欧州の「4つの悪循環シナリオ」:現状と展望-英国のEU離脱・ポピュリズム・銀行システム・ECBと金融市場-
2017/08/10
本年初め、本レポートは「2017年の欧州・4つの悪循環シナリオ 」と題して、英国のEU離脱交渉、各国政治のポピュリズム化、イタリアを中心とした銀行システム不安、ECB(欧州中央銀行)の金融政策と市場の反応の4点について検討した。
これらは年初時点で想定した、いわばリスクシナリオだった。その後、半年以上が経過し、夏休みで欧州現地の動きも小休止状態となっている現時点で改めて、この「4つの悪循環シナリオ」について、現状(年初と比較して現状はどうか)と展望(年末にかけてどう変化するか)の二点を軸に、改めて検討することにしたい。
シナリオ①:“Maybot”はいつ政権を去るか(現状:悪化、展望:さらに悪化)
1月のレポートでは、ブレグジットに関し、「英国EU離脱交渉が暗礁に」と題し、「時間稼ぎ」と「見切り発車」という二つの選択肢を示した上で、どちらの場合でも、金融市場参加者の疑心暗鬼につながり、市場環境を悪化させることになるだろうと述べた。
その後、3月29日、メイ首相は、移民の流入制限を最優先する強硬離脱(ハード・ブレグジット)の方針を変えないまま、EUに対し離脱通告を行った。ここで英政府は「見切り発車」を選択したことになる。
さらに、約1カ月後にあたる4月19日、メイ首相は突然、総選挙を実施することを明らかにした。EUとの離脱交渉を前に、国内の政治基盤を強化しておく狙いだったが、不用意な政策マニフェスト、テロ対応や折からの高層ビル火災への対応により、保守党はかえって過半数を失うことになった。
ここでメイ首相が辞任せず、北アイルランドの地域政党DUP(民主統一党)との閣外協力により続投したことが、その後の離脱交渉に大きな影を落とすことになった。
総選挙後、最も大きな変化は、英国内でメイ政権に対する国民の信任がほぼ失われてしまったことだ。たとえば英ガーディアン紙は、総選挙の敗北後も強硬離脱路線を変えず何を聞かれても「ブレグジットはブレグジットだ」と繰り返すだけのメイ首相を、「まるでロボットのようだ」として“Maybot”と名付けた。
一方、6月19日に、EUとの離脱交渉が開始されたが、英国側からは国内のEU市民の権利保護について提案があったのみで、ほぼ「手ぶら状態」であるとされている。EUからすれば、アイルランドとの国境問題、離脱に伴う清算金という難題について、弱体化したメイ政権に将来に向けコミットする力がない以上、何らかの妥協案を提示するなどの形で、現在の主張を変更する必要はない。
英ガーディアン紙は、メイ首相が3週間の夏休みを取りスイスのアルプスに滞在しており、政権が麻痺状態にあると痛烈に批判している。その一方で、輸入農産物価格の上昇への懸念や、既に国境審査が強化され夏のバカンスに影響が出ていることなど、英国民の生活への影響に関する報道は一層具体的となり、数も増えている。英国民の不満は今後一段と高まっていくだろう。
EU機関や企業・金融機関が英国外に移転する動きについても、フィナンシャル・タイムズ紙や日本国内で報道されている通り、フランクフルト、アムステルダム、ダブリンなどへ移転を進める動きが具体化し、英国民の雇用に与える懸念につながっている。離脱交渉が進捗せず不透明な状況が続けば、企業戦略としては、リスクを回避するための対策を取らざるを得ない。同時に、英中銀などからも、以上のような先行きの不透明感が、英国経済と市場に既に悪影響を与えている可能性が指摘されている。
以上のように考えると、夏休み明け以降、英国内で論戦が再開され、離脱に伴う清算金などを巡って問題は紛糾し、メイ首相の続投が困難になる局面が比較的早い時期にやってくるだろう。この場合、英国内では、コービン党首の労働党中心の政権により「ソフトブレグジット化」が進められるという見方が多いが、同時に「英国のサンダース」と称されるコービン氏の政策に現実性がない、とする懸念も既に高まっている。
筆者は、ハモンド財務相を中心に保守党側で、離脱後の経過期間の設定など現実的な提案をする声が今後徐々に強まってくると考えている。但し、現時点の問題は、離脱の路線をどう修正するかという点よりも、「実務に疎い」とされる交渉責任者であるデービス氏を始めとする英国側の交渉体制を見直し強化することができるかどうか、にあるだろう。
シナリオ②:「仏独連携」後の新たなリスク(現状:好転、展望:横ばい)
