欧州2015年展望―ユーロ圏景気は結局「市場頼み」
2014/12/11
12月4日、欧州中銀(ECB)のドラギ総裁は、記者会見の冒頭、今後数カ月の間に一層広範に金融緩和姿勢を強めると明言し、本格的な量的緩和の導入を示唆した。以下、本レポートでは、ECBの政策展開、ユーロ圏の景気動向、グローバルな市場環境の3点について、2014年の変化を振り返るとともに、新たな年に向けた展開を検討したい。
量的緩和は「期待」の変化につながらず
今回の記者会見でドラギ総裁は、まず量的緩和の実施時期について、「早い時期」とのみ答え、明言を避けた。これまで予想外の政策変更を行い市場の期待に働きかけてきたドラギ総裁からすれば、本音では量的緩和の導入についても市場予想より早いタイミングで、年内にも実施したかったはずだ。しかしドイツの反対により、年内の早期実施には至らなかった。せめて具体的な実施時期についてフリーハンドを確保した上で、市場のコンセンサスを見極めつつ、できるかぎり効果的に実施したいという狙いではないか。一方、ECBのバランスシート拡大を意図的に行なっていくという踏み込んだ表現を用い、質疑の場でもこの点について従来との違いを強調した。
以上の決定について、今回、ドイツ出身のメンバーによる反対から全会一致ではなかったことが明らかにされている。年明け以降も量的緩和の実施まで、ドイツが反対する状況は続くだろう。その結果、ECBが市場の先手を打って量的緩和を実施するという、市場の期待に働きかける効果は得られにくい状況が続かざるを得ない。
欧州現地では、量的緩和の具体的内容として、国債だけでなく社債などリスク資産の買い入れに踏み切るという見方がある。既に買い入れ実施している資産担保証券(ABS)などは流動性が小さく、それだけでは量的緩和の効果が得られにくい。国債だけでなく社債を買い入れれば、企業の資金調達コスト引き下げにつながり、実質的な金融仲介機能の向上にもつながることになる。さらに、国債と社債の買い入れを同時に発表することにより、この点からも市場に対するサプライズを提供したいというドラギ総裁の狙いが働くことが考えられる。
「ドイツ以外全て負け」からの変化
今回、ECBはユーロ圏の消費者物価上昇率(HICP)と実質成長率の見通しを2016年までの各年について引き下げた。従来、ユーロ圏景気については、ドイツの「一人勝ち」と言われてきた。しかし現状は、景気低迷への懸念がイタリア・フランスという経済規模の大きい国々に広がり、むしろ「ドイツ以外は全て負け」といった方が妥当である。
イタリア・フランスの両国では依然、労働市場が硬直的で労働コストが高止まりしており、企業の収益性は低く投資意欲も低いため、競争力に欠け市場シェアが拡大しないという悪循環に陥っていることが指摘されている。同時に、両国とも財政収支の悪化についてEU委員会から指摘を受けているため、今後財政支出の拡大による景気浮揚には限界がある。こうした状況下で、両国が成長を回復し財政収支を改善する道筋をつけることが一段と困難になっている。12月に入りイタリア国債の格付けがS&Pにより引き下げられた。今後2015年にかけては、フランスの景気悪化に焦点が当たることになるだろう。
一方、ユーロ圏内でこれらの国々と密接な経済関係を持つドイツも、周辺国の悪化の影響を受けざるを得ない。先般、ドイツは2015年にかけての成長率見通しを大きく引き下げた。ユーロ圏各国の景気低迷の影響がドイツ自身に波及しつつある現在、ドイツの当局者もユーロ圏全体の景気対策を無視することはできない。
このような現状で、ドイツは2015年以降も、対外的に強硬な姿勢を持続するだろうか。まずECBの量的緩和については、今年後半以降、さまざまな議論が行われ、市場との対話も進められてきた。その結果、年明け以降、ECBに残された政策の選択肢は量的緩和しかないという理解が市場に浸透している。ドイツがこれに反対論を唱えても、結局、量的緩和は2015年早々に実施されることになるだろう。
一方、2015年以降、ドイツと他のEU諸国との「主戦場」はユンカーEU委員会議長が進めている景気浮揚のための域内投資計画の財源問題に移っていくだろう(2014年11月10日レポート「欧州対ドイツ、再び―域内投資計画が試金石に」)。このプロジェクトに関し、欧州投資銀行(EIB)や新たに設立する基金を呼び水として民間の資金を集めようというスキームが成り立つかどうかは未だ不透明だ。各国の負担が増えれば、かつてのユーロ危機時にギリシャ救済策などが議論された時と同様に、ドイツとEU委員会の対立激化、あるいはEU首脳会議の紛糾といった事態になる展開が十分考えられる。
ユーロ安と原油安が同時進行
以上のように検討すると、2015年以降、ECBによる量的緩和は実現するものの、市場の期待に働きかける力は少なく、ユーロ圏の景気を浮上させる力となるには不十分である。各国の財政支出には「財政規律を守る」というタガがはめられており、EUレベルの景気対策案についても、財源問題などに対するドイツの反発が強く、実施時期及び実施金額の両面で不十分となるリスクが高い。
それではユーロ圏の景気はこのまま浮上しないのだろうか。消去法的にカギとなるのは、グローバルな市場動向だ。現在の市場は、米国経済回復への期待からドルに資金が集まりやすい局面にあり、対極にあるユーロに下落圧力がかかりやすい状態にある。このような局面で今回、ドラギ総裁がECBのバランスシート拡大について一方踏み込んだ発言をしたことは、「ユーロ安誘導」だという見方もある。この点は、2000年代後半、日本国内でデフレ状態が続く一方、米欧発の金融危機が深刻化する局面で、円は「相対的に安全な通貨」として、上昇圧力を受けてきたこととは対照的である。
さらにユーロ安と連動する形で、原油価格の下落が進んでいる。この点もまた、米国経済への期待感から、世界的な「リスク・オン状態」が進み、資金が原油市場から米国株式市場などにシフトしている。ユーロ圏の景気は年明け以降も、米国主導の楽観的な市場環境に頼るしかない「他力本願」の状態が続くことになろう。
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