欧州中銀、追加緩和再び―マイナス金利政策の先にあるもの
2016/02/10
昨年末の局面とどこが違うか
欧州中銀(ECB)のドラギ総裁は、1月21日に行われた政策理事会後の記者会見で、年初来さまざまなダウンサイドリスクが増加し不透明性が高まったため、次回3月の政策理事会で金融政策の見直しが必要になったと述べた。
質疑では、主に中国の景気減速、原油価格の下落、難民流入の影響の三点が焦点となった。
先ず中国リスクについてドラギ総裁は、直近の経済指標から中国経済の下振れ傾向が鮮明になっていることに加え、為替市場全般に与えている悪影響、資金流出が続く同国の株式市場について言及した。
原油価格については、昨年12月の前回経済見通しを作成時から、下落幅が40%にも達していることを強調した。
さらに難民の流入については、欧州にとって非常に深刻な問題になっており欧州の社会を変えつつある一方で、「全てが我々の手の中にあるわけではない」として、今後の展開について不透明性が非常に高いことを示唆している。
昨年秋から年末にかけ、緩和拡大のアナウンスが打ち出され市場が大きく反応したが、実際には小幅の緩和拡大に終わった。以上のようなリスクの高まりを受け、次回3月は、昨年末と同じ対応という訳にはいかず本格的な対応をせざるを得ない。
その理由は単に「狼少年」にならないため、同じ手は二回使えない、というだけではない。
先ず今回は全会一致の決定だったことが、記者会見でも強調されており、思い切った政策決定が行いやすい面がある。
さらに、ドラギ総裁は質疑の中で、以上のようなリスクの高まりを受け、昨年末12月初めに小幅の緩和拡大にとどまった時と比較すると、今回は根本的に異なる状況にあることを強調している。
「期待を超える追加緩和」の選択肢
それでは、次回3月の政策理事会で、具体的にどのような政策が決定されるのか。
ここでヒントになるのが、為替市場への影響をめぐる記者会見上の質疑だ。ドラギ総裁は、為替動向は政策目標ではないという従来からの建前を述べつつ、我々の取るアクションが為替市場に影響を与えるであろうことはかなり明らかだ(pretty clear)と述べている。
そこで第一に、金利低下がユーロ下落を通じユーロ圏の景気に刺激を与える可能性があるかぎりは、マイナス金利を一段と引き下げることになるだろう。
マイナス金利のコストともいえる欧州の銀行セクターの収益面への悪影響について、今後予断は許さないものの、現状では特段表面化していないことも、一段の利下げ余地を可能にしている面がある。
この点、今回の質疑にもあったように、欧州における「銀行同盟」の枠組みが統一的な銀行監督から単一の破たん処理機関設置へと段階的に進展する一方で、経営への懸念はスペインなどの一部の銀行にかぎられている(尚、銀行セクターが比較的健全なためマイナス金利の弊害が少ないという点は、デンマーク・スイス・スウェーデンなど欧州の中小国にも当てはまる)。
昨年12月と異なり、次回3月については、直前の市場予想に対し、より大幅な利下げ幅とすることでサプライズを生もうとするのではないか。
第二に問題となるのが、新たな政策手段の可能性だ。
2015年12月の本レポートでは、追加緩和について事前の選択肢として、①預金金利引き下げに加え、②量的緩和の金額拡大、③量的緩和の対象拡大、④量的緩和の無期限延長の4点を挙げた上で、量的緩和の対象拡大については最も可能性が低いと考えた。
ドイツからの強硬な反対があると考えたためだが、今回は、記者会見でも、(昨年12月時の地方債などへの拡大に加え)株式など新たなアセットクラスまで購入を拡大する用意はあるかという質問があった。ドラギ総裁がすべての可能性を否定しなかったのは市場に予断を与えないという意味で当然であり、量的緩和の対象拡大は依然リスクシナリオの一つである。
しかし、先に述べたように全会一致で緩和拡大の方針が決まったことが背景となって、追加利下げに加え新たな対象の拡大がサプライズを生むことがあり得るのではないか。
マイナス金利の効果―二段階のシナリオ
一方、欧州現地では、仮に追加緩和を進めても、第一に為替市場でユーロ下落につながりにくく、第二に、仮にユーロが下落しても、ユーロ圏経済の改善に寄与しない、という二つの懸念が示されている。
第一の点については、対ドルでユーロ下落を進めても、中国を中心とした新興国の通貨が下落すれば実効為替レートのベースでは下落したといえないこと、市場の投機ポジションの動向などからテクニカル的にもユーロは反転しやすいこと、同様の理由により原油価格が反転すればECBは、物価安定という本来の使命から量的緩和の継続が困難になることなどが理由として挙げられる(2016年1月の本レポート参照)。
第二の点については、ユーロ圏の輸出セクターではドイツなど先進国からの付加価値の高い製品が中心で価格弾力性が低く(=価格を下げても販売数量が伸びにくい)、輸入セクターでは生産ラインの国際的な分業が進んでいるためやはり価格弾力性が低い(=国内代替が困難なため輸入を続けざるを得ない)。
以上のような検討はマイナス金利を導入した日本についても参考になるのではないか。マイナス金利の導入により国内の資金の流れが変わり企業投資などが活発しない限り、ユーロ圏・日本などのマイナス金利を導入した先進国と中国をはじめとする新興国との間で「不毛な通貨安競争」が続くことになるだろう。
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