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林秀毅の欧州経済・金融リポート

欧州の政治動向を考えるポイント-「ポピュリズムとは何か」を読む-

 

2017/02/13

 欧州の混迷が続いている。特に、今年半ばにかけ、3月9日と言われている英国のEUからの離脱通告、同月15日に実施されるオランダ総選挙、4月から5月にかけてのフランス大統領選挙というイベントが行われるたびに、政治的な不安定さが高まっていくと懸念されている。

 このような不安定な政治情勢は、欧州の経済・金融面にとっても不安材料になる。原油価格と長期金利の上昇傾向が進む中、米国からのユーロ安批判もあり、欧州中央銀行(ECB)の金融政策は苦しいかじ取りを迫られている。しかし現状、欧州景気が比較的安定しており、イタリアの銀行セクターへの懸念などが一旦落ち着いている背景には、ECBの量的緩和が市場の安心感を支えている面が大きい。そのためECBは、内外からの批判にかかわらず、今後も量的緩和を継続せざるを得ない。

 それでは、今後年央にかけ、以上のような欧州の政治・経済情勢はどう変化するのか。昨年6月のイギリス国民投票による欧州連合(EU)離脱決定後、秋にかけ国内でも欧州の政治・経済情勢に関する出版が相次いだ。その中でも特に、欧州研究者の間で話題になっている『ポピュリズムとは何か』(水島治郎著、中公新書)の議論を基に、検討することにしたい。

ポイント①:二つのポピュリズム

 本書の著者は、欧州政治、とりわけ日本では数少ないオランダ政治の専門家である。欧州の小国であるオランダの政治に対する分析が、フランス、ドイツ、ひいては米国や日本にまで適用され説得力を持っている。

 同書によれば、一般に「大衆迎合主義」などと訳されるポピュリズムには、二つのパターンがある。

 第一は、戦後のラテンアメリカなどで見られた、貧富の格差の大きさに不満を持つ大衆に訴える場合だ。この場合、政治を巡る動きは急進的な社会運動に発展しがちだ。

 第二は、現在の欧州にみられるように、各国経済がある程度豊かになり、福祉国家として社会保障制度もかなり整備されているが、それだけに、既得権益を持つホワイトカラー層などに対し、十分な恩恵を受けていないと考える労働者や失業者の不満が蓄積されてくる場合だ。

 例えば英国の場合、従来から「自分たちは割を食っている」と考えている都市の労働者や地方に住む人々は、自国に流入してきた移民が自国の社会保障制度に「ただ乗り」していると考え、域内の人の移動を可能にしているEUに対し、非難の矛先を向けた。

 言いかえると、貧富の差が大きい国ではなく、本来、皆がある程度の生活水準を維持するために発展した欧州の福祉国家では、既得権益を得ている層とそうでない層との間で対立が深まっていた。

 さらにこの点が、元々市民の声が反映されにくいEUによって決められた人の自由な移動により大量の移民が流入し、自分たちの生活が脅かされているという不満につながり、国民投票によってEU離脱が決定された。ここでは、ポピュリズムは民主主義に対立する動きではなく、政治が一部のエリートに独占されている中で、国民投票というという直接的な手段によって民主主義の本来の姿を取り戻すことを目的としている。

ポイント②:反イスラムのロジック

 次に本書は、欧州に従来からある極右勢力による反イスラムの動きについて、分析を加えている。即ち、欧州の極右勢力は、単純な移民排斥ではなく、「イスラム教徒が男女の平等や宗教の自由を認めていない」として、民主主義の立場からこれを批判するようになった。同時にこれらの勢力は、議会を通じて勢力を伸ばし、閣外協力や政権参加を行っているという民主的なプロセスを踏んでいる。

 例えばオランダでは、2000年代以降、極右政党が勢力を伸ばしてきたが、現在その中心にある自由党は、西洋文明が築いてきた自由の価値を守るという立場から、イスラム教を強く批判している。

 欧州各地でイスラム過激派がテロを行ったことも追い風となり、今年3月の総選挙の世論調査では、下院総議席数150の内、現在79議席を占める連立与党が大敗し、自由党が第1党となることが予想されている。そのため、選挙後には同党を中心とした新たな連立工作が進む可能性が高まっている。

ポイント③:高まる政策の「柔軟化」と「現実化」

 最後に、本書ではポピュリズムについて、イデオロギーの「薄さ」が指摘されている。即ち、第1点で述べたように、ポピュリズムが本質的に大衆のエリート層に対する不満を吸い上げるという性格を持っているとすれば、右派・左派といった特定の立場を取らず、その時々の大衆の不満を察知し政策を柔軟に変更することが重要になる。TwitterなどSNSによる直接的な手段で、政策のメッセージが伝えられるようになったことも、このような政策の柔軟性を後押しする。

