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林秀毅の欧州経済・金融リポート

ECB、本格的な量的緩和へ

 

2014/09/10

 9月4日、欧州中央銀行(ECB)が政策金利の引き下げとABS(資産担保)証券・カバードボンドの買い入れ開始を決定した。今回の理事会について市場の見方は現状据え置きという見方が一般的だったため、この決定は意外感をもって迎えられた。英フィナンシャルタイムズ紙は、翌日の一面に「ドラギの介入が市場を驚かせる」と大見出しを掲げた。

政策変更姿勢を鮮明に

 しかし、従来からのドラギ総裁の政策手法やこれまでの記者会見の内容を考慮すれば、あながち予想外ともいえないのではないか。

 第1に、今回政策金利が引き下げられたことには確かに驚きがあった。今年6月に金利の引き下げが行われ、その時点で政策金利が0.15%まで低下し、預金金利はマイナス金利の領域に踏み込んでからまだ間がなかった。また政策金利をこの水準からさらに引き下げても効果は限定的と思われたことが、今回引き下げは行われないだろうという見方につながった面があった。

 実際には、政策金利はさらに0.05%の水準まで引き下げられた。確かに、この金利水準で多少利下げを行っても、実体経済への影響は小さいだろう。この点はABS証券の買い入れとの関係を考えるとわかりやすい。ABS証券の買い入れについては、前回8月の記者会見までの段階で、既に導入の準備が進められていることが明言されていた。そのため、今回ABS証券の買い入れだけでは、市場の期待に対し後追いの決定にすぎないとみられるおそれがあった。この点、予想外の利下げとセットにすることにより、政策変更の姿勢をより鮮明に打ち出そうとしたのではないか。この背景には、従来から市場のコンセンサスを読み取った上で、最大限のアナウンスメント効果を引き出そうとするドラギ総裁の手法が、今回も発揮されたと言える。

 第2に、ユーロ圏の経済動向について、さらに慎重な見方が示されている。今回の見通し改訂により、成長率及びインフレ率共に、2014年・2015年について下方修正された。直近8月のインフレ率速報は、0.3%まで低下している。ユーロ圏の中央銀行であるECBからすれば、このような局面では成長鈍化とデフレの悪循環に陥らないため、あらゆる手段を講じようと考えているはずである。

「年内にQE」可能性高まる

 それでは、以上のような展開をふまえ、今後の政策展開についてどう考えるべきか。今回の記者会見の内容から探ってみることにしよう。

 第1に、本格的な非伝統的手法、具体的には、ECBによる国債の買い入れ(QE)実施が年内にも実施される可能性が高まった。記者会見で、ドラギ総裁は質問に対し「今回QEは議論された」と明確に答えている。この点は、今回買い取り開始を決定したABS証券などの市場規模が小さいため効果が限定的であるという市場の見方が根強いことを意識し、今後の本格的なQE実施を検討していることを現時点で示したといえる。

 同時に、今回の利下げと買い入れについて、全会一致ではなかったことも明言している。この点、今後、ドイツ連銀などから反対があった場合にも、強い姿勢で非伝統的手法を本格的に進める姿勢が示されたと読み取ることができるのではないか。

 さらに、今回の利下げにより実質的な利下げ余地がなくなったともはっきり述べており、今後の政策はQEに頼らざるを得ない。ドラギ総裁の記者会見における発言は、後になって改めて読み返すと、その後の政策変更と首尾一貫していることに気付くことが多い。

 以上のように考えると、今後は国債の買い入れ(QE)の可能性が一段と高まってこざるを得ない。さらに市場のコンセンサスが「年末までに実施」という見方に収れんした場合、冒頭に述べたのと同様のロジックによって、ドラギ総裁は市場の先手を取る早期の実施を決断することになるだろう。

 第2に、ユーロ圏経済に影響を与える対外情勢の変化が問題になる。今回改訂された見通しによれば、ユーロ圏の成長率及びインフレ率を全体として下方修正しているが、依然として2015年に底を打ち緩やかに回復するという見方を維持している。このようなシナリオに対する最大の懸念材料は地政学リスク、特にウクライナ情勢にある。

 ウクライナを巡る情勢は解決に向かうどころか、この1カ月でむしろ悪化している。8月末、ロシアはウクライナ東部へ侵攻する部隊を増やすという強硬手段に出た。これに対しEUが追加制裁を決定、9月に入り一旦は停戦合意がなされた。しかし現在のウクライナが欧州寄りの姿勢を変えず、これに対しロシアが軍事的な圧力で対抗し続ける以上、緊張した状態は続かざるを得ない。EUがロシアに対する経済的な制裁を強めれば結局はユーロ圏経済にも対してもマイナスの影響が及ぶ一方、放置すれば地政学リスクが高まりユーロ圏に対する資金流入に悪影響を与える。

 今般、EU首脳会議の常任議長を務めるEU大統領とEU全体の外交代表が選出されたが、従来同様、力不足という印象を否めない。今後も結局ECB地政学要因がユーロ圏経済面に与える影響も考慮した上で政策決定をせざるを得ない、負担のかかりやすい展開が続くと思われる。この点もまた、ECBが早期に本格的なQEに踏み込まざるを得ない理由となる。

 それでは、以上の各点が市場に与える影響をどのように考えるべきか。前回8月の本レポートでユーロの下落が、より早く、より大きく進むと述べた。しかしその理由としては、ポルトガルの銀行危機などの例を挙げ、欧州内の金融市場の不安定化や対応の遅れなどを挙げた。

 実際には、以上述べたようなECBの政策変更がユーロ下落の現在の主因となった。さらに、この1カ月間の大きな変化として、米国の早期利上げへの思惑から米欧の金利差拡大への期待が高まり、ユーロの下落圧力となっている面が強い点に留意すべきだ。その意味ではユーロは対ドルで、今後も下落しやすく1.20ドル台で推移することになるのではないか。一方、ユーロ円については、ECBと日銀の緩和姿勢の強弱について、比較感が問われ、それにより上下しやすい展開となるだろう。