ECBの政策展開を読む―ユーロドルは1.30ドル割れへ
2014/08/11
8月7日、欧州中央銀行(ECB)の政策理事会は、ユーロ圏経済の下振れ感に懸念を示しながらも、予想通り政策金利を据え置いた。以下、ECBによる金融政策及び金融監督政策の今後の展開と、これらがユーロの為替動向に与える影響について検討したい。
「次の一手」注目も、後手に回らざるを得ない宿命
まず、今回の政策金利据え置きの背景は、今年6月のマイナスの預金金利導入を中心とした一連の政策パッケージの効果を見極めたいという点にある。今後、ウクライナ情勢の混迷がロシアへの経済制裁強化を通じ、ユーロ圏経済の下振れ要因としてはね返る可能性が強まっている。この点については今回の記者会見でドラギ総裁も懸念を示しており、「次の一手」への思惑が高まっている。
第1に、政策金利のマイナス幅をさらに大きくすると、金融機関による資金の出し手が受け取る金利が減ることなどを通じ、本来ECBが重視しているインターバンク取引の資金流通が不活発になってしまう。そのため、現在からさらにマイナス金利の水準を引き下げること自体、弊害を生みかねず、簡単なこととはいえない。さらに後述の量的緩和政策を取った場合にも、効果を限定することにもつながりかねない。今年6月、ECBによるマイナス金利の導入がユーロ安など市場に影響を与えたのは、従来にない措置を実施したことによる1回限りの効果である、と考えた方がよいだろう。
第2に、マイナス金利と同じタイミングで導入された資金供給策(TLTROと呼ばれる)については、ユーロ危機のさなかに実施された長期資金供給(LTRO)が企業向け貸出につながらなかった反省に立ち、銀行に対し資金供給を行う際に条件を課すなど工夫の跡が見られるものの、あくまで銀行による企業貸出を行いやすくするための補助的な役割にとどまらざるを得ない。
第3に、以上のように考えると、ECBは夏休み明けにも、より直接的な手段である本格的な量的緩和策の導入を迫られることになるだろう。ドラギ総裁は、従来から取り組みを表明しているABS(資産担保証券)購入に加え、今後は国債も検討対象としていることに言及した。しかしこれらの点について、具体的な検討を進めようとすればするほど、当然ながらドイツを中心とした「北の国々」の反対が強まることになる。そのため、今後秋にかけて金融緩和策を一段と拡充した場合でも、そのタイミングや実施の規模について、市場の期待に対し後手に回らざるを得ず、結果的にユーロ安効果は限定的となるだろう。
単一破綻処理機関の設計に不透明感
次に、ECBの今後の政策の大きな柱となる金融監督政策について検討したい。
7月、ポルトガルの大手銀行バンコ・エスピリト・サント(BES)の経営不安が表面化した。この個別ケースに対しては、自力ないしポルトガル政府の支援により必要な資本増強の目途が立ってきたことから、その後事態は沈静化しつつある。しかし今回のケースは、ユーロ危機の最悪期を一旦脱し、各国の国債利回りなどが過度に楽観的に振れていたことを改めて認識させた。
今後は、まず10月上旬に、ECBが今後の監督対象となるユーロ圏の主要銀行に対して行っている資産・リスク評価の結果が発表される。しかし結果が市場の不安定化を招く可能性は低い。これまで欧州で、銀行に対し実施されてきたストレステストなどはいわゆる「出来レース」であり、実施困難な資本増加などを要求する内容ではなかった。今回についても11月4日にスタートするECBによる単一の銀行監督(SSM)の準備段階と位置付けられ実施される以上、同様の結果になると考えられるためである。
問題はむしろ、その後に表面化する可能性がある。ECBによる単一の銀行監督がスタートしても、日々の監督は、ECBと既存の各国監督機関が協力して行う(この点、ユーロ圏の金融政策について、ECBと各国中央銀行が協力して実施していることと比較するとイメージしやすいだろう)。銀行監督の結果、資本注入などが必要と判断された場合には、まず最低限必要な部分については各国政府が拠出することが前提になっており、今回のポルトガルのケースのように、各国政府の財政状態が改善されていない状態は想定されていないともいえるためである。
さらに、将来、銀行の破綻処理が必要になった場合の制度設計に不透明要因が残っている。今般この件について、EU委員会の担当者が来日し、上智大学において講演を行った。ECBの金融監督に対応した単一の破綻処理機関は、2015年に発足し、2016年から稼働する予定である。しかし、破綻処理についても、各国の既存機関に実施を委ねることになっている。さらに、破綻処理を進めるための単一の基金が必要となるが、これは銀行自身が8年間かけて拠出することになっている。おそらく各国政府が財政資金を拠出することについて、ドイツなどから強い反対があったものと思われるが、制度構築の途中段階で、今回のポルトガルのような問題が発生し、ユーロ危機への懸念が再燃する可能性は十分考えられる。
ユーロ圏銀行への懸念再燃の恐れも
以上のように、ECBの金融政策と銀行監督政策を検討すると、中長期的に見れば、後者の要因によりユーロ圏銀行セクターへの懸念が再燃し、ユーロ安が強まる可能性の方が高いだろう。この場合、「年末までに1ユーロ=1.30ドルまで下落」という市場の見方を超え、年明け以降、ユーロドルは1.30ドル台割れ、ユーロ円では130円台割れへ向けたユーロ下落の可能性も否定できない。
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