ユーロ危機の再燃を止めるものは何か―欧州リスクに対する「安全網」を検討する
2015/03/12
ギリシャ情勢への懸念から、欧州分裂、ユーロ崩壊といった見出しが、再びメディアを賑わしている。本当にそうなるだろうか。本レポートでは従来から、ギリシャ政府と欧州首脳は双方とも、表面的には強硬な主張をしながら、本音では妥協を望んでいると考えてきた。
一方、現在のような市場の懸念が続くと、欧州全体に波及することを防止する安全網(セーフティーネット)が有効に機能するかどうかという点が、問題になってくる。
以下、ギリシャ情勢の現状と今後について述べたうえで、危機波及に対する「安全網」について、欧州域内と・域外の両面から検討したい。
ギリシャ支援問題の行方
2月23日、ギリシャ政府が、欧州連合(EU)による金融支援の前提となる財政構造改革案を提出した。この点について、従来、財政緊縮策の削減に強硬に反対していたギリシャの新政権が大幅な譲歩に転じたという見方もあった。
しかし実際の提案内容を見ると、むしろギリシャ政府のしたたかさが目立った。まず、脱税の摘発や汚職の防止など、とりあえず実行する姿勢を示しやすい一方、すぐには効果を測りにくい政策が中心になっている。さらに具体的な支出削減には踏み込まない一方、富裕層への課税強化といった庶民受けする政策が盛り込まれている。財政緊縮策に反対して政権を獲得したチプラス首相からすれば、本気で財政構造改革に取り組む気はなく、EUから支援延長を引き出すための手段にすぎなかったのではないか。
しかし、2月24日、EUはギリシャの計画を承認し、支援策の期限を2月末から6月末まで、4カ月間延長した。これによってEUも、交渉が進まず市場の混乱が深まるのを望んでいないことが明らかになった。
3月に入り、ユーロ圏財務相会合の実務者レベルによる会議についてギリシャ政府が消極的な姿勢を示していることも、時間稼ぎである可能性が高い。今後、3月下旬、6月下旬の2回予定されているEU首脳会議の間は、ギリシャ政府とEUの間で、一進一退の議論が続かざるを得ない。そのうえで、今回の延長により次の支援の期限となった6月末が、7月・8月にギリシャ国債の大型償還が控えていることからも、ギリシャが本格的な財政改革に踏み出すかどうかを見極めるタイミングになるだろう。
ECBとESMは危機波及を防げるか
しかし、このように交渉上、膠着状態が続いた場合、市場が疑念を深め、ギリシャ国債利回りの上昇が進むことは十分考えられる。この場合、市場の不安定化を食い止める「安全網」が重要になってくる。
この点、欧州域内では、欧州中央銀行(ECB)に期待がかかる。2月にギリシャとEUの交渉が暗礁に乗り上げ、ギリシャの銀行の資金繰りに対し懸念が高まった。この局面でECBは緊急流動性支援(ELA)と呼ばれる資金を、ギリシャ中銀を通じて同国内の銀行に供与し、一定の存在感を示した。
その後、3月9日、ECBは量的緩和を開始した。総額600億ユーロの買い取り額のうち、3分の2の400億ドルは国債だったがギリシャ国債は除外されている。そもそも量的緩和の本来の目的は、実体経済の改善であり、危機対応ではない。
さらに、この時期、欧州の銀行の2014年決算が低迷していることが明らかになった。ECBが量的緩和を実施しても、銀行の業績が低迷していれば、銀行から企業に資金が流れにくいため、量的効果の効果も十分に発揮できない。そのため、中長期的に量的緩和策がユーロ圏の経済回復につながり、ギリシャを含むユーロ圏市場の安定化につながるという効果も期待しにくい。量的緩和開始後、ユーロは対ドルで1.1ドルを割り込んだ。ユーロ下落の背景には、以上のような先行きに対する悲観的な見方も反映されているのではないか。
それでは、ユーロ危機時に設置された欧州安定化メカニズム(ESM)はどうか。従来、ギリシャへの懸念が深まるたびに、後追いで救済の仕組み作りが計画され、さらにドイツなどが強く反発したため制度作りが遅れ、さらに市場の懸念を深め、ユーロ危機が深刻化するという悪循環が続いた。2012年秋に、最大5000億ユーロの融資能力を持つESMという恒久的な機関が作られたことにより、このような問題が解消されたという見方もある。確かにこれまで、ESMの存在自体が市場の不安定化を食い止めるという予防的な役割を果たしてきた。一方、実際に危機が生じた場合、ギリシャのような問題国への融資について、ESM内の理事会による承認などの手続きが必要となる。ここでドイツなどの意向が働き、融資を迅速に実行できなければ、制度の実効性を問われる可能性は十分ある。以上のように考えると、欧州の「安全網」は危機対応について依然十分に対応できるとは言えない。
IMFと主要国の動向
それでは、広く欧州域外に目を向けたとき、何が安全網としての役割を果たすだろうか。
国際通貨基金(IMF)は、ギリシャが2月に示した財政構造改革案に対し、当初から批判的だ。ギリシャ現政権の改革努力が足りず、政策実行能力について信用するには至っていない。そのため、仮にIMFからギリシャに対する支援が必要な事態になれば、EU以上の厳格な財政構造改革を要求することになるだろう。
この場合、ギリシャにとってどのような選択肢があるだろうか。ここで考えられるのは中国による支援だ。中国はユーロ危機時にも、ギリシャ国債などを買い支え、国際的な存在感を示した。中国の現政権は豊富な資金を背景にアジアインフラ投資銀行の設立を計画し、欧州の国々に参加を呼び掛けるなど、この地域で地政学的な影響力を強めようとしているためである。
最後に、ウクライナの危機が高まった場合について付言したい。ギリシャと比較しても、ウクライナは今後、デフォルトに陥るリスクが高いだけではない。危機に陥った場合、欧州ないしロシアが中心となって救済を担うかどうかについても現状、明確とはいえない。
しかし3月9日、日独首脳会談が行われ、ウクライナ安定化へ向け両国が連携することが合意された。両国とも、米国が反ロシアを掲げウクライナに武器供与も辞さないこととは一線を画している。今回、日独両国は、ウクライナ国内の一層の混乱とロシアとの関係悪化を避けたいという点で利害が一致していることが明らかになった。言い換えれば、今後、ウクライナ救済が必要になった場合に、日独主導で国際的な協調が行われる途が開かれたと考えることができる。3月11日、IMFはウクライナに対し、4年間で総額175億ドルの追加支援を行うと発表したが、厳しい構造改革が前提となるため、依然予断を許さない情勢だ。ウクライナ情勢の混乱が一段と進んだ時点で、今回の日独協調が生きてくることになるだろう。
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