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林秀毅の欧州経済・金融リポート

英国のEU離脱・3つのリスク-金融市場・貿易交渉と他国への波及-

 

2016/05/10

 6月23日に実施される英国のEU離脱をめぐる国民投票まで、あと2か月足らずを残すばかりとなり、米国を始め海外から離脱を懸念する声は一段と高まっている。

 筆者は最終的に英国民が自らの経済的利益を考慮し僅差で残留を選択するのではないかと考えているが、英国民が不利益と感じている移民の処遇(さらにはこの点から連想される)難民の流入やテロへの懸念が、現時点で収束する気配はなく、世論調査をみても、最終的な結果については依然予断を許さない。

 以下、仮に英国のEU離脱が現実となった場合に表面化するリスク要因を、金融市場への影響、貿易交渉が難航する懸念、他のEU加盟国への波及リスクの三点から検討したい。

金融市場に与える二つの影響-資金流出と金融インフラの見直し-

 先ず、英国のEU離脱が同国内の金融面に与える影響は、日々の金融市場に与える短期的な影響と金融インフラの再構築をめぐる議論に与える中期的な影響の二点について検討する。

 第一に、金融市場自体への悪影響は、既にこれまで英国のEU離脱が現実の選択肢となる過程で、ポンドの下落傾向などに表れている。

 元々、英国は、1980年代以降の規制緩和政策により国内製造業の競争力が衰え、現在は金融業と不動産業で成り立っている国と言っても過言ではない。今後、投票実施日にかけ離脱の可能性が一段と高まれば、為替市場だけでなく、英国の株式・債券市場からも全面的な資金流出への懸念が強まり、不動産市場にも悪影響を与えることになるだろう。

 しかし英国のEU離脱への懸念が従来から続き、国民投票実施前に金融市場への悪影響が現れつつある以上、実際に離脱が決定された場合には、決定時をピークとして悪影響は徐々に和らいでいくのではないか。市場の関心は、その後のEUとの貿易交渉の推移などに移っていくと考えられるためである。

 第二に、より中期的な課題として、英国における金融インフラ、具体的には英・独証券取引所の経営統合への影響が問題となる。

 今年2月、ロンドン証券取引所(LSE)とドイツ証券取引所は、対等合併による経営統合計画を発表した。一方、ニューヨーク証券取引所(NYSE)を持つ米国の取引所グループがこれに対抗してLSE買収を計画したが、5月に入り、買収によるメリットを確証できないという理由により、この計画を断念すると発表した。

 かつて1999年にユーロが誕生した際、ユーロ非導入国である英国の金融界は官民挙げて、ロンドン・シティ―の金融市場がユーロ誕生後も欧州の金融ビジネスの中心であり続けるための金融インフラやルール作りに注力した。

 欧州の証券市場では、英・独・仏の証券取引所の間で主導権が争われた。ドイツ証券取引所は、ユーロ誕生前後から英国証券取引所に対する買収提案等を行ってきたが、英国側の強い反発にあい実現しなかったという経緯がある。

 仮に英国がEUから離脱し、EUの単一市場から外れるという懸念が高まった場合には、英・独証券取引所の合併交渉において、英国側からの反発が弱まり、ドイツ証券取引所が主導する形で経営統合が進む可能性が高まることになるだろう。

貿易交渉が不透明要因に

 以上のように、金融市場では既に懸念が高まっている一方、英国とEUの貿易交渉は、国民投票でEU離脱が決定された場合には、その後の長期にわたって不透明要因として浮上することになる。

 この点、英国側では、EU離脱の場合には、英国とEUが自由貿易協定(FTA)を結べばよいという比較的楽観的な見方がある(今年3月の本レポート「英国EU離脱問題をめぐる視点」参照)。しかしその一方で、大陸欧州側では、英国とEU各国の貿易上の利害はさまざまであるため、自由貿易交渉はそれほど簡単ではないという見方が強く、交渉には2~3年かかるという見方がある。

 ここで、英国にとり自由貿易協定の交渉相手は形式的にはEUだが、現在のEUには貿易交渉についてドイツなどの主要加盟国の利害を束ね、結論を引き出すだけの力が無くなりつつある。

 さらに従来から、米国がEUとの間で自由貿易交渉を進めている。そのため英国がEUを離脱した場合、米国から見て、米英間の貿易協定の優先順位は劣後せざるを得ない。また米国は、現在、大統領選挙の論戦を通じて内向きの政策姿勢を強めており、同盟国であるからといって英国を貿易その他の政策面で優遇する可能性は低い。

 以上のように考えると、英国がEUを離脱した場合、その後の貿易交渉が難航することで、経済的に孤立化するという懸念が改めて高まり、グローバル企業の国外への拠点シフトなどにつながりかねない点に注意が必要だ。

どのEU加盟国が次に離脱するか

 最後に、英国がEUを離脱した場合、離脱の動きはドミノ倒しのように、他のEU加盟国に波及するだろうか。

 第一に、フランス・イタリア・スペインを含む西側のユーロ圏諸国は、多くは離脱に向かわないだろうという見方が、欧州現地には強い。これらの国々が、欧州経済の低迷が続く中、多額のユーロ建て政府債務を抱えており、EU・ユーロ圏から離れることは不安であるためである。

 ドイツは政府債務を減らしているが、メルケル首相は、政治的には難民対応などでEUの政策をリードし、経済的にはEU各国との密接な関係の重要さを十分理解しているはずだ。

 第二に、オランダやフィンランドなど、北の「豊かな国々」で反EU・反ユーロの機運が高まっているとされている。しかしこれらは小国であるためEUという枠組みの下で、政治的には地域の安定、経済的には単一市場という恩恵を受けている(本年4月の本レポート「欧州の危機再燃はどのように起きるか」参照)。

 仮に政治的に反EU・反ユーロの機運が高まるにしろ、現在のデンマークのように、政治的には大国と一線を画す一方、経済的にはEU主要国と一体化せざるを得ない。

 第三に、旧共産主義国の中東欧諸国は、EUからの補助金という恩恵を受けており、EUから離脱する動機が働かない。

 これはかつてユーロ危機の表面化後、バルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)のような小国の間で、世界的な金融危機が発生した場合の支援を期待し、ユーロ導入の動きが続いたことと似た面がある。

 以上のように考えると、英国がEUから離脱した場合、同じような動機を持ちえる国としてスウェーデンが挙げられる。そもそも財政赤字が少額で、ユーロを採用せず自律的な経済運営を行っており、EUからの補助金を受け取っておらず、逆に豊かであるためEUへ支出していることに国民が不満を抱いているためである。