フランスはユーロを放棄できるか-スティグリッツの「ユーロへの提言」-
2017/03/09
フランスのユーロ放棄:大国ゆえの難しさ
4月から5月にかけて実施されるフランス大統領選に向け、国民戦線のルペン党首が優勢を保っている。ルペン氏が掲げる公約で最も注目されるのは、「EU離脱を問う国民投票を行う」という点だ。
それではフランスのEU離脱は、英国のBrexitとどこが違うか。言うまでもなくフランスはユーロ導入国であり、英国は非導入国である。フランスがEU離脱を決定すれば、これは同時にユーロを使用せず独自の自国通貨フランに戻ることを意味する。ユーロはEU加盟国の内、一定の条件を満たした国だけが経済通貨同盟(EMU)に参加し、ユーロを導入できるという関係になっているためだ。
ユーロ放棄の難しさは、容易に想像がつく。先ず、フランスが単独通貨フランに復帰することに対し金融市場がどう反応するか、という点が問題になる。
この点に関し、昨年秋以降、国民戦線(FN)のルペン党首が大統領選で優勢となるにつれフランス国債の利回りが上昇(価格は下落)し、ドイツ国債との利回り格差が拡大している。
この状況は、ユーロ危機の初期、ギリシャがユーロ導入国であり為替市場では反応しようがなく、ギリシャ国債の急落により危機が始まったことを思い起こさせる。
ユーロの今後に関わる疑問について参考になると思われるのが、米国の経済学者スティグリッツ氏の提言だ。スティグリッツ氏は、昨年、’The Euro : How a Common Currency Threatens the Future of Europe’ (邦訳「ユーロから始まる世界経済の大崩壊」、徳間書店、2016年)を著すと共に、その内容を10の論点に要約した小冊子“The Summary of the Euro”を刊行している。
以下、これらの論点に沿いながら、フランスがユーロ放棄する方向に進んだ場合、どのような影響がフランスとEUに生じるのか、という点について検討したい。
ポイント①:ユーロの制度的・政策的な欠陥
スティグリッツ氏が挙げた論点の大部分は、単一通貨ユーロが制度的・政策的に欠陥を持っていることに充てられている。そこでは、ユーロ圏各国経済の多様性がユーロの成功を不可能にしていること、成長と失業のバランスを取るシナリオが作られていないこと、そのため2008年以降の世界的な経済危機に各国が対処する際、ユーロが足を引っ張ったことなど、ルペン氏が反EU・反ユーロを掲げ、そのまま主張できるような内容が列挙されている。
特に注目すべきは、財政規律プログラムによる財政支出の削減が、危機に陥ったユーロ圏各国をかえって危険にさらした、という主張だ。現在、大統領選でトップを走るルペン氏に対し対抗馬となっているのは中道派のマクロン氏だが、同氏は支出削減と投資のバランスを取るとしつつ、全体としては財政規律を重視するという立場を維持している。そのため、決戦投票が両者の対決になった場合、特にこの点が議論の焦点になる可能性があるだろう。
ポイント②:ユーロ放棄の影響度
次にスティグリッツ氏は、ギリシャは、不当に(unfairly)ユーロ危機の最初の対象に選ばれたとしている。即ち、もしギリシャが自国通貨を持っており、これを切り下げると共に、同国の強味である観光業をアピールできていたなら、ギリシャ経済は回復に向かっていたが、実際には、ギリシャは財政緊縮策を余儀なくされ危機に追い込まれたと主張している。
しかし、冒頭述べたフランス国債の利回り上昇の延長線上で考えれば、仮にフランスが単独の通貨に戻った場合には、ドイツの経済力に支えられたユーロに対し下落傾向を強める展開になるだろう。
フランスはギリシャと違い政治的にも経済的にもEUの中軸国であるという見方があるかもしれない。しかしユーロ圏の中で「大きすぎてつぶせない」国は、今やドイツのみであり、フランが売り投機の対象にならないとは断言できない。
デンマークのように小国であれば、独自の通貨を持ちながら実質的にユーロとペッグさせることについて、市場の信認を維持することは、現状ではそれほど困難ではない。一方、フランスのようにユーロ圏ではドイツに次ぐ経済規模を持つ場合、自律的な経済運営を求められるため、市場との関係がかえって難しくなる可能性がある。
次に、日常の経済活動では、フランスの一般市民が享受している単一通貨のメリットが消えることになる。ユーロ放棄により、国境を越えて通貨を使用することができなくなり、価格の透明性が低下し、「一物一価の原則」にも影響を与えかねない。
この点、紙幣や硬貨をユーロからフランに交換する際の手間やコストについて、スティグリッツ氏は「現在、電子通貨の普及などにより、決済システムが大きく変化しておりコストは大きくない」という興味深い指摘をしている。しかし実際の生活の場でそのような技術的な進歩がみられるにしても、このような技術が市民の日常生活に浸透しなければ、混乱につながる面は否定できないだろう。
ポイント③:ユーロ改革の実現性と方向性
最後に、スティグリッツ氏は、ユーロの今後は、今後「より大きな欧州(More Europe)」に向けた改革が実行されるか、「より小さな欧州(Less Europe)」に留まるのか、という選択の問題にかかっていると述べている。前者のシナリオによって各国経済の統合が進む可能性がある一方、ある国がユーロを放棄すれば、後者のシナリオの引き金となり、ひいては通貨ユーロは徐々に解体に向かうとしている。
さらに、冒頭に挙げた同氏の著書では、前者のシナリオに沿って「機能するユーロ圏」を創出するためにルールと規制を強化すべきであると述べ、既に各国間で合意されている金融規制にかかる「銀行同盟」に加え、ユーロ危機時に欧州委員会により提案されたユーロ共同債に近い内容である「債務の相互化」、財政政策を中心に各国が共同歩調を取り連帯基金を設けることなどマクロ政策面の「安定化のための枠組み」といった、構造改革と危機対応に関する詳細な提案を行っている。
ここで問題となるのは、以上のような制度改革を誰がリーダーシップを取り実行に移すか、さらに実際に作った制度に対する信頼を維持できるかどうか、という点だろう。銀行同盟に取り組むECBのような例を除くと、財政資金の移転など各国間の利害が対立する問題に真剣に取り組む動機付けを持ち、これを実行に移す国や指導者が見当たらないという状況は、今後も当面変わらないのではないか。
EUの改革全般については、今後、多岐にわたる提案の中で、その都度、取り組める国が合意していくという現実的な形を取らざるを得ない。その結果としてEU加盟国は「欧州統合は全体としてみれば自国の利益に合う」として前向きな国と、そうでない国のグループに分かれていくだろう(注)。
ユーロ放棄の影響度を考慮すると、フランスがユーロを放棄することは実際にはかなり困難と思われる。さらに、以上の考え方に沿えば、仮に放棄をするような事態になり市場が一旦混乱に陥る場合でも、一挙にユーロが解体につながるという事態にはならず、むしろドイツを中心とした少数の国により安定を志向する通貨になっていくのではないか。
(注)以上の議論は、『EUは危機を超えられるか―統合と分裂の相克』(岡部直明編著、NTT出版、2016年)第5章「ユーロ危機は終わったか-新たな制度構築の可能性」で、筆者の見解として述べている。
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