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林秀毅の欧州経済・金融リポート

スコットランド住民投票が示唆するもの―英国・欧州・ユーロ圏

 

2014/10/09

 ロンドンに行ったスコットランド人に地元のイングランド人が聞いた―「なんで君はこっちに出てきたんだ?」「スコットランドとロンドン両方の平均知能指数を高めるため」(池澤夏樹『叡智の断片』集英社インターナショナル)。

 1回聞いただけではややわかりにくい話だが、偉大な経済学者アダム・スミスを輩出したスコットランド人は、頭脳明晰で経済感覚に優れていることに自信を持っている。普段は英国内でイングランド人に頭が上がらないが、独立を求める住民投票となれば、こうした意識が表面化する。

経済的な利益を優先

 独立をめぐる住民投票は、僅差の否決という形で決着した。しかし今回の投票を前に、「実際に独立した場合、どうなるのか」という観点から、さまざまな問題が浮上した。政治的に独立を求める力と、経済的な不利益が大きいのではないかという不確実性に対する懸念が比較され、最終的に後者が勝った、ということではないか。

 欧州現地では、スコットランド独立派の主張の甘さを指摘する声がある。経済面では、独立後も英ポンドを継続使用できるかという点が最大の焦点となった。この問題については、仮に英国とスコットランドが通貨同盟を締結した場合、本来、英国と同様の厳しい財政規律がスコットランドについても課されるようになるため、独立派が考えるように自由に財政支出をできるようにはならない。そもそも、通貨同盟を結ぶと同時に元々1つだった課税権を2つに分けると、経済統合の推進という観点から逆行することになってしまう。

 一方、英国政府が主張するように、英ポンドの使用が認められないとすると、スコットランドは新通貨を発行することになる。この場合、発行までの準備や制度設計をめぐる不透明感が大きく、時間がかかることが予想される。さらに現在の欧州では、ユーロ・ポンドなどと比較すると新通貨は弱小通貨にならざるを得ず、欧州経済への懸念が一段と高まった場合に売り投機の対象になりやすい。

 また、仮に独立した場合、スコットランド経済と金融市場に悪影響を与えることが懸念された。スコットランドは高齢者の比重が高く社会保障支出を確保するため債務拡大の圧力がかかりやすい。そのため北海油田関連の歳入を考慮しても、自力で債券を発行した場合、不利とならざるを得ない。また、確かにスコットランドには有力な企業や金融機関が多いが、その活動の大部分はスコットランド以外の英国全体を対象としている。そのため有力な企業はスコットランドからロンドンなどに移る動きが進み、スコットランドの雇用が悪化するだけでなく、株式市場などでスコットランド企業が占める比重も低下する。

 住民投票の結果が否決に終わった背景には、投票直前にかけ、独立した場合の政策や制度設計により以上のようなデメリットが生じることが次第に明らかになり、住民が現実的な判断に傾いた、と言えるのではないか。

政策手段の限界というジレンマ

 それでは次に、独立が否決された今、この問題が与える影響をどのように考えるべきだろうか。以下、英国内、欧州連合(EU)、ユーロ圏について検討する。今回、上位の組織である国やEUに反発し解決策を求めても、求められた側には十分な政策手段がないというジレンマが、これらに共通する問題として明らかになったといえるだろう。

 第1に、英国にとっても、今回スコットランドが独立しなかったことは幸いだった。これは政府にとって、独立した場合の政策や制度設計の交渉と見直しが不要となり不確実性の高まりを避けられた、ということにとどまらない。与党労働党もスコットランド出身者が多く、英議会における発言力を維持するため独立には反対だったと言われている。

 しかし今後については、住民投票の結果が僅差だったことを受け、スコットランドの自治権拡大に向け、取り組まざるを得なくなっている。さらにその影響は、ウェールズ、北アイルランドといった英国内の他の地域へ波及していく。

 このようにして英国の「国としての求心力」が低下し、2017年のEU離脱を問う住民投票を迎えた場合、その意味は変わってこざるを得ない。単に親EU派が多いスコットランドが英国内にとどまったことだけでなく、欧州が再び危機的な状況に陥った場合のセーフティーネットとしてのEUへの期待などから、英国がEUから離脱する可能性は低下するだろう。

 第2に、EU内では、既にスペインのカタロニアを代表例として、地域と民族が独立する機運が改めて高まった。しかしこれらの地域についても、スコットランドと同様に、独立した国家を目指す場合にはEUに加盟し、補助金などを含むさまざまな形で保護を受けることが暗黙の前提になっていると思われる。

 これに対し、EUの現状はどうか。ユーロ危機を経た現在、ドイツとフランスをはじめとするそれ以外の国々の経済格差は縮小しない上、こうした懸念の処理に対するドイツと他国との意見対立はむしろ深まっている。このような意見対立を背景に、現状、「銀行同盟」など、EUレベルの新たな制度作りは、極めて緩やかに進んでいると言わざるを得ない。

量的緩和の早期実施が焦点に

 最後に、冒頭述べたように、今回のスコットランド独立問題は、改めて、欧州域内の通貨と経済統合のありかたを認識させた。上に述べたようなEUの機能不全が続く中、経済・金融面ではECBに負担がかかりやすい状態が続いている。

 しかしECBもまた、現状、政策の対応余地に限界が見え始めている。今年6月、マイナス金利という「奇手」を取った後、9月には、銀行に供給した資金が企業に流れやすいように設計した長期資金供給(TLTLO)を実施したが、そもそも実行額が826億ユーロにとどまった。今回、10月2日の政策決定では、かねてから表明していた資産担保証券(ABS)の買い入れ実施を発表した。ギリシャなどで発行されたABSを発行対象とする点、ECBとしてはぎりぎりの決断であり、市場の期待を上回った面はある。しかしECBに残された手段は、量的緩和のみという状況になり、後はこれを年内の早い時期に行うかどうかが焦点になっている。

 その一方で、従来からの南欧諸国、リトアニアなど中東欧の発展途上国に加え、将来的に新たに分裂してできた国が、ECBのセーフティーネットの下に入ることを期待してユーロ導入を望むような事態になれば、今後、新たな危機の火種ともなりかねないのではないか。