 さらに第2点で述べたように、民主主義や自由平等という基本的な価値によってイスラム批判が正当化できれば、欧州の有権者にとっても受け入れられやすい現実的な政策となる。

 この点、今年4月から5月にかけて実施されるフランス大統領選挙を前にした、国民戦線(FN)の動向が参考になる。元々、国民戦線は、1972年の創立時の経緯や初代党首ジャン=マリー・ルペンの活動歴から、極右・ネオナチというイメージが強かった。

 しかし2011年に娘のマリーヌ・ルペンが党首に就任すると極右色を改め、反グローバル・反EUに加え、「政教を分離すべき」という考えからイスラムを批判した。現党首の個人的な親しみやすさも加わり、国民戦線への支持は強まっている。

 ここで第一に、フランスの大統領選では従来から、各候補が右派から左派、その間に位置する中道派という立場を取った上で、有権者の動向を見ながら、政策を軌道修正していくという点に注意が必要だ。その中でも特に政策を柔軟に変更し、現実路線を取ることが、ポピュリストの特徴といえる。例えば有力候補だった中道右派のフィヨン氏が個人的なスキャンダルにより失速すると、ルペン氏は移民受け入れ枠の制限を緩和し、フィヨン支持者の取り込みを図った。

 第二に、以上のようなポピュリズム政党の柔軟化と現実化路線は、それを行うタイミングや程度を誤るリスクがあり、「さじ加減」が難しい。この点、英国のBrexit及び米国のトランプ大統領就任後の動向が、フランスの選挙戦に影響を与えるだろう。英国が「強硬離脱」の路線に固執して企業・金融機関の移転など経済的なデメリットが明らかになった場合(いわゆるRegrexit)、あるいはトランプ大統領が公約通りの強硬な移民政策を変更しようとせず社会的な混乱が続いた場合、フランス大統領選でもポピュリズムに対する懸念が高まりかねない。この場合、国民戦線はEU加盟や移民問題に関し現実的な路線を取らざるを得なくなるかもしれない。一方、直前のオランダ総選挙後、ポピュリスト政党中心の連立工作が順調に進めば、ハードルが高いとされる決選投票で勝利する道も開かれてくるだろう。

最後に:ドイツの総選挙への展開

 最後に、今年秋に総選挙を控えたドイツでは、選挙制度上、新党の進出が難しいこと、ナチへの反省から極右政党への抵抗感があることなどから、ポピュリスト政党の進出は難しいとされてきた。

 しかし2013年、「ドイツのための選択肢」(AfD: Alternative fuer Deutschland)が、ユーロ危機時のギリシャ救済への国民的反発などを背景に反ユーロ・反EUを掲げて誕生した。同党はその後、国内の選挙で勢力を伸ばし、反イスラムなどの主張を取り込むようになった。

 その後、15年にメルケル首相がシリアなどから100万人とも言われる大量の難民を受け容れドイツ社会が混乱すると、この点が追い風となり「ドイツのための選択肢」は一段と勢力を伸ばした。

以上のように、ドイツではこれまで、ポピュリスト政党が現在の政権と政策の差別化を図ることにより成長を遂げてきた。今後、メルケルの率いる保守党が難民の受け入れ制限を強める方針を強めるかどうか、さらにその場合に選挙結果にどう影響するかという点が注目される。

(注)本稿の作成に当たっては、『ポピュリズムとは何か』と共に、同著者による『反転する福祉国家』(岩波書店、2012年『保守の比較政治学――欧州・日本の保守政党とポピュリズム』 (編著、岩波書店、2016年)を参考させて頂いた。

 尚、冒頭に挙げた「欧州の政治・経済情勢に関する出版」の一つに『EUは危機を超えられるか―統合と分裂の相克』(岡部直明編著、NTT出版、2016年)があり、筆者もEUの制度構築、及びEU・中国関係に関する二章を分担執筆している。ご参照頂ければ幸いである。

欧州は、連続テロ、難民の流入、英国のEU離脱問題など難問が山積し、統合のあり方そのものが問われる新たな段階に入っています。2016年4月よりタイトルを「林秀毅の欧州経済・金融リポート3.0」と改め、グローバルな金融市場動向を踏まえつつ、欧州の今後について的確な展望をご提供します(毎月1回 10日頃掲載予定)。