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林秀毅の欧州経済・金融リポート

ギリシャ金融支援後の課題―欧州は再び「慢性の病」へ

 

2015/08/12

 8月11日、ギリシャの金融支援の条件をめぐる実務者協議が合意に達した。

 第一に、ギリシャに2016年に財政の基礎的収支(プライマリーバランス)の黒字化及び2018年に実質成長率を3.5%まで徐々に改善するという政策目標が課された。第二に、不良債権を処理するための「バッドバンク」及び国営企業の民営化を促進するための政府系ファンドの設立といった案を含む新たな制度改革案が議論されたようだ。

 今回、7月中旬のユーロ圏首脳会議で合意された今後3年間の金融支援を実施するための条件が議論されたという位置付けだ。今後、再びユーロ圏レベルの政治的合意と主要国議会の承認が必要になり、多少の紆余曲折が予想されるが、今回の合意により、8月20日にECBが保有するギリシャ国債32億ユーロの期限到来をクリアすることがほぼ確実になった。

 以下、ギリシャ金融支援を巡る現在までの経緯を、関係者それぞれの立場から整理した上で、今後想定される展開を検討にしたい。

ドイツとフランス:南欧諸国への波及懸念を共有

 ドイツは7月初旬、「ギリシャのユーロ圏離脱も辞さない」という強い態度でギリシャとの交渉に臨んだ。本来、ギリシャが資金返済に困りデフォルト状態に陥っても、必ずしもユーロ圏離脱には直結しないはずだ。しかしギリシャ側の交渉姿勢にあまりに真剣さが欠けていたことが、ドイツの態度を硬化させた。

 だがギリシャに対し財政改革の法制化という厳しい条件を突きつけた後、メルケル首相はギリシャの金融支援に応じ、ドイツ国内を説得する側に回り、連邦議会から短期間で承認を取り付けた。ドイツでさえも、混乱を引き起こしかねないギリシャのユーロ離脱は、本音では回避したかったはずだ。

 一方、7月の原則合意に至る過程では、フランスがギリシャに妥協を促し、財政緊縮策の筋書まで提供するという重要な役割を果たしたことが伝えられている。この背景には、欧州でドイツに対し低下しているフランスの存在感を取り戻したいというオランド政権の政治的な狙いに加え、ギリシャがユーロ圏を離脱した場合、イタリア・スペインなどの南欧諸国、さらにはフランスに危機が波及しかねないという懸念があった。

 以上のように考えると、ドイツとフランスは、以前のような「独仏枢軸」と呼べるような盟友関係にはないが、ギリシャのユーロ圏離脱が南欧諸国への危機波及につながる展開を避けたいという危機感を、両国がぎりぎりの局面で共有した結果といえるのではないか。

ギリシャ:財政緊縮策の実効性に疑問

 次に問題となるのは、ギリシャの国内情勢だ。ギリシャ国民は7月上旬の国民投票で緊縮財政に反対したが、支援合意後、財政改革法案を承認しても、現状ではギリシャ国内で反対の動きは大きく高まっていない。

 ギリシャ国民は、財政緊縮には反対だがユーロ圏から離脱したくないという矛盾した考えを持っている。この点、ギリシャ国民が支援合意の前後で首尾一貫した行動を取っていないだけでなく、チプラス首相が少なくとも現状では、この矛盾を巧みに利用しているようだ。

 しかし現状、ギリシャ国民は「ユーロ圏に留まるためにある程度の緊縮はやむを得ない」と考えていたとしても、実際にさまざまな緊縮策が実施された場合に、不満が表面化するのがギリシャ国民だろう。

 以上のような先行きを見越したためか、8月初めに再開されたギリシャの株式市場は低迷が続いた。

 今回の条件合意の内容は、経済政策の目標と制度改革という大枠を定めたものであり、国民の窮乏生活を強いるものではなく、当面、ギリシャ国内では支援継続への安心感が先行するだろう。しかし同時に、目標実現のために、チプラス政権がどのようなスピード感を持って改革を実現するかという点が、厳しく問われることになるだろう。

EU・IMF:南欧への波及リスクを食い止められるか

 今回の事務レベル合意を受け、支援条件について、ユーロ圏財務相会合を軸に政治的な合意がなされるだろう。但し、EUは、現時点でも債権者との話によるギリシャの債務減免を認めておらず、あくまで欧州中銀(ECB)によるつなぎ融資や欧州安定基金(ESM)による救済によるべきとしている。その背景には「安易に債務減免を認めることはモラルの低下を招く」というドイツ流の原則主義がある。

 これに対し、IMFはギリシャ経済、特に財政状態が持続可能な状態になるためには大幅な債務減免を行うべきであることを、支援合意が決定されたのとほぼ同じタイミングで主張している。EU・IMFにECBを加えた三者は従来から歩調を揃えてギリシャ支援を行う「トロイカ体制」を作ってきたが、当面の危機を乗り切った後、今後の方向性については意見が対立していると言わざるを得ない。

 結局、短期的な市場安定化が達成されても、ギリシャ及び同様の財政状態にあるイタリア・スペイン・ポルトガルなどの南欧諸国に対し、現在のように成長余力が低く財政状態が悪化したまま、財政緊縮策が課された場合、ECBに負担が掛かる展開が続くことになる。EU全体の求心力が低下している現状では、欧州委員会の主導による「欧州投資計画」も、円滑に実施されるかどうか疑問が残る。

ECB: 短期の市場安定と長期の成長維持

 ギリシャに対する支援策が7月中旬に原則合意された後、ECBとしては、ギリシャへのつなぎ融資などで動きやすくなっていた。仮に今回、金融支援の条件交渉が進まなかった場合、必要があれば8月20日の償還分についても、ギリシャに対しつなぎ融資を実施するだろう。

 欧州現地では、ECBは永遠に金融緩和を続けざるを得ないという見方もある。この場合、当面はドイツ中心に欧州金利の低下傾向が強まることになる。しかし、米国の金利上昇など外部要因により欧州金利が上昇してしまった場合、このような高債務・低成長国の経済に対する悪影響が大きい点が懸念されることになるだろう。