欧州・今年後半に向けた展開-独仏協調・英総選挙とBrexit・金融市場と欧州中銀-
2017/06/12
フランスで親EU派のマクロン新大統領が誕生して、約1か月が経過した。世界がその結果に安堵し、さらにその後実施されている国民議会選挙についてもマクロン新党の優勢が伝えられ、独仏の協調関係が復活する、という期待が高まっている。
一方、6月8日の英総選挙で与党保守党が過半数を失ったことを受け、19日にも開始するとされる英国のEU離脱交渉の推移については、一段と不透明感が強まっている。
さらに欧州経済への楽観的な見通しを背景に、金融市場では欧州中央銀行(ECB)は量的緩和策縮小への期待が高まった。これに対し、ECBは依然、慎重な姿勢を崩していないが、6月8日の政策決定では、今後の政策変更への道筋の第一歩を示す文言変更を行った。
この1か月間に起きたこれらの出来事は、今後、欧州がどのような方向に進むのかという点を考える上で、大きな分岐点になる可能性がある。
以下、3つのポイントに分け、欧州現地メディアの報道を題材にしつつ、今年後半に向けた展開を検討したい。
ポイント①:独仏協調とEUの再構築
5月14日にフランス大統領に就任したマクロン氏は、親EU路線を掲げドイツとの協調を図る一方、「ユーロ圏の共通財政」や「ユーロ圏財務相」といった構想を掲げた。マクロン氏がこれらの構想を実現できるかどうかは、ドイツがどう考えるかということにかかってくる。
この点について、5月15日付の仏フィガロ紙に、独ショイブレ財務相のインタビュー記事が掲載された。同紙はフランスを代表する新聞であり、この記事は「ドイツ政府がフランス国民に向けたメッセージ」と考えることができる。
それによれば、ショイブレ氏は、マクロン氏が大統領となったことを歓迎するとしながらも、以下のように述べている。
(1)マクロン氏が主張するユーロ圏の共通財政制度は、条約の改正のため、英国を除くEU加盟国全27カ国の承認が必要となる。これについてはフランスを含む多くの国が国民投票を実施する必要が生じるため、現実的とはいえない。
(2)ユーロを中心とした通貨統合の強化は必要であり、ユーロ圏内の各国間の経常収支のばらつきは是正されるべきだ。しかし「そのためにドイツが財政出動し欧州経済全体に貢献すべき」という主張には応じられない。
(3)EUの制度改革については、(財政支出などに頼るのではなく、危機対応の安全網が重要であり)現在の欧州安定メカニズム(ESM)を欧州通貨基金(EMF)に発展させるべきだ。この場合にも条約を修正する必要はない。
(4)雇用についてはドイツでは人手が足りない一方、フランスでは若者の失業率が高いというアンバランスが生じている。欧州域内で、雇用の流動性を高めるべきである。
(5)この点、ドイツはフランスなどの主要国と協力し個別の新たな投資プロジェクトなどを具体化したいと考えている。これはドイツが従来から主張する(分野ごとに取り組み可能な国が政策の統合に合意するという)「マルチスピードの欧州」という立場にもつながる。
以上のように、ドイツとしては、自国産業にとって恩恵のある単一市場の維持には賛成だが、EUないしユーロ全体を支えるために負担を負う気はない。ショイブレ氏の主張には、マクロン氏が新大統領に就任したフランスなどと個別に協力していきたい、という意図がうかがえる。
特にここで主張のポイントとなっている財政と雇用のあり方について、5月17日付フィナンシャルタイムズ紙に掲載されたマーチン・ウルフ氏の寄稿と照らし合わせると興味深い。
同氏は、財政についてはマクロン氏の主張する「財政連邦主義」によって問題は解決せず、欧州各国の労働力について、格差が拡大していることが問題であるとしている。
さらにこの点について、ドイツでは生産性の伸びに対し賃金の伸びが抑えられていることを、フランスと対比してグラフ(翌18日付の日本経済新聞の邦訳では省略されているが)で示し、ドイツが2000年代前半に実施した労働市場改革を評価している。
今後、マクロン氏の登場により、総論としての「独仏協調」は再び軌道に乗り、後述するBrexitの離脱交渉などで対外交渉力を高めていくことになるだろう。
ほぼ同時期、独フランクフルター・アルゲマイネ紙では、マクロン氏がベルリンを訪問しメルケル首相と会談した様子について、大きく1ページを割いて報じた。
そこでは、マクロン氏はメルケル首相にとって4人目のフランス大統領だが、初めて当初から友好的な関係を持ったことや、ドイツ市民の歓迎ぶりが紹介されている。
