欧州対ドイツ、再び―域内投資計画が試金石に
2014/11/10
11月6日、欧州中央銀行(ECB)は、当面政策金利を据え置くと同時に、追加的な緩和に動く用意があることを明らかにした。ユーロ圏経済が低迷し、デフレ傾向が強まっていることは誰の目にも明らかだ。この点、市場にサプライズをもたらし期待の変化を促すドラギ流のやり方からすれば、年内にも量的緩和に踏み込みたいところだろう。
量的緩和、ドイツの景気が焦点に
ECBは、もう一つの政策の柱である金融市場安定化策について、既にユーロ圏の主要銀行に対する資産査定の結果を発表しイタリア・ギリシャなどの銀行に資本増強を要請した上で、予定通り11月から単一銀行監督(SSM)を開始した。ECBとしては、一段の緩和という金融政策と統一的な金融監督という両輪によって、銀行から企業へのスムーズな資金の流れを作り、ユーロ圏の景気低迷と金融市場の機能低下という悪循環を断ち切りたいところだ。
ここで注目されるのは、ドラギ総裁が記者会見の場で、必要に応じ追加的な緩和措置を取ることについて、全員一致だったと重ねて強調したことだ。今後、量的緩和を行うと想定した上で、ドイツがこれに応じたと果たして言えるだろうか。
今回の政策理事会では、追加的な緩和の時期や内容について具体的に話し合われたことにはなっていない。ドイツが明確に態度を変化させたとは言えないだろう。しかし今後の量的緩和という選択肢を残すことを容認したとすれば、それはどのような背景によるのだろうか。
焦点になるのは、ドイツの景気動向である。ドイツの景気指標は、従来、強弱が入り混じっていたが、直近のIFO指数(独Ifo経済研究所が公表するドイツの景況感指数)などは徐々に悪化傾向を示すようになってきた。特に、国内では製造業の先行きに向けた景況感が悪化すると共に、対外的には輸出の先行きへの懸念が高まりつつある。従来ドイツは欧州で「独り勝ち」と言われてきた。しかし本来、密接な経済関係を持つユーロ圏内で一国だけが好調を持続することはありえない。
現状は、フランスをはじめとするユーロ圏全体の景気低迷が、ようやくドイツにも影響し始めてきたといえる。さらにウクライナ情勢は、ロシアと欧米諸国との間でこう着状態が続くため、そこから生じる地政学リスクは、今後もドイツの輸出に悪影響を与え続けることになる。こうした外部環境の悪化を受け、これまで好調だった国内経済も製造業中心に懸念が高まり、ECBの金融緩和についても柔軟にならざるをえないのではないか。ドイツの景気下振れは、12月にECBがユーロ圏の経済見通しを改訂する際にも明らかとなるだろう。
では、ECBとドイツの間で妥協点が生じるとした場合、ECBの量的緩和はどのような形で実現するのか。時期については、冒頭述べたようにアナウンスメント効果を重視し早期決定をドイツが容認する形で、次回12月に新たな決定が行われるだろう。その場合、内容については、まず社債の買い取りを実施し、年明け以降の国債を含む量的緩和をある程度コミットするような段階的な形を取ることになるだろう。
その理由として、ECBにとっては、たとえ社債の残高が1兆ユーロ程度であり買い入れの規模が限られても、企業への資金供給という建前に合致し、銀行経由の資金供給を補強する手段となること、「バランスシートの急激な規模拡大を抑えるという考え方を転換した」という批判を避けられることが挙げられる。
一方、ドイツにとっては、「そもそも中央銀行が国債を買い入れるべきでない」という国内の強硬論に加え、後述するようにユーロ圏ではドイツ国債に金利低下圧力がかかりやすいため、一段と急激な金利低下が進むことを懸念する面があろう。
さらに欧州現地では、早いタイミングで量的緩和を実施した米国や英国とは異なりユーロ圏では量的緩和の検討が遅れたため、既に国債金利が低下しており、むしろ社債や株式などリスク資産を買い入れるべきという意見がある。この考え方は、日銀が予想外の追加緩和に踏み切り、米連邦準備理事会(FRB)や国際通貨基金(IMF)からECBに対し大胆な量的緩和を促す声が上がっているのとは対照的だ。ドラギ総裁も今回の記者会見における質問に対し、「そもそもの条件が大きく異なっている」として米国等との違いを強調している。この点からも、当初から大胆な国債買い入れを行うより、段階的な取り組みになる可能性が高いといえる。
それでは、仮に上述したような形で段階的な量的緩和が年末から来年にかけて実施される場合、市場への影響はどうだろうか。金利・為替共に既に下落が進んだ段階では、ユーロ圏内でドイツ国債中心に金利低下圧力がかかりやすいのではないか。この点、 日本では円高から円安に転換する局面で、資金が外債投資に向かったこととは対照的な動きになる、という見方がある。
東西統一から25年、独り勝ちドイツに転換点
最後に、ドイツと欧州の関係を改めて振り返ってみたい。2014年11月は、冷戦終結から25年目に当たる。筆者は25年前、欧州に赴任したが、そのわずか1週間後にベルリンの壁が崩壊した。翌年ドイツは東西統一を果たしたが、成長の遅れた旧東独の負担を抱えることになった。この状態で1999年のユーロ導入を迎え、財政支出に制約が課されることになったため、その後数年間、ドイツ経済は苦しい時期が続いた。
この流れを変えたのが、シュレーダー政権による2003年の労働市場改革だった。ドイツの賃金は柔軟になり、生産性が向上した。さらに2009年秋以降に深刻化したユーロ危機によりユーロが下落したことは、かえってドイツ経済の輸出競争力を高めた。
以上の経緯を経て実現したドイツの「独り勝ち状態」が、現在、転換点に差し掛かっているとの見方もできるだろう。こうした長めの時間軸で見れば、今回、ドイツが容認する形でECBの量的緩和が実現した場合、次のハードルは、EU委員会により提案される域内投資計画の財源問題ではないか。
総額3000億ユーロ(約42兆円)と報道されるパッケージの内容はいまだ明らかではない。しかし、ユーロ危機時にギリシャなどの問題国を救済するための資金負担をめぐっては、ドイツを中心とした「北の国々」と救済を求める南欧諸国との間に大きな亀裂が生じたことは記憶に新しい。剛腕で知られるユンケル新欧州委員長が、年末にかけ、まず対策の必要性を前面に掲げ、従来負担に消極的だったドイツや英国にも負担を求めることになる。この点を巡る議論の成否が、将来の欧州の浮沈を決める試金石ともなるだろう。
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