国首脳により決定される。今年後半について数少ないプラス要因は、EU議長国としてファンロンパイ常任議長と協力して首脳会議を取り仕切るイタリアで、国内政治が安定に向かっていることである。短期間で首相が交代する混乱がしばらく続いた後に就任した現レンツィ首相の指導力が評価されている。従来連立政権で影響力を持っていたベルルスコーニ元首相が、個人的なスキャンダル等により議員資格を失ったことなども、現状では政治安定化につながっている。
ECBは市場の先手を取れるか
7月5日、欧州中央銀行(ECB)は政策金利などの現状維持を発表した。前回6月、マイナス金利の導入をはじめ、ECBとしては最大限の政策パッケージを打ち出したため、今回は予想通り、様子見となった。しかし成長率の低迷に加えデフレ傾向が強まる中、政策面では各国とも財政支出には限界があり、依然「ECB頼み」の状態が続いている。
今回同じタイミングで発表された米雇用統計の内容が良かったものの、今後米連邦準備理事会(FRB)の政策姿勢に変化が見られず、ユーロドルが1.40ドル台へ向け反転上昇するようなことになれば、夏休み明けを待たず本格的な量的緩和に踏み込まざるを得ない局面が生まれるのではないか。
今秋には、ECBが現在実施している銀行の資産査定(いわゆるストレステスト)の結果が発表される。従来同様単なるセレモニーに終わるのか、ユーロ圏の金融市場の機能向上が期待できるかという点に注目が集まるだろう。さらにこの資産査定を前提として今年11月から開始予定のECBによる単一の銀行監督(SSM)が始まる予定である。この時点で、SSMを中核としながら、統一化された銀行の破綻処理システムなどをどこまで具体化し、「銀行同盟」の全体像を示せるかという点が問われることになるだろう。
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