欧州・見えてきた今後の方向性-BREXITと独仏連携、欧州中銀と市場、日欧EPA-
2017/07/10
前回、6月上旬にリリースした本レポートでは、それまでの1カ月間に起きた出来事が、今後の欧州がどのような方向に進むのかという点を考える上で大きな分岐点になるだろうと述べた。
その後の1カ月で何が変化したのか。次第に見えてきた欧州の今後の方向性について、検討することにしたい。
英国のEU離脱交渉は暗礁に
先ず英国内の状況を見ると、保守党が6月8日の総選挙で敗れ過半数を失ったが、メイ首相は続投を表明した。この段階で、最も決定的だったのは、14日に起きた高層公営住宅「グレンフェルタワー」の火災へのメイ首相の対応だった。
たとえば英ガーディアン紙は、犠牲者の写真と名前を大きく掲載したが、その多くは低所得層の移民だった。さらに事故現場の詳細な状況が伝えられ、メイ首相が遺族と直接面会しなかったことが、国民の信頼を完全に失うことにつながった。
一方、EUとの交渉は予定通り6月19日に始まったが、問題は英国側の体制が整っておらず、トップを務めるデービスEU離脱担当相が実務にも疎いということだけではなかった。
総選挙の結果を受けて英国の政権が不安定化した状態では、EU側から見れば、交渉を進めて何らかの合意に達しても、その合意が英国側で間違いなく履行されるという期待を持てなくなってしまった。
今回、英国側は、国外から来た英国在住のEU市民について、離脱後の権利を一定程度確保する姿勢を示し交渉を進めようとしたが、EU側に一蹴された。
英エコノミスト誌は、EU側のバルニエ首席交渉官が登山家であることに引っ掛け、同氏が登山中に倒れて弱っているメイ氏を縄で引っ張り上げている漫画を掲載した。一方、同誌は、英国側に交渉の当時者能力が無ければ、EUとしても交渉を進められず不利益につながるとしている。
6月26日、メイ首相の保守党は、北アイルランドの保守系政党・民主統一党(DUP)と閣外協力することで合意し、議会の過半数を何とか維持した。メイ首相は北アイルランドの和平を巡るバランスを崩しかねないDUPとの協力に踏み込んでまで、続投する道を選んだ。
DUPとの協力により、北アイルランドとアイルランド共和国の間の自由な通行は、英国にとり重要性が増したといえる。一方、経済面から見れば、英国と(アイルランド共和国を含む)EU双方にとってメリットがあるため、元々議論されるべきだった、といえるだろう。
一方、問題は離脱に伴う清算金についての合意だ。メイ首相が当初想定していた強硬離脱(ハード・ブレクジット)を前提とした上で、別途交渉により単一市場へのアクセスを極力確保するという「いいところ取り」は、既にEUから拒絶されている。
そのため、EUから離脱すると同時に巨額の清算金を支払うのみであれば、英国内で「EUから離脱するメリットは何だったのか?」という疑問ないし批判が高まりかねない(今回の総選挙結果から、既に民意はメイ首相が主張する強硬離脱にはない、とする見方もあり得る)。
さらに清算金の確定は、金額の大小が双方の利害に直結するという意味で、いわば「ゼロサムゲーム」だ。算定基準と最終的な金額を確定することは容易ではない。前述のように英国側の体制が整っていない状況が続くとすれば、なおさらのことだ。
以上のように考えると、離脱交渉の三つの柱とされている「市民の権利」「アイルランドとの国境」「清算金」の内、清算金の問題が最も懸念される。この場合、遅くとも今年の夏から秋口にかけて離脱交渉が立ち往生し、メイ首相が辞任せざるを得なくなる可能性が高まるのではないか。
この場合、ジョンソン外相が暫定的に引き継ぐが、交渉が難航する状況は変わらず、再選挙により民意を再確認した上で、ハモンド現財務相などの主導により現実的なソフトブレグジット路線に修正する、という展開が見えてくるだろう。
独仏連携の再始動