このような独仏の良好な関係は、その後行われたG7会議で、米トランプ大統領が欧州各国との同盟関係やパリ協定に難色を示した後、メルケル首相が「米国に頼らずに欧州は結束する」という趣旨の発言をしたため、一層際立った面がある。(尚、メルケル首相がこの発言を行った場所は連立政党との集会を行ったテントであり、そこでビールを飲んでいる写真がフィナンシャル・タイムズ紙の一面で取り上げられたことも、「ビール・テントの演説」として話題になった。)
しかしEU内では具体的な制度改革や政策論に入った時には、EUないしユーロ圏の経済全体を底上げすべきか、あくまで個別国の構造改革、特に労働市場改革に向けた努力によるべきか、という点で対立が表面化するリスクがある。
新大統領就任時以来、組閣や外交デビューなど内外の業務を円滑にこなし「マクロンに挑戦するチャンスを与えたい」とする有権者の声が強まった上に、選挙では中道右派・同左派双方から有力候補を集めたことが大きい。
今回、6月11日に行われた国民議会選(第1回)で、マクロン大統領が自ら立ち上げた新党・共和国前進(REM: La République en marche !)は過半数を超える勢いを示した。
しかし一方で、右派・左派を含む「挙党一致政権」であることが、痛みを伴う労働市場改革に踏み込む際の障害になりかねない点には注意すべきだろう。
ポイント②:英国総選挙と離脱交渉の行方-アイルランド問題が優先課題に
次に、6月8日に実施された英国の総選挙では、与党・保守党が議席を330から318に減らし、過半数を失った。メイ首相は自らに加え主要閣僚の留任を発表し、10議席を獲得した北アイルランドの民主統一党(DUP)との閣外協力による政権維持を目指している。
この形で今後の政局が進んだ場合、今後のEU離脱交渉にどのような影響があるだろうか。第一に、交渉が予定通り19日に開始された場合、メイ政権が少数与党政権となったことから、英国側の対EUの交渉力が低下することは避けられない。一方、上に述べたように独仏協調によりEU側の交渉力は高まっているため、メイ首相の強硬離脱路線はより柔軟な方向に見直されざるを得ない。
第二に、見直しの具体的な優先課題として、DUPとの協力が進むため、アイルランドとの国境の取り扱いが優先課題として浮上することになるだろう。2月に英国政府が発表した「離脱白書」では、英国とアイルランドの関係について3ページにわたる附則が加えられている。
そこでは、英国の一部である北アイルランドとEU加盟国であるアイルランドの国境で、ヒトとモノの交流が活発に行われており、特に農産物の貿易は互いにとって非常に重要であることが強調されている。英国のEUからの離脱によって、この点が妨げられるべきでないという主張が一層強調されることになると思われる。
第三に、英国内では、再国民投票を行う可能性は低いと考えるものの、離脱交渉において、後述する英国が支払うべきEU予算の負担金を巡る議論を巡り、今年夏から秋に向け、議会を中心に国内の世論が反発を強め、混乱する可能性が高まっている。
以下、ここに至る経緯を振り返ってみたい。4月18日にメイ首相が総選挙を実施するという緊急声明を出した際には、与党保守党への支持が高まった。
しかし、この点から自信を深めた与党が、マニフェストで高齢者の社会負担増などに言及したことをきっかけに、対EUの離脱交渉に向け国内の結束を固めるという目論見は崩れてしまった。
元々、選挙の争点は保守党の主張する強硬離脱か、労働党が主張するソフトな離脱かということにあったはずだ。しかし言い換えれば、与野党ともBrexit自体を進めることを前提にしていたこともあり、争点が他に移ってしまった面があった。
さらに、5月22日のマンチェスター、6月3日のロンドンという2回のテロにより、EUを離脱すれば全てが良くなるという期待感が覚め、徐々に社会の安定を求める気持ちが生じたのではないか。
特に、選挙日直前の英現地紙を見ると、争点の中心が、メイ氏が内務相時代に警察官の数を大幅に減らす予算措置を採ったことが、今回のテロにつながったのではないか、という点に大きくシフトしてしまっていたようだ。
6月7日付のフィナンシャル・タイムズ紙社説は、総選挙の争点が、高齢者の社会保険負担増やテロ対策に傾き、Brexitが当面の英国経済に与える影響にどう対処するのかという点が欠けているのではないかと苦言を呈したが、「時すでに遅し」の感があった。
次に、Brexitの交渉を考える上で、現在に至る経緯を遡ると、4月以降、英国政府とEU首脳との間にすっかり信頼関係が失われてしまったことが、今後の交渉を考える上で重要だ。