欧州域内の政治情勢をみると、年初と比較すれば、ポピュリズムへの懸念は大幅に後退した。
先ず、1月の本レポートで「3月のオランダ総選挙は要注意」と述べた。既にこの頃明らかになりつつあったブレグジットやトランプ政権の迷走がプラスに働いていた面はあるが、現職のルッテ首相による保守政権が極右政党に対する勝利は、単に小国の選挙結果以上の意味を持つ、欧州政治の転換点になった。
次に、フランス大統領選では、「第一次投票で極右のルペン氏がトップに立つが、決選投票ではマクロン氏が勝利」という大方の予想通りになったが、違いは決選投票でマクロン氏が大差で勝利し、その後行われた国民議会選でも圧勝したことだ。
その理由としては、既存政党の候補による不祥事もあり、「新たな枠組みを作ったマクロン氏に賭けてみよう」という期待が高まっただけではない。TV討論では、通常、ポピュリスト政治家が、有権者の耳にやさしい主張を並べ優位に立ちやすいが、今回はマクロン氏の鋭い弁舌によって、ルペン氏が口ごもる局面もあった。
マクロン氏が若く政治経験に乏しいため政策の具体性に欠けるという批判もあったが、むしろルペン氏の「EU離脱・ユーロ放棄」の主張が説得力に欠けるとされ、決選投票前に政策を一部変更するという局面もあった。
大統領就任後も、未知数だった外交面で着実に実績を上げた。特にメルケル首相との「仏独連携」への期待は、機能不全に陥りつつあったEUの復活への期待を高めた。独仏首脳の相性の良さについて、独シュピーゲル誌は、欧州流に顔を近付けて挨拶を交わす二人の写真を大きく掲げ「あたかも恋人同士が語り合っているかのようだ(Zwei Liebende sprächen voneinander)」と書いている。
それでは、以上の今後の欧州政治への影響はどうだろうか。1月のレポートで筆者は次のように述べた。
「英国と大陸の悪循環シナリオは、互いに影響しながら事態を悪化させていく可能性が高い。ブレグジットの交渉が年前半はこう着状態に陥りやすいことを考慮すると、フランス大統領選が(中略)秋の独総選挙に与える悪影響は避けられないだろう。」
この点、マクロン氏が大勝しフランス国内で安定した政治基盤を築いたこと、その後、短期間でドイツとの良好な関係を構築したことにより、うれしい誤算となった。
現状、ブレグジットについては、英国を除く「EU27」として結束している。さらに、ドイツでは、4選を目指すメルケル首相の対抗馬となり得る社民党(SPD)のシュルツ氏に冴えがみられないこともあり、9月24日で与党が勝利する可能性が一段と高まっている。取り沙汰された極右政党「ドイツのための選択肢」(Alternative für Deutschland、AfD)にも、以前のような勢いは見られない。
注目点はむしろ、メルケル首相の率いる与党(CDU/CSU)が、現在のSPDとの大連立を解消し、自由民主党(FDP)等と連立政権を組むかどうかということに移りつつある。前回、2013年の総選挙では、ユーロ危機対応に関する政権への批判を受け、CDU/CSUは過半数の議席を維持できず、それまで連立を組んでいたFDPは全滅した(ドイツでは、少数政党の乱立を防ぐため、得票数が5%を下回ると議席を維持できない)。そこでやむを得ず、二大政党で大連立を組み、現在に至っている、という経緯がある。
話をフランスに戻すと、最近の現地フィガロ紙などの報道によれば、マクロン政権への支持率は、早くも低下傾向を示している。フランス国内では、フィリップ首相を中心に、雇用の柔軟性強化のための労働法改正や住宅補助の削減などの構造改革策に着手しているためだ(フランスでは、外交を大統領、内政を首相が担当するという建前がある)。
マクロン政権発足後、「仏独連携」の路線に沿って協力プロジェクトを立ち上げると伝えられているが、現時点で具体的に明らかになっているのは、防衛面の協力程度に留まっている。しかしフランス国民の最大の関心事は雇用だ。
筆者は、9月のドイツ選挙後、ユーロ改革に歩調を合わせる形で、仏独経済協力のプロジェクトが具体化してくるのではないかと考えている。しかし、今後、雇用の拡大につながる具体的なプロジェクトが仏独間で実現しなければ、マクロン大統領に批判の矛先が向かう可能性が高まることになるだろう。
次に、欧州全体を見渡すと、「仏独連携」が、欧州を不安定化する一面もあることに気付く。
