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林秀毅の欧州経済・金融リポート

欧州の危機再燃はどのように起きるか―「2017年リスク」は今

 

2016/04/11

 欧州はどこに向かっているのか。欧州連合(EU)は崩壊するのか、それとも新たな再生の道を歩むのか。ここで重要なことは、その答えについて日本に住む我々だけでなく欧州に住む当事者も、現時点では明確に答えることができないという事実だ。

 以下、欧州を取り巻くテロ、難民流入という現在進行中の懸案について検討した上で、今後について長期的な観点から展望することにしたい。

ブリュッセルのテロが意味するもの

 3月22日にベルギー・ブリュッセルで発生したテロは、欧州連合(EU)の本部のある都市で起きたことで、世界に衝撃を与えた。同時に、そのわずか数日前に同地で昨年秋のパリ同時テロの実行犯が逮捕されており、現地の警備体制の甘さが指摘された。

 フランス・ドイツという二大国に挟まれたベルギーなどの小国は、欧州全体が政治的・経済的に安定することで大きなメリットを受けるため、欧州統合を積極的に推進する役割を果たしてきた。EUの機関が多数設置されることにより、雇用面など直接の経済的メリットを受けることもできた。

 しかしベルギーは元々小国で経済力が弱い上、国内の北部と南部で言語が異なり、北部の方が経済的に豊かであるため、国内の自治のありかたなどを巡って論争が絶えず、国内の政治も不安定になりがちだ。テロに対する警備体制の弱さも、このようなベルギーの内情が背景になっている。

 同じベネルクス(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)の小国であるオランダもまた、以前から欧州各国の中で、経済的に豊かな「北の国」の一つとして、より貧しいギリシャなどの「南の国」への支援について厳しい姿勢を取り、欧州統合を推進する路線から一線を画している。

 今回のベルギー・ブラッセルでテロが発生したことは、単にEUの本部のある都市で起きたというだけでなく、これまで欧州の中心部で仏・独など主要国の調整役を黒子のように担ってきた国で起きたという点で、今後EUの機能不全を加速させかねないという危うさを示している。

難民問題の行き詰まりと「マーケットデザイン」

 次に、シリア等からの難民が欧州への流入が続いていることの影響は、欧州内外に分けて考えることができる。

 欧州内では、メルケル首相の影響力の低下が挙げられている。3月中旬、3つの州で行われた州議会選挙では、メルケル首相が党首を務める与党キリスト教民主同盟(CDU)がいずれも支持を減らし、反難民を掲げる野党が急伸した。

 メルケル首相は従来、「待ち」の政治手法を得意としてきた。即ち、ギリシャ救済などについて、メルケル首相は欧州各国に対し、当初はドイツ国民の強硬な意向を反映した議論に臨んだ。その上で各国と時間をかけ妥協点を探り、その結果を持ち帰り、ドイツ国民を説得するというコンセンサス重視の姿勢を採っていた。

 しかし難民受け入れに関しては、欧州内のドイツの歴史的な立場、さらにそれを反映した憲法の規定を根拠に積極的な受け入れを進めた。しかし現実に起きた国内が混乱した。メルケル首相は、難民の受け入れに関し、ドイツ国民の意向をより反映した姿勢に軸足を移さざるを得なくなってきた。

 これと並行して、欧州の対外的な関係として、EUは難民流入の最大の経由地となっているトルコとの間で、単に欧州に働くために入ろうとしている経済移民などの送還について合意し、4月に入ると実際の送還が始まった。

 このような合意が成立した背景には、EUとトルコの間にある密接な経済関係や、現在は実質的に頓挫しているトルコのEU加盟問題を巡る交渉や駆け引きがあったはずだ。

 しかし同時に、トルコ側ではエルドアン政権がイスラム国(IS)などからのテロの打撃を受け、その強硬な政治姿勢が揺らいでいるように見える。誰が送還されるべきであり、また実際に送還できるのか、という合意の実効性を保つことは容易ではない。

 そもそも今回の大量の「難民」については、トルコ経由で到着したギリシャで難民の認定が有効に行われなかったため、「最初に到着した欧州側の国で難民かどうかを認定する」というEUのルールが機能しなかった、という面が強い。

 今後も、誰が本当の難民として欧州にとどまり、誰が「経済難民」として送り返されるべきか、という点などについては混乱が予想される。

 それでは今後、どのような対策を打つべきか。やや唐突だが、先日、当センターで、2012年ノーベル経済学賞受賞者であるアルビン・E・ロス教授による「経済学はどこまで役に立つか ―「マーケットデザイン」から考える」と題する講演が行われた。「マーケットデザイン」とは、単に市場で価格によって需要と供給が釣り合うと考えるのではなく、マーケットへの参加者が持つさまざまな好みを考慮した上で、それらを組み合わせるための制度設計を行う考え方だ(同氏著「フー・ゲッツ・ホワット」、2016年、日本経済新聞社)。

 ロス教授は講演の中で、難民は行きたくない場所に移されることに反発する一方、(言葉や文化を共通にする)自分と同種の人々が集まる場所に集まる、と述べた。現在、難民の行き先として希望が殺到するドイツではなく、別の場所に同じ民族あるいは地域から来た難民が集まるような制度を設計すべき、ということだろう。

 少なくとも難民流入への対応は、「ギリシャへの懸念が再燃」といった(ギリシャがデフォルトに陥った場合の処理を含め)既存の制度で対応可能な問題とは、質的にも量的にも異なっている。欧州の指導者によりさらに有効な政策が提案されない限り、新たな欧州危機につながりかねない火種となるだろう。

「2017年リスク」と欧州中銀の「次の一手」

 ちょうど一年前、2015年4月の本リポートで、「2017年リスク」という欧州現地の議論を紹介した。これは長期的にみて、欧州の景気低迷が続く一方、ユーロと原油価格が反転上昇し、欧州中銀(ECB)の量的緩和は継続困難になるというものである。

 その後、上に述べたようなフランス・ベルギーのテロ、難民の流入、さらには英国のEU離脱などの不透明要因が続出する中、欧州全体の低迷が続いている。

 さらに最近の為替市場では、ユーロ円については円高要因が働いているため見えにくいが、ユーロドルが緩やかに反転上昇しつつある。同時に原油価格についても、緩やかに反転する兆しが見える。

 これに対し、欧州中銀(ECB)は3月10日の政策理事会で、量的緩和の金額を増加したが、実施期限については2017年3月としたまま据え置いた。仮に、原油価格の上昇などにより、インフレ率が上昇し、量的緩和策の拡大や延長が困難となった場合の代替手段はあるだろうか。

 同じ政策理事会では、今年6月から四半期毎に、期間4年の長期資金供給(TLTRO Ⅱ)を開始すると発表した。銀行の貸出実績やその時々の市場金利に応じて実行されるとされており、実体経済への資金供給だけでなく、イタリアの中小金融機関などの資金繰り対策として金融市場の安定化策という意味を持つことになる。周到に仕込まれた、ドラギマジックの「次の一手」と考えることもできるのではないか。