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林秀毅の欧州経済・金融リポート

ギリシャの命運・二つの選択肢―「7月20日問題」で何が起きるか

 

2015/07/10

二つの誤算が意味するもの

 6月下旬以降の推移を振り返った時、EU側から見た第一の誤算は、財政緊縮策を巡って板挟みになったチプラス氏が、首相として責任ある決断を下さず、民意を問うという名目で国民投票を行うという「奇策」に出たことだった。

 チプラス氏は、6月末のIMF返済を控え、EU側に対しては妥協する様子を見せつつ、ギリシャ国民に対しては、財政緊縮には応じないという矛盾した姿勢を見せた。

 この点から明らかになったことは、チプラス氏はギリシャの国益のためではなく、自分の保身のために行動しているという点だ。

 従来、欧州では危機対応について、お互いにリスクの大きい破綻のシナリオを回避するため、最終局面ではぎりぎりの妥協点を見出す、という暗黙の了解があった。2009年秋にギリシャ危機が明らかになった後、歴代のギリシャ首相もまた、EUなどから求められた財政緊縮策を、国民にとって不人気であることを承知で受け入れてきた。しかし、この点が今回は全く異なっている。

 第二の誤算は、7月5日の国民投票において、予想外の大差で財政緊縮反対派が勝利したことだ。国民投票は大衆に信を問うものである以上、その時々の状況に左右され、予想外の結果につながることはあり得る。

 しかし、今回、財政緊縮策に反対しEU・IMFから支援が得られない状態が続けば、単に期日通りの資金返済が困難となり、後述するように、ユーロ離脱を余儀なくされる選択肢が現実化することになる。ギリシャの現政権はこの点を理解していたはずだが、あえてそこには触れず、今後の対EU・IMF交渉上の手段を得るため、国民に対し緊縮に反対することを煽った。

 以上のように考えると、今後、EUとの交渉が進展せずギリシャの現政権が国内外で抱える矛盾が露呈した場合、チプラス氏は、EU・ユーロ圏に属したまま中国ないしロシアに改めて支援を求めるといった策に出る可能性があるだろう。

 特に中国については、本年3月の本レポートでも述べた通り、地政学的にギリシャとの関係を強化する動機が十分にある

7月20日に何が起きるか

 それでは次の節目と理解されているECBに対する約35億ユーロの返済日までにギリシャとEUの交渉に進展が見られない場合、何が起きるだろうか。国民投票の結果が大差で「NO」となった以上、チプラス首相が強気な姿勢を変えない可能性は高い。

 この場合、ギリシャ国内のユーロ資金が枯渇するため、6月末に導入した資本規制をさらに強化せざるを得ない。さらにこの状態が続けば、ユーロを通貨として使用することが不可能になり、独自の通貨を使わざるを得なくなる。

 筆者は、ユーロからの離脱にギリシャ国民の大多数が反対している以上、チプラス氏が進んでユーロからの離脱に踏み切ることはないと考えている。しかし国民投票で反対派が多数となったことで、以上のような経緯を経てユーロ離脱せざるを得なくなる選択肢が、現実の視野に入ってきた。それだけ、国民投票の実施と、国民の多数が反対票を投じたことは、ギリシャにとって危険な選択だったといえる。

 若しこの状況で、欧州中銀(ECB)が、これまで維持してきた緊急流動性支援(ELA)を中止するとどうなるか。金融市場の安定維持を大義名分に、ギリシャに対し大量の資金供給を続けてきたECBからすれば、ギリシャの銀行破たんが金融危機の拡大につながりかねない状況で、その引き金を引くという選択肢は取り得ないだろう。またECBがELAを中止せずとも、EUとギリシャ政府との交渉がこのまま平行線をたどれば、いずれにせよギリシャ国内の資金枯渇は「時間の問題」となるだろう。

 次に、より現実的な方策として考えられるのは、交渉が継続している間、ギリシャに期間1カ月程度のT-Bill(短期証券)の発行を認めることなどにより、実質的なつなぎ融資を行うというものだ。国民投票の結果発表後、ECB理事から早くも、この点を示唆する発言があったと伝えられている。今年春以降、ギリシャにとって命綱となったELAをコントロールしてきたECBの動向が、この局面に至れば再び注目されることになるだろう。

 しかし欧州現地では、ECBが実質的なつなぎ融資を実施することは高度な政治判断によらざるを得ず、ECB単独ではなく事前にユーログループなどの了解を得ることが必要になるだろうという見方がある。ドイツなどの強い反発が予想されると同時に、市場向けの説明も必要になるためだ。この場合、7月20日を目掛け、ECBとユーログループ及び欧州主要国との間で政策の具体化に向けた交渉が必要になるだろう。

 同時に、現実的な選択肢として考えられるのは、チプラス首相の突然の辞任だ。元々、緊縮反対を掲げ大衆に迎合して首相になった経緯からすれば、失うものはなく、交渉が行き詰まった局面では、国民投票で示された民意を反映できなくなったことを理由に突然政権を投げ出すリスクには注意が必要だ。

 この場合、最終的に財務大臣の横滑りによる実務的な政権、あるいは現野党の政権復帰などに至れば、その後EU等との交渉はより円滑に進むことになる。そのため、以上二つの現実的な選択肢が相前後して起きることによって、時間はかかるものの、最終的に事態が徐々に収束していく展開も想定できる。

 しかし、それまでの間でギリシャに政権の空白が生じた場合、市場の混乱要因となることは避けられない。この場合、ウクライナやトルコといった、ギリシャの近隣国だがEU外にあり政治・経済状態が不安定な国に、影響が波及するリスクに注意が必要だ。一方、ブルガリア・ルーマニアなどEU内にある近隣の小国については、影響はあってもEUによる救済の仕組みが危機に対する予防的な役割を果たすことになるだろう。