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林秀毅の欧州経済・金融リポート

フランス大統領選-マクロン氏への期待と課題-

 

2017/05/09

何故、大差が開いたか

 日本時間の5月8日早朝、フランスの大統領選の投票が締め切られると、早々とマクロン氏の勝利が確定した。得票数でみてもほぼ2:1であり、第1次投票直後の予想を平均すると6:4程度だったことからすると、投票率が低めだったにもかかわらず、マクロン氏への支持が高まったといえる。

 その背景には、何があるだろうか。先ず直前の選挙戦術を見ると、追う側のルペン氏側に焦りが目立った。最後のテレビ討論で、ルペン氏が個人攻撃に終始したのに対し、マクロン氏が冷静さを失わず論理的に話し続けたことは、フランスの有権者が政治家に対しプライバシーを問わず、政策の実行力を期待する伝統を持っていることからしても、マクロン氏に有利に働いた。

 さらに、決選投票の数日前には、マクロン氏陣営の情報が洩れ、フェイクニュースが飛び交うという事態になった。この時、Twitter上では、欧州・米国を中心に、ロシア・プーチン大統領の関与を指摘する投稿が多数あった。ルペン氏が親ロ的であることは広く知られており、昨年の米大統領選時と同様、ロシアによる情報操作があったのではないかという疑念は、ルペン氏側には有利に働かなかったはずだ。

EU離脱・ユーロ放棄への懸念

 次に、元々フランス国民にとっては、ルペン氏の「EU離脱、ユーロ放棄により自国通貨を取り戻し、保護貿易を進めればフランス経済は回復する」という主張は受け入れにくかった。

 この点、フランス国民は、自らの保有する資産が、自国通貨の下落により目減りすることを恐れているといった説明がなされてきた。現地在住のジャーナリスト・広岡裕児氏によれば、さらに突き詰めると、フランスでは地方でも代々受け継いだ不動産を保有維持していきたいという「不動産資本主義」的な考えが根強いことが、英国や米国との違いである(注)。

(注)今年4月、筆者が同氏と直接面談した内容。広岡裕児著「EU騒乱」(2016年、新潮社)も参照した。

 また、今年3月の本レポート「フランスはユーロを放棄できるか」でも述べたように、本当にユーロを放棄し自国通貨を導入するのであれば、紙幣や貨幣の交換・移行に伴い、綿密な実務的対応が必要となるはずである。これは自国通貨からユーロ導入時に経過期間を設けて行ったのと逆の作業をフランス1国で行うことになる。しかし、筆者が3月後半に現地でヒアリングを行った限りでは、ルペン陣営がこのような検討を行っている形跡はなかった。

 逆に、実務面の大変さを理解していないからこそ、最後のテレビ討論で「フランスはフランを復活させるが、大企業は引き続きユーロを使用する」といった「政策変更」に言及し、マクロン氏からその困難さ(例えば、企業がユーロ建てで売り上げ、給料や経費をフランで支払えば、その企業はユーロとフランの為替リスクを負うことになる)を指摘されることにもなった。

 第1回投票前に、マクロン氏は「政策に具体性がない」として支持率を下げ、左翼のメランション氏の急追を許した。一方、決選投票では、ルペン氏がマクロン氏の弱点を攻め切れなかったのは、ルペン氏自身が自らの政策内容に具体性を欠いていたからではないか。

マクロン新大統領への期待と課題

 それでは、マクロン氏は今後、経済、移民、対EUなどの分野にどのように取り組んで行くだろうか。

 第一に、経済政策については、オランド前政権と比較すれば、改善が期待できるはずだ。フランスでは、国民からの雇用拡大の要求圧力が強く、景気対策のため財政支出を拡大すれば財政規律が失われやすいというジレンマが存在し、両者の間で微妙なバランスを取ることが求められる。

 この点、マクロン氏は投資銀行出身で金融市場に精通しているため、政策変更を行った場合に市場がどう反応するか(上の例でいえば、財政支出を拡大した時にどの程度国債の利回りが上昇してしまうか)についての感覚を持ち、政策を進めることが期待される。