6月16日、ドイツのヘルムート・コール首相が87才で死去した。独フランクフルター・アルゲマイネ紙は、「統一とユーロを成し遂げた首相(Kanzler der Einheit und des Euros)」という大きな見出しと共に、在任中の写真などを掲載し、数ページに亘り大きく報じた。
コール氏は盟友となったミッテラン仏大統領と協力し、旧ソ連・共産圏の状況もにらみながら、この偉業を達成した。旧東独地区の復興については政策を批判された面もあったが、東独出身のメルケル現首相を見出したのもコール氏だった。
筆者は偶々、今後の独仏協力について考えるため『アデナウアー』(板橋拓巳著、中公新書、2014年)を読んでいた。アデナウアーは戦後、長く首相を勤め西ドイツの政治体制と経済復興に尽くした、日本でいえば吉田茂に相当する政治家である。
そのアデナウアーは戦後、ソ連からの提案による東ドイツとの統一を断り、あくまで西側諸国の経済的結合を進めた上で、ドイツの統一を目指していた。その考え方と、後にコールが実現したドイツ統一のあり方が見事に符合していることに、今更ながら驚かざるをえない。
話を現在に戻すと、この1カ月間、独仏関係は順調に進展した。6月23日、EU首脳会議の際にも、メルケル首相とマクロン大統領は共同で記者会見を行い、今後10年間について、EUの機能を強化する独仏間の行程表(feuille de route franco-almande)を作成することが仏フィガロ紙で報道された。
6月末には、G20でトランプ大統領の保護主義と地球温暖化への孤立姿勢に対抗するための準備会合が行われ、ここでも独仏の協調姿勢が鮮明になった。
マクロン大統領については、5月の本レポートで外交の手腕は未知数と述べたが、この点についてはうれしい誤算というべきだろう。今後は関係閣僚による取組が始まった労働面の国内政策の行方にも注目が高まるだろう。
日欧経済連携協定(EPA)の大枠合意
7月6日、日欧EPAの大枠合意が実現した。当初、昨年末の合意を目標としていたが先送りとなった。各品目の多岐に亘り絡み合う利害を調整するには、双方で多大な労力が必要だ。
今回合意に至った経緯としては、日欧共に、米国との関係をふまえた上で、「自由貿易を維持する」という価値を共有することにより、共に本交渉の位置付けないし優先度が浮上したということが挙げられる。
日本の産業界は、自動車・電子電気の輸出企業主体という似た産業構造を持つ韓国が、EUとの自由貿易協定(FTA)で先行していることから、早期の関税撤廃ないし引き下げを求めてきた経緯がある。
一方、欧州側としても、EUそのものの存在意義を問われた時期からようやく立ち直りつつある現段階で、実効性のある取り決めを進めるメリットがある。
双方とも、今後、国内・域内の調整を控えるが、EPAを国内の構造改革と景気回復に結び付けるという前向きな方向に議論が向けることが望まれる。
欧州中央銀行(ECB)の政策変更方向性
最後に、6月下旬、ドラギ総裁による発言が、ユーロ圏の景気、特にインフレ傾向の高まりを指摘したと理解された。そのため、同じ頃公表された政策理事会の議事録内容などと併せ、量的緩和の出口を探っているのではないかとして、市場では通貨高・金利高方向の影響を与えた。
しかし、ドラギ総裁の発言は、常に市場の影響を意識して周到になされている。全体を読むと、量的緩和の解除について巡航速度で時間をかけて行う、という従来からの考え方に変わりはないことに気付く。(前月レポート・ポイント③参照)
裏読みすれば、ヘッドラインに市場がどう反応し、さらにその後、しばらく時間を置いて逆に反応し事態が収束するという推移まで想定されている可能性がある。要は、自らの発言に対し市場がどのように反応するかを十分に理解した上で、その時々の市場に影響を与えるため、周到な発言がなされているのではないか。
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