量的緩和後の欧州―ギリシャ・ウクライナ情勢と市場動向
2015/02/13
1月22日、欧州中央銀行(ECB)は、量的緩和の導入を発表した。これと並行してギリシャ・ウクライナ情勢は一段と混迷の度合いを深めたが、2月に入り新たな展開を見せている。以下、本レポートでは、ECBによる量的緩和の影響、ギリシャ・ウクライナを巡る展開、これらを踏まえた市場見通しについて検討したい。
ECBの量的緩和と「スイスショック」
ECBによる量的緩和は、今年3月から少なくとも1年半という導入時期、月600億ユーロという内容ともに、ほぼ事前に予想された通りだった。今後は、量的緩和に反対するドイツもECBの政策理事会では1票の投票権しか持っていないこと、ECBの資産規模は米国や日本と比較すればまだ小さく、今後の「のりしろ」が残されていることなどにより、いかに市場の期待感を高めていくかがポイントになるだろう。
一方、今回の決定は、ユーロ圏内外にさまざまな波紋を投げかけている。
まず、ユーロ圏の債券市場について、欧州現地では、今回の量的緩和がドイツ国債を中心としたリスクフリー債券の枯渇と利回りの急低下が、投資家から懸念されている。さらにその結果として、投資家がリスク資産への投資に向かわざるを得なくなるため、リスク資産のリスクプレミアムが過度に低下することが懸念されている。
次に、ユーロ圏外では、1月15日、スイス中銀が、スイスフランの対ユーロ為替上限を撤廃すると発表した。スイスフランは従来から「安全な通貨」とされ、ユーロ危機が深刻になった局面などで、資金が流入し上昇しやすい傾向を持っている。スイス経済の二本柱は、金融と製造業だ。金融にとって適度のスイスフラン高は、自国市場への資金流入を促進するという意味で必ずしも悪いことではない。一方でスイスの製造業は、自国市場が小さいため、周辺の欧州各国向け中心に輸出に頼らざるを得ず、スイスフラン高は望ましくない。スイス中銀はこれまで、両者のバランスを取るような水準でスイスフランを安定させるため、1ユーロ=1.20フランの上限ラインを維持してきた。
しかしECBの量的緩和発表がほぼ既成事実となりスイスフランへの上昇圧力が一段と高まった時点で、スイス中銀は上限ラインを撤廃した。今回の決定については、発表が突然であり市場に大きな影響を与えたこと、その結果として必要以上にスイスフラン高が進み国内製造業に打撃を与えたことだけでなく、為替の上限ラインを維持するスイス中銀の政策自体に対する信認が低下した、という批判が強い。スイス中銀としては、介入資金が十分ではなくなった時点でマイナス金利など他の政策を併用すべきだったが、実際には追い込まれてから政策を放棄することにより、かえって悪い結果を招いてしまった。
スイスフランだけでなく、ユーロと一定のペッグ幅を維持してきたデンマーククローネにも資金が流入している。ECBによる今回の量的緩和は、デフレ脱却の有効な手段という前に、現状ではユーロ圏内外の市場に歪みを与えた、と言わざるを得ない。
ギリシャ救済とユーロ離脱シナリオ
1月25日、ギリシャの総選挙で野党・急進左派連合が圧勝した。
反財政緊縮を掲げ国民の支持を得て勝利し、財政緊縮を前提とした救済支援を行うEUとの対立が予想されたため、市場やメディアの間では「ギリシャ危機が再燃し、ユーロ圏から離脱か」という懸念が一気に高まった。
そもそも、こうした懸念が増幅した背景は、チプラス新首相の政治家としての能力・手腕が未知数であることにあるのではないか。国民の不満を受け指導派となった政治家は、実際に指導者になると、しばしば現実路線に転換する。これは政治家が「自分の地位を守ることが最も重要」と考えているかぎり、矛盾ではなく当然のことである。
チプラス新首相がこうした冷静な(?)判断力を持ち、且つ政権を維持したいのであれば、最終的にはユーロ圏にとどまり、EU・ECBから救済支援を受け続けることが得策と考えているはずだ。現在ギリシャでは、緩やかながらも失業率などが改善し、国民の多数はユーロ離脱を望んでいない。しかし仮に救済支援が打ち切られれば、3・4月にもデフォルトの可能性が一気に高まることになる。
一方、EUもギリシャの経済規模が非常に小さいことを考慮すれば、現在の救済スキームを継続した方が、金融市場の無用な混乱を招かず追加的な負担が少なくて済むという計算があるはずだ。このように考えれば、両者ともに「ユーロ圏から離脱はせず、救済支援を継続」という結論は同じであり、現状は、ギリシャ側が緊縮財政の緩和と債務負担の軽減を求める「条件闘争」という意味合いが強いのではないか。
このように考えると、2月4日にECBがギリシャの銀行向けの低利融資の特例廃止を発表したことは、ギリシャの銀行、ひいては国全体の資金繰りは欧州側が握っていることをギリシャ新政権に示し、救済交渉を有利に運ぶ狙いがあったのではないか。12日の臨時欧州首脳会議を経て、とりあえず救済措置を続け、ギリシャをデフォルトさせない形でしばらく交渉が続く。その後、チプラス新首相が国民に説明できる程度の条件緩和を認めた上で、救済支援が延長されることになるだろう。
ウクライナの亀裂と「悪の連鎖」
一方、ウクライナ情勢はより深刻だ。ロシアは自国経済の苦しさにもかかわらず、ウクライナ東部の親ロシア派勢力を支援している。一方、欧州はロシアとの関係を損ねてまでウクライナの親欧州政権を本格的に支援するには至っていない(先月の本レポート参照)。
最近欧州を訪ねた日本人は、フランス反イスラムテロ一色でありウクライナについて全く話題になっていないこと、ブラッセルのEU関係者の間にも「できればウクライナには関わりたくない」という雰囲気が強いことに驚いたという。
2月に入り、独メルケル首相と仏オランド大統領が電撃的にモスクワを訪問し、プーチン大統領と電撃的に会見した背景には、もはや事務レベルでは解決の糸口が見つからない上、現状を放置したままではウクライナ国内が内戦状態となり、事態収拾のため欧州の負担が一段と大きくなるという危惧がある。15日の停戦合意は、国内の混乱をいったん休止させる暫定的な内容にすぎない。最大の問題は、休戦ラインの境界線があいまいなまま合意に至っていることだ。今度、武力に勝る親ロシア派側から、均衡が破られる可能性が高い。
ロシアに対する欧米間の姿勢が微妙に異なっている点も、事態の解決を困難にしている。ウクライナが欧州にとって最大のリスク要因である状況に変わりはない。
ユーロ下落はどこまで進むか
以上のような欧州内外の現状から、市場ではユーロ下落が続くという見方が一段と強まっている。確かに、上に述べた通り、ECBの量的緩和により、ユーロ圏内の金利低下が続き、他の主要国との金利差が意識されることにより、ユーロ下落圧力は根強く続くだろう。
しかし欧州現地では、ユーロ圏全体でみれば、対外的な経常収支が黒字であることなどを理由に、ユーロが下げ止まるという見方が出始めている。さらに、仮にユーロが対ドルでパリティー(1:1の等価)を割りそうな事態になれば、伝統的に通貨価値を重視するドイツだけでなく、欧州全体で米国に対抗したいという発想を持つフランスからも強い反発の声が上がる。現状の1ユーロ=1.13ドル台からさらに下落が進み、1.1ドルを割り込んだ場合に、このような状況変化に注意すべきだ。
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