欧州は分裂するか―アジアインフラ投資銀行(AIIB)構想の影響と「2017年リスク」
2015/04/13
欧州への懸念が一段と深まっている。直近でギリシャの債務返済危機が再燃しているだけではない。5月に予定される英国の総選挙を巡って、依然同国のEU離脱リスクが注目されている。また、現在の世界の市場における最大の注目点である中国によるアジアインフラ投資銀行構想は、欧州に現状にとってどのような意味を持っているだろうか。
以上の各点について「欧州の分裂リスク」という観点から検討したい。
欧州の分裂リスク①:追い込まれるギリシャ
4月上旬、ギリシャに対する金融支援交渉の方向性が大きく変わった。
これまで、ギリシャのチプラス政権は、欧州連合(EU)から、表面上財政緊縮を約束した上で支援期間の延長などの譲歩を引き出した。ギリシャ政府は、国民に対し反財政緊縮を掲げ政権を獲得しており、簡単に方針を変える訳にはいかない。またEU側も、経済規模の小さいギリシャ一国に対する支援であれば負担は小さいため無用の混乱は避けたいという本音もあった。
さらにギリシャは3月末にかけ、EU・ECB・IMFから構成される債権団の負担につながるつなぎ融資や債務再編を求めた。
このように、ギリシャは交渉上のしたたかさをみせてきた。しかし4月5日、同国のバルファキス財務相との会談でIMF・ラガルド専務理事が強硬な姿勢を見せた頃から、事態は変化した。
EUとIMFは、ギリシャが本気で債務削減に取り組もうとしない態度を見て、ギリシャに対し強い姿勢を打ち出すようになっている。欧州ではECBが、先般公開した政策理事会の議事録の中で「ギリシャ情勢の影響は限定的」である、という見方を明らかにした。IMFの立場から見ても、現在は米国中心に市場が順調に推移しており、危機が世界に波及する状況にはない。
このような状況でギリシャは4月8日にIMFへの資金4.5億ユーロの返済を迎えた。さらに4月後半にかけ、国債の償還など資金調達圧力が一段と高まる。そのためギリシャ側が譲歩せざるを得ず、6月末に延長されて金融支援の期限を待つことなく、ギリシャのデフォルトは回避されることになるだろう。その意味で、ギリシャがEUから離脱するという欧州の分裂リスクは低いといえる。
欧州の分裂リスク②:英国の総選挙とEU離脱
それでは英国はどうか。3月末の下院解散から本格化する議論の最大のポイントは移民政策だ。
労働者を中心とした英国民の不満は、保守党政権により手薄になった社会福祉政策にある。EU加盟により財政緊縮を求められているだけでなく、移民が英国に流入し社会福祉を享受しているため、自分たちが不利益を受けているという批判が高まっている。
しかし移民の問題には、フランスやドイツなど他の主要国も頭を悩ませている。英国に移民の制限を認めるといった現実的な妥協策がEUから打ち出される可能性は十分にある。そうなれば、野党・独立党(UKIP)が主張する「EUに属していては移民の流入を防げない」というロジックは成り立たなくなる。
さらに、5月7日の総選挙が近付けば、EUの単一市場が英国産業の貿易やロンドン・シティの金融ビジネスにもたらす経済的メリットが、現政権によって改めて強調されることになるだろう。英国人は利にさとく、柔軟性に富む国民だ。この点からもあえてEUから離脱する道を選択する可能性は低いだろう。
欧州の分裂リスク③:相次ぐAIIB参加表明は何を意味するか
一方、欧州経済の低迷が続き、域内では有力な対策を見い出せない中で、欧州は打開策を何処に求めるだろうか。
3月の本レポートでは、ギリシャの資金繰りに問題が生じた場合、中国による支援可能性について述べた。同じ考え方の延長線上で、中国によるアジア投資銀行(AIIB)構想を考えることができる。
中国から見れば、欧州各国に広く参加を呼びかけ力を結集することにより、米国に対し、真剣に構想参加を検討するよう圧力を掛けることができる。
一方、欧州各国は中国に対し従来から、政治面では人権問題などで批判的な態度を採る一方で、経済面では依然として強大な中国市場との関係を強化するためチャンネルを使い分けるという傾向が強い。
3月12日に英国がAIIB構想への参加を表明した背景には、英国は元々経済的なメリットにより決定をする傾向が強いことに加え、中国人民元ビジネスをロンドン・シティの金融市場に取り込みたいという狙いがあった。
その後、フランスやドイツから参加表明が相次いだ理由は、先に述べた経済面に他ならない。結果的に、欧州各国はAIIBへの参加について歩調を合わせることになった。
米国はAIIBへの参加について、国内のコンセンサスを作ることは現状では難しい。日本は態度を保留しているが、経済面のメリットを重視すれば、6月末までに参加を表明し、議論のテーブルについた方が得策だ。
そう考えると、本来、欧州主要国の中で、米国と最も親しい関係にある英国の参加表明によって欧州がまとまり、米国が孤立に追い込まれる、という皮肉な事態が生じたといえる。
今後の展望:「2017年リスク」とユーロ反転の可能性
それでは、欧州は当面分裂を回避し、中国等との関係を強化しながら経済的にも回復に向かうのだろうか。
この点、欧州現地では、長期的にみた場合の「2017年リスク」が取り沙汰されている。第一に、先ず原油価格の下落はいつまでも続くわけではない。現状は短期的な反発に過ぎないが、201年頃までという長期で見れば、新興国の需要回復などにより回復基調に転じ、欧州のインフレ率もこれに連動する形で反転上昇する。
第二に、この場合、欧州中銀の量的緩和策は継続困難になり、従来低く抑えられていた国債金利やクレジットリスク・プレミアムが反転上昇し、ユーロに対する上昇圧力が高まることになる。
第三に、スペイン・イタリア・ギリシャなどの南欧諸国は、金利が上昇し景気の低迷が続く状態で財政緊縮を続けるという、一段と困難な状況に追い込まれる。その結果、欧州が南北に分裂するという懸念が高まる。
以上のような展開を想定した場合、市場がユーロの先行きについてどのように考えるかという点が問題になる。従来、原油価格が上昇すると、ユーロ圏のインフレ率と金利上昇を通じ、ユーロドルレートが連動して上昇しやすい傾向があった。現状、ユーロドルレートは1ユーロ=1.1ドルを割り込んで下落が加速している。今後きっかけがあれば、長期的に緩やかな反転基調に転じる可能性もあるだろう。
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