一覧へ戻る
林秀毅の欧州経済・金融リポート

2017年の欧州・4つの悪循環シナリオ

 

2017/01/11

 2017年初、1年を展望し、ユーロ圏政治・経済の両面で、お互いに影響しながら全体として状況が悪化していく以下の「4つの悪循環シナリオ」について検討したい。

悪循環シナリオ①:英国EU離脱交渉が暗礁に

 年初の1月3日、英国のロジャース駐EU大使が辞任した。辞任の最大の理由は、現在の英国政府内の強硬派との対立にあった。強硬派は、先ず移民流入の規制と単一市場のアクセスでは前者を優先する。その上で、EU離脱後もEU及びその他の国々と自由貿易協定を締結し、短期間で自由貿易の利益を維持できると考える。これに対しロジャース氏は、実際の外交交渉を熟知しているという立場から、以上のような強硬派の意見が現実的でないと考えていた。

 一方、メイ首相は、1月中に今後のEU離脱に対する方針を明らかにする予定だ。ロジャース氏のようなプロの外交官が当事者から外れる中、ここで先ず考えられる第一の選択肢は、「時間稼ぎ」だ。即ち、英国の最高裁が今月にも「EU離脱には英議会の承認が必要」という判断を下した場合、メイ首相はこの点を理由に交渉の実質的な延期を図ろうとするだろう。この場合、EUは「移民の流入制限と単一市場へのアクセスは二者択一」という強硬な姿勢(あるいは建前)を崩す必要はない。

 第二に、メイ首相が従来からのコミットを守り、3月末までに離脱通告を行った上で、その後のEUとの交渉でできるだけ有利な条件を引き出そうとする「見切り発車」のシナリオが考えられる。筆者は従来から、英国に対し強気の姿勢を崩さないEUも本音では英国との関係を維持したいため、交渉により最終的には妥協の余地があると考えている。

 以上のように考えると、結局、英国側の交渉当事者が揃うどころか抜けていくような状況では、英国政府による「時間稼ぎ」または「見切り発車」のどちらの場合でも、金融市場参加者の疑心暗鬼につながり、市場環境を悪化させることになるだろう。

悪循環シナリオ②:欧州全域へのポピュリズム拡大・オランダに注目

 以上のような英国の離脱交渉と並行して、今年は欧州全域で政治イベントが続き、各国にポピュリズムが拡大していくと懸念されている。ポピュリズムの大きな特色は、自分の投票行動がどういう結果を生むか合理的に考えずに政治家のキャッチフレーズに賛同することだ。各国民は、ポピュリスト政治家の弁舌の鮮やさや個人的な魅力に扇動されやすい。

 既にメディアでは4~5月の仏大統領選挙から秋の独総選挙へ向けた展開に注目が集まっている。しかしその前に行われる3月のオランダ総選挙は要注意だ。オランダは、元々はベネルクス三国の一つとして欧州統合に当初から積極的だったにも関わらず、2000年代の比較的早い時期から移民排斥の機運が高まった。

 この点については、オランダが小国であることから独自に生み出した福祉国家や労働に関するモデルを維持するために早い時期から移民の流入を排斥せざるを得なかった、という見方がある。さらに、従来から総選挙や国民投票といった要所で、有力なポピュリスト政治家が現れ、投票結果に大きな影響を与えてきた。なかでも自由党のウィルデルス党首は、2005年にオランダの国民投票でEU憲法条約の批准が否決された時に主導的な役割を果たし、その後現在まで、影響力を維持している。

 3月のオランダ総選挙後についても、以上のような英国と大陸の悪循環シナリオは、互いに影響しながら事態を悪化させていく可能性が高い。ブレグジットの交渉が年前半はこう着状態に陥りやすいことを考慮すると、フランス大統領選が大多数の専門家が指摘する通りに決選投票で極右のルペン氏が敗退した場合でも、結果の如何にかかわらず、秋の独総選挙に与える悪影響は避けられないだろう。