5月上旬の英ガーディアン紙1面には、「メイ首相がブリュッセルに戦争を宣言(May declares war on Brussels)」という見出しと共に、怒りに満ちたメイ首相の大きな写真が掲げられた。
その直前に、独フランクフルター・アルゲマイネ紙の日曜版に、4月に行われたユンケルEU委員長とメイ首相などとのディナーが凍り付いたような悪い雰囲気だったという報道がなされていた。
先に述べたガーディアン紙の記事では、メイ首相側は、この報道が意図的にEU側から流され、英国の総選挙を妨害するものであると考え異例のスピーチを行ったこと、EU側の誰が情報を漏らしたのかについても細かな推測が述べられている。
以上のように、メイ首相が当初、強硬離脱路線を前面に出し、EUから単一市場へアクセスなど引き出そうとしたものの、EU側に妥協の余地はなかった。
それぞれ、英国内及びEU内の結束を固めるという意図があり、議論が平行線を辿っている内に、首脳同士の感情的な対立に発展してしまった。
欧州では、議論が膠着状態に陥った時に、最終局面で首脳間の個人的な信頼関係によって妥協が成立する。この意味では、Brexitに関しては、現状は最悪の状態と言わざるを得ず、6月19日ないし20日に始まるとされる離脱交渉の先は見えない。
また、英国が支払うべきEU予算の負担金は離脱交渉で議論され、貿易交渉に進むためには確定しなければならない。EUが従来から主張している約1000億ユーロに、フィナンシャルタイムズ紙などで、さまざまな名目で金額を上乗せするという記事が掲載されている。この点からもEUの強硬な姿勢がうかがえる。
筆者は、今年後半にかけて離脱交渉の膠着状態が続いた場合、英国側に企業・金融機関の移転・流出などのデメリットが生じやすいため、今年後半、イギリスが次第に譲歩せざるを得なくなってくるだろうと考えている。
ポイント③:ユーロ圏の「アセットバック債」とECBの量的緩和解除への道筋
最後に、ユーロ圏の経済・金融動向に関して、6月に入りフィナンシャルタイムズ紙には、観測記事とも取れる二つのトピックスが取り上げられた。
一つは、5月末に出されたEU委員会の報告書を紹介した記事で、ユーロ圏各国の債務を基に、新たな資産を構成し、ユーロ圏の「アセットバック債」として発行しようという計画だ。
これは冒頭述べたマクロン氏による「ユーロ圏共通財政」の考えに対応するものであり、過去、ユーロ危機時に対策の一つとしてEU委員会から提案された「ユーロ共同債」の流れを受け継ぐものだ。
EU委員会によれば自己資本規制上もゼロリスク・ウェイトとなるため、投資家にも取り組みやすいとのことだが、「ユーロ共同債」の時と同様、ドイツから早速、反発の声が上がったことも紹介されている。
尚、今回の取組みの意義として紹介されているのは、ECBが今後、国債の買い入れを中心とした量的緩和の縮小に向かった時に、これに代わる資金調達手段になり得るという点だ。
それでは、ECBの今後の政策変更自体についてはどう考えればよいか。この点に関し、6月5日のフィナンシャルタイムズ紙は、2017年第一四半期のユーロ圏成長率が米国の2倍以上に達し、失業率も順調に低下しており、ユーロ圏経済は「一層堅調(increasingly solid)」であるとするECBのチーフエコノミストのコメントを紹介し、量的緩和の縮小が視野に入ってきていると述べている。
一方、ドラギ総裁は政策理事会を控え、政策変更への期待を鎮静化させる発言をしており、ユーロ圏の5月の物価上昇率が前年同月比1.4%(4月は同月1.9%)から大幅に低下したことなどが取り沙汰されていた。
6月8日のECB政策理事会では、金融政策の現状を維持した上で、今後について、追加緩和を示唆する文言を削除した。ほぼ市場の想定範囲内であり、今後は「夏休み明けから秋にかけ量的緩和縮小をアナウンスし、来年初以降、段階的に縮小の実施、さらにその後の利上げ」という方向に進むことになるだろう。そのため、為替市場でユーロは、当面の間、対ドルで1ユーロ=1.1ドル前後で下押しされやすい推移になるだろう。
以上、EU・ユーロ圏改革、Brexit、ECBの量的緩和縮小という3つのポイントについて検討した。これらに共通の特徴とは何だろうか。どの点についても、現時点から比較すると、実際にはより緩やかにより時間をかけて事態が進んでいく、ということではないだろうか。
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