 「草の根政党」出身であるため6月11日・18日の国民議会選で自らの勢力を結集できるかという点は確かにマクロン氏の課題だが、フランス経済学界の大御所が経済政策ブレーンを務めるなど、自身が国立行政学院(ENA)出身者であり国内のエリート層とのつながりが強いことは、政策を実行する上でも力になるだろう。

 この点、保護貿易の壁を作った上で、所得減税など「ばらまき政策」を行うとするルペン氏の政策と比較すれば、その優位性は明らかだ。

 さらに、ルペン氏は、オランド前大統領の下で経済閣僚を務めたマクロン氏の経済政策は前大統領と変わらないとして批判した。

 この点、オランド氏の政策姿勢について、フランス政治史を専門とする渡邊啓貴東京外語大学教授は、調整型のオランドの政治スタイルには「事なかれ主義」のイメージがつきまとい諸政策は歯切れが悪かった、と述べている(渡邊啓貴著「現代フランス」第4章、2015年、岩波書店)。

 それとの比較という意味でも、マクロン氏が、雇用と財政のジレンマ的な状況が続く中、弁舌鋭いスピーチ同様、政策の実行面でも歯切れの良さを見せることができるかどうかが問われている。

 第二に、対移民政策では、マクロン氏は、移民受け入れを継続しながらフランス社会への同化を進めるという比較的寛容な姿勢を取っている。決選投票では、投票の積み増しを狙ったルペン氏が移民排斥の主張をトーンダウンさせたため、同氏の姿勢が不明確になり、結果的にマクロン氏に有利に働いた可能性がある。しかしこの点については、決選投票で大差がついたといっても、ルペン氏に投票された一千万票を超える支持の意味を考えざるを得ない。

 第一点と関連して、経済政策が成功すれば、移民政策への批判は和らぎ、言語・教育などを通じ、フランス人としてのアイデンティティ(ドミニク・レニエパリ政治学院教授、週刊東洋経済4月15日号)を育てていく社会・文化面の対応が中心になっていくことになるだろう。しかしそうならない場合、新たなテロなどをきっかけに、移民差別を否定すると同時に、台頭する極右政党を意識し、徹底した取り締まりの強化を行う、というサルコジ元大統領による移民政策に近い形になっていく可能性も否定できない。

 第三に、対EUを含む対外政策だ。今回の選挙結果は、EUとマクロン氏自身の両方にとって望ましいものといえる。EUにとっては、単にルペン氏が大統領になることを回避できただけでなく、英国との離脱交渉に関し交渉力が高まり、英国に対し一層強い姿勢で臨むことができる。

 マクロン氏にとっては、欧州・ユーロ圏の経済が緩やかながらも改善しつつある中で、EU・ユーロ圏の中軸を担うことになる。これはサルコジ元大統領が、ドイツのメルケル首相と「メルコジ関係」とまで言われた緊密な関係を築き、ユーロ危機の対応に奔走したものの、危機の影響による国内経済の悪化から2012年の大統領選でオランド氏に敗れたことと比較すると対照的だ。但し、経済・金融界出身のマクロン氏が、EUの改革や組織の立て直しについて、かつてサルコジ氏が果たしたような重要な役割を当初から果たすと考えるには無理がある。

 一方、より困難な問題は、EU域外との対外関係である。具体的には、ルペン氏を支持してきた米トランプ大統領とロシアのプーチン大統領に加え、国民投票によって自らの権限を大幅に強化したトルコのエルドアン大統領だ。サルコジ元大統領の「トルコ嫌い」は有名だったが、今回、極右のルペン氏が当選していれば、イスラム色を強めるエルドアン大統領との対立が新たな火種となるところだった。トルコとの関係は、現状いったん収まっているかに見える欧州への難民流入に密接に影響するだけに要注意だ。

 以上のように考えると、マクロン新大統領は、国内の経済政策については手堅く手腕を発揮する一方、対外的には、EU内外の両方で、当面「ドイツ・メルケル頼み」にならざるを得ないのではないか。

2017年は、欧州各国で選挙が相次ぐ「政治の年」です。一方、年後半にかけてECBの金融政策の変更への期待が一段と高まると考えられます。 本レポートでは、欧州政治・経済の展望をバランス良く展望していきます。(毎月1回 10日頃掲載予定)。