第一は、難民問題の再燃だ。正確には難民の流入自体が収まってきた訳ではないが、再び欧州レベルの深刻な懸案として浮上してきた面がある。現在、欧州への難民は、地中海経由で北アフリカのリビアなどからの流入が主体になっており、難民受け入れについてイタリアの負担感は強い。
こうした中、7月25日、マクロン大統領は、リビア国内で対立する二大勢力の協議をパリで仲介し、その後、リビア国内に、安全な渡航を進めるために、「ホットスポット」と言われる難民受け入れの窓口をリビアに設置することを明らかにした。難民流入に対して、ドイツだけでなくフランスも秩序だった受け入れを進めていく、という姿勢の表れといれる。
しかしこの点に対し、イタリアはリビアの旧宗主国であり、今回、マクロンがイタリアの頭越しにリビアとの話し合いを進めたことに強く反発している。イタリア現地から、マクロンは(フランスの国威を優先した)ドゴールのようだ、あるいはサッカーワールドカップでイタリアのディフェンスに頭突きを見舞ったフランスのジダン選手のようだ、といった不協和音が伝えられている。イタリアからすれば、ユーロ危機に際しドイツから財政緊縮を迫られた際にも、隣国フランスはイタリアに友好的だった、という思いもあるようだ。
第二に、ポーランドを中心とした、中東欧諸国の動向だ。
7月下旬、ポーランドで最高裁判事の人事権を政府が掌握する法案が議会を通過し、「司法の独立」が脅かされている。影の実力者で国の指導者を操る「キングメーカー」と呼ばれるカチンスキ与党党首(皮肉なことに与党は「法と正義」という)による強権政治がもたらしたとされている。EUは加盟国が民主主義に従うことを求めているが、法の支配が脅かされれば、民主主義は保障されない。
背後には、ポーランドにおいて、EU加盟により恩恵を受ける都市部と、昔ながらの農村部の有権者に支えられた政治対立を指摘する意見がある。EUを代表する立場にあるトゥスクEU大統領がポーランドの元首相であることも問題を複雑にしている。
従来から、ハンガリーのオルバン首相も同様の強権的・独裁的な傾向があるとされており、旧社会主義国が2004年にEUに加盟し、多額の補助金を受ける恩恵を受けながらも、期待したほどの経済発展の成果に至っていない現状で共通して生まれた現象と考えることができそうだ。
さらに現在、先に述べたような「仏独連携」によるEUの立て直しが進められた場合、今後「マルチスピードの欧州」という考え方が導入され、政策統合についていける国の間で統合を進めるべきとなれば、より貧しい中東欧の国に与えられる補助金が削減される可能性が出てくる。今後、仏独連携主導によるEU立て直しが進められる場合には、このような周辺国との関係にも目配りをする必要が高まるだろう。
以上に加えて、スペインのカタロニア州では、10月1日にスペインからの独立を問う国民投票を実施する予定だ。国民投票の結果以前の問題として、スペイン政府が国民投票の実施を認めておらず、州と国の対立が激化している。7月下旬の仏フィガロ紙は、「カタロニアはマドリッド(中央政府)を敵視」という見出しを1面に掲げた上で、2・3面全体を使って伝えている。
北欧でも、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーの各国で、政治的な問題が表面化している。これらについては、今後適宜、本レポートで取り上げていくことにしたい。
シナリオ③:銀行処理とユーロ圏の金融監督(現状:横ばい、展望:好転)
今年1月の本レポートでは、イタリア政府による同国第3位の大手銀行モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナに対する公的資金供与による救済を、ユーロ圏への危機波及のリスク、即ち、破綻処理が行われれば、ユーロ危機再燃になりかねず、やむを得ない面がある、という観点から述べた。
しかし後述のようなユーロ圏のファンダメンタルズの改善を前提にすれば、現状、銀行の救済は、各国のレベルで問題を先送りするためではなく、ユーロ圏金融市場全体の健全性を維持するために行われるべきである。そのためにこそ、ユーロ圏の統一的な銀行監督と破たん処理を行う制度として「銀行同盟」が創設されている。
この点に関し、今年6月、イタリアとスペインで対照的な事例が起きた。以下、フィナンシャル・タイムズ紙に掲載されたコラム「銀行同盟はヨーロッパを変える(Banking will transform Europe)」に沿って述べる。
