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林秀毅の欧州経済・金融リポート

「ドイツ帝国」は世界を征服するか―E・トッド氏による「警告」の背後にあるもの

 

2015/09/08

 車が全く通らない交差点で、日本人が律儀に赤信号を待っていた。後からやってきたアメリカ人が信号を無視し、急ぎ足で横断した。そこへ現れたドイツ人の乗ったスポーツカーが高速で突っ込み、アメリカ人を轢いて去っていった。

 この例えをアメリカ人の代わりに「赤信号でも雑談しながらのんびりと渡っているギリシャ人」と言いかえれば、欧州の現状をより的確に表現することになるだろうか。

ドイツがヨーロッパを牛耳る

 E・トッド氏の「ヨーロッパが世界を破滅させる」と題するインタビュー集が話題になっている。そのポイントは、ドイツの強さの源泉は一旦目標が定まると驚異的なエネルギーを結集する国民性にある一方、さらに力を持つと制御が聞かなくなる危うさを持っている、ということにあるだろう。

 この点について、作家の塩野七生氏は、ローマ帝国のように広大な領土を統治する場合には、多民族国家としてのしなやかな柔構造社会となることが必要だが、ドイツ人にはそのような寛容さがないとしている。2014年のサッカーW杯で、ドイツが開催国ブラジルに対し、最後まで手を緩めず、地元の観衆が悲鳴を上げる中、7対1で圧勝したことを記憶している読者も多いだろう。

 このようなドイツ人の他人に対する厳格さは、経済面で過去の超インフレへの反省があるだけでなく、冒頭の例に示したように、本来手段であるはずのルール順守を重視するあまりこれを絶対視する真面目な性格にあるのではないか。

 EUレベルの「財政安定協定」を始めとする緊縮財政のルールを、環境が変化しても頑なに守り続けようとしても、良い結果につながらなかったことは既に証明済みである。

米国・ロシアとの力関係:ドイツを過大評価?

 欧州の外に目を転じると、トッド氏は欧州と米国を比較した場合、統計数字を根拠に、欧州には発展途上で低賃金の産業分野が多く、そうした分野に注力することが、ドイツの一人勝ちにつながるとしている。この点、歴史人口学者である著者が、長期的な観点から少子高齢化が進む欧州と若年労働者が豊富な米国との違いをどう考えているのか、議論となるところだろう。

 次にトッド氏は、ロシアは現時点でも欧州にとって脅威と捉えている。ギリシャ危機に隠れ、日本であまり話題にならないウクライナ情勢は、欧州にといっては依然、深刻な問題である。

 経済面でも、日本では、経済規模が小さくロシアに対する関心は比較的薄いが、欧州では、エネルギー供給源としてのロシアの存在は依然重要だ。この点に関して、トッド氏は、ロシアからのパイプラインによるガスの到達点をドイツがコントロールしていることなどを理由に、ドイツがロシアに対抗しえる力を持ち、東欧などを支配下に置いている、と考えているようだ。以上のようなロシアとの関係についても、ウクライナ情勢に関しドイツを中心とする欧州が取り得る政策余地の狭さや、仮に原油価格が反転上昇した場合に欧州とロシアの力関係にどのような影響が及ぶかという点についても、留意が必要ではないか。

トッドとピケティの共通点:「オランドよ、さらば!」

 最後に、このように強大化したドイツにストップをかけるのがフランスの役割であることに、トッド氏もまた言及している。この点は、ドイツマルクが放棄されユーロの創設に至るという欧州統合の歴史が、経済面で強大化するドイツに対し、政治外交面でフランスがいかに歯止めをかけるかという観点から語られることとほぼ一致している。

 確かに、現状のフランスは、成長率などからみた経済面ではドイツから大きく引き離され、むしろ南欧諸国と同列といった状態に陥っている。これに対し、オランド大統領の政治的なリーダーシップは弱く、国内的に有効な政策が打つことができないだけでなく、欧州レベルの政策についても影が薄い。政治面でも2017年の次期大統領選挙に向けた極右のルペン氏が有力候補であるなど、不透明感が強い。

 但し、こうした中で興味深いことは、トッド氏はまず、ドイツの経済・政治両面の強大化を問題視した上で、それを抑えきれないフランスの現政権の弱さを批判していることである。この点は、先般、ピケティ氏が、5月の本レポートで紹介した著書の中で、欧州連合の制度が不完全であるため欧州が混乱に陥った、いう論旨を展開した上で、それに対しフランスの現政権が何ら対処できていないという批判を行っていることと重なるのではないか。自国をストレートに批判するのではなく、まずドイツやEUをやり玉に挙げる、というフランスのエリート達の屈折した一面が現れている、と言ったら言いすぎだろうか。