悪循環シナリオ③:イタリアの銀行処理から金融危機再燃の懸念

 次に、金融セクターに目を転じると、昨年末にイタリア政府が同国第3位の大手銀行モンテパスキ・ディ・シエナに対する公的資金供与約60億ユーロを実施すると報じられた。この点、イタリア政府による公的資金の供与が行われず、ユーロ圏の金融監督を行う欧州中央銀行(ECB)の手に処理が委ねられるとすれば、破たん処理がユーロ圏の危機再燃につながる可能性も見えてくるだけに、とりあえずは政府レベルで事態が収拾されつつあるといえる。

 一方、イタリア政府の負担額が予想より膨らんでいることについて、イタリアの財政赤字拡大につながれば、国債の消化難を通じ財政危機の懸念が高まる。さらにイタリアがユーロ圏やEUから脱退しようという政治的な動きが強まれば、これは自国通貨安と同時に金利上昇を招くことになる。この場合、欧州現地では、イタリア経済の競争力の低さを考慮すれば、自国通貨安による輸出増などのプラス効果を金利上昇によるマイナス効果が上回ることになる、という見方がある。

 そのように考えると、イタリア政府が今回、モンテパスキ・ディ・シエナに公的資金の注入を決定したことには、ユーロ圏の金融市場を安定させる効果があった。EU委員会は、この決定を認めないと先述のように金融危機ないし財政危機の再燃につながりかねないことを考慮し、こうした悪循環を断ち切るために、最終的にはイタリア政府の決定を認めることになるだろう。

 一方、イタリア国内の政治情勢は、昨年末の国民投票の結果を受けたレンツィ首相の辞職後、安定性が低下している。今後については、イタリアのユーロ圏離脱・EUからの脱退を主張するポピュリスト政治家が発言力を強めることが最大のリスクになるはずだ。

悪循環シナリオ④:インフレ率の上昇とECBによる量的緩和

 最後に、ECBの置かれている状況はどうか。上に述べたイタリアを発端とした危機が再燃すれば、ECBがかつてのユーロ危機時と同様に、緊急危機対応の主役を担うことになる。しかしそうでない場合でも、ECBを巡る環境は厳しい。

 先ず、本レポートで従来から述べてきた原油価格の反転・上昇がある。この点、石油輸出国機構(OPEC)の減産合意などの外部要因を受けた原油価格上昇により、直近、昨年12月時点のユーロ圏消費者物価速報が前年同期比1.1%まで上昇し、ECBの目指す年率2%に近付いている。こうした状況を受け、昨年末に決定された量的緩和の期限延長に対しドイツを中心に批判が高まっている。

 次に、ユーロの下落傾向がある。従来は原油価格が上昇するとECBにより引き締め的な政策が採られるという期待を通じ、ユーロの上昇につながりやすかった。しかし現在は、以上のような政治要因や金融要因によりユーロ安圧力がかかる局面であるうえ、ECBの量的緩和策も重しとなり、従来のようなリンクの関係はみられない。一方、ユーロの下落は、輸入物価の上昇を通じてユーロ圏のインフレ率に対する上昇圧力になる。

 こうした状況が続けば、今後、ユーロ圏の実体経済の回復が緩やかなままインフレ率の上昇が加速する、「悪い金利上昇」が現実となってくる。さらに1ユーロ=1ドルを割り込む可能性が生じれば、欧州ではドイツなどを中心に政治問題となりかねない。この状況にもかかわらずECBが量的緩和にコミットしたままでは、ひいては中央銀行としての信認が問われかねない。このような局面が現実のものとなった時、ECBのドラギ総裁は、改めて量的緩和措置の修正を迫られることになるだろう。

欧州は、連続テロ、難民の流入、英国のEU離脱問題など難問が山積し、統合のあり方そのものが問われる新たな段階に入っています。2016年4月よりタイトルを「林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0」と改め、グローバルな金融市場動向を踏まえつつ、欧州の今後について的確な展望をご提供します(毎月1回 10日頃掲載予定)。