イタリアのべネト地方にある小さな二つの銀行とスペインのバンコ・ポプラールは共に、統一的な銀行監督を行うECBから「破綻ないしそれに近い」と認定された。さらにユーロ圏の銀行の破たん処理について統一的に方針を決定する単一破たん処理委員会(Single Resolution Board)は、イタリアの二銀行について、前述のモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナと同様に、国民の税金を用いた救済(Bail-out)を行うことを許した。しかしスペインの銀行については、債権者など当事者間で損失を負担しあい(Bail-in)、税金を用いることはなかった。
ここで注目するのは後者である。債権者などが多国籍で構成されることを考えれば、このような処理は、実質的に資金余剰の国から資金不足の国への資金移転することになるためである。
以上がコラムから抜粋した内容である。ここで第一に、破たん処理の方法について、双方のケースの間で恣意性が働いているのではないか、という疑問が生じるだろう。しかしこの点は、ユーロ圏で単一破たん処理をどのように行うか、という設計段階で議論されていた問題であり、破たんにより生じる損失の負担を誰が最終的に負担するのかという点については、元々ケースバイケースで判断せざるを得ない面がある。但し、結果として国民の税負担が生じないスペインのようなケースが次第に増えてくることが、単一破たん処理という観点から望ましいということになるだろう。
第二に、コラムが述べるように、単一破たん処理により実質的に資金余剰の国から資金不足の国への資金移転が起きるのであれば、個々の経営判断と企業戦略により生じた結果によるものである。そのため、ユーロ圏政府間の資金移転には決して応じないドイツであっても、この点については拒否しないはずであり、ユーロ圏内の円滑な資金移転という観点から意味があると思われる。
シナリオ④:ユーロ圏景気の回復とECBの量的緩和解除(現状:好転、展望:好転続く)
ユーロ圏経済の回復が目立ってきた。直近では、8月1日に発表されたユーロ圏実質GDPが年率2.3%に達したこと、さらにその内訳をみると内需が主導していることだろう。8月2日付のフィナンシャル・タイムズ紙一面は、「ポピュリストの脅威が後退し、ユーロ圏経済の強さを増す」という見出しを掲げた。
一方、7月のユーロ圏CPI速報は、年率1.3%とほぼこれまでと同水準で、2%の目標まで依然、のりしろがある。一方、コアインフレ率は1.2%で強含んでおり、この点をどうみるかが問題になる。
以上のような直近の経済指標を勘案した上で、7月26日の記者会見の内容をみても、ECBは段階的に時間をかけて量的緩和の縮小を行うという方針に変わりないだろう。後述するようなリスク要因があるためだ。先般話題となった「シントラ・スピーチ」の強気の発言は、あくまで自らの発言が市場に与える影響を読み込んだ上で、それまでの市場の反応を調整する意図だった、と考えてよいのではないか。
「議論は秋に行う」という発言は、具体的には9月7日にある程度の「前振り」を行った上で、ドイツ総選挙後の次回10月26日に正式アナウンス、年明け以降、段階的に実施ということではないか。
1月の本レポートでは、ECBの金融政策に対するリスク要因として、ユーロの下落、原油価格の反転上昇を挙げた。当時と比較すると、前提条件として、現状最も違っている点は、上に述べた通り、ユーロ圏の景気回復が確かなものになっている点だ。
しかしここで改めてリスク要因を考えると、第一にユーロ高が挙げられる。この点、米国FRB議長の人事動向なども絡み、利上げペースに不透明感が出やすいこととも絡む。
第二に、ブレグジットの先行きである。現状は交渉になっておらず、既に述べたように先行きの不透明感が高まるにつれ、英国の経済・市場にはマイナス要因として重しになる。
この点、ユーロ圏に対し、拠点シフトなどを通じてプラスに働く面と、貿易などを通じて英国経済に連動するマイナス面、さらにポンド安が上に述べたユーロ高傾向にどの程度影響するかなど、いくつかの観点から、影響を総合的に考慮する必要がある。
第三に、原油の反転上昇傾向である。中東情勢に加え、産油国であるベネズエラの政治・社会の混乱は、今後、かなり根深く市場に対して悪影響をもたらすリスクがあるだろう。
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