ドイツ総選挙・ECBの政策変更・ブレグジット-「決め方の科学」と「戦略の信頼性」で考える
2017/09/11
8月の本レポートでは、欧州の「4つの悪循環シナリオ」:現状と展望と題して、年初以来欧州で問題となっている政治・経済上のリスクがどう変化しているかについて検討した。
今月はその延長線上で、先ずドイツ総選挙の現状と展開について、さらに、最近のECB(欧州中央銀行)の量的緩和解除、英国のEU離脱交渉についても、これまでとは違った切り口で考えてみたい。
ドイツ総選挙の展開
9月24日に実施されるドイツ総選挙については、現地の報道によれば、メルケル首相の率いる与党キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)の優勢が一層強まっている。
極右勢力ドイツのための選択肢(AfD)への支持は、過去に旧ソ連から移住した、従来はCDU/CSUの固い支持基盤だったドイツ人の中低所得者層が、近年流入した難民と比較して経済的な支援を得られていないという不満を持ち、支持する動きがあるものの、伸び悩んでいる。
しかしCDU/CSUが優勢となっている最大の理由は、シュルツ党首率いる社会民主党(SPD)が、CDU/CSUとの間で政策を差別化しにくく、選挙の争点を明確化することに苦しんでいることにある。
この点は、現在CDU/CSUとSPDは大連立を組んでいるため、両者の政策が似通ってきたことによると説明されている。確かにそうなのだが、それだけであれば、CDU/CSUにとっても政策の違いを前面に出しにくいはずだ。この点に加えて、メルケル首相の政治家としての見識と実行力がシュルツ氏を上回ると評価されていることが指摘されるだろう。
政策面では、シュルツ氏が欧州議会の議長を務めた経験を活かし、親欧州路線を打ち出したが、メルケル首相がフランスのマクロン新大統領と独仏関係を軸に欧州統合の再構築を目指し始めたことにより、差別化が難しくなった。
これと関連して、難民の受け入れについても、メルケル首相は、2015年当時のような寛容な受け入れ策を軌道修正し抑制方針に転じており、シュルツ氏が政策を差別化しにくくなっている。以上の点について、選挙の争点が無くなった方が自分に有利と考えたメルケル氏が「争点つぶし」に動いているという見方がある。
8月の本レポート で述べたように、選挙後の体制について、CDU/CSUにとって最良のシナリオは、企業寄りの政策を取る自由民主党(FDP)との二党連立だ。次善のシナリオは、これまで通りの大連立だろう。メルケルとシュルツの組み合わせであれば、互いに組みしやすいと考えているはずだ。ここでは、双方の政策の違いが小さいことが、今後の政権の安定に生きることになる。
8月末の独Die Zeit紙は、二面見開きで、女帝に扮装したメルケルと工員服を着たシュルツの写真を掲げた。しかしその後、9月3日に行われたTV討論では大きな意見の対立は表面化しなかったと伝えられている。
大連立に対し、CDU/CSU、FDPに加え、緑の党を加えた「ジャマイカ連合」(黒・黄・緑という各党のカラーとジャマイカの国旗にちなむ)の可能性が話題になっている。しかしこの場合には、選挙の数少ない争点であるディ-ゼル車規制問題をめぐる対立が連立政権内で表面化する可能性が高い。
この点、現政権はディ-ゼル車の排ガス問題に対し無償修理を認めるという方針を打ち出したが、SPDのシュルツ氏は欧州全体で電気自動車の比率を定めることを公約に掲げている。
欧州及び世界のレベルで長期的に見れば、電気自動車の普及という方向性は明らかであり、現政府の政策は国内の自動車産業及びそこで働く従業員の雇用を保護し、消費者の支持を得るという短期的な観点からの政策という面が強い。
メルケル氏からすれば、4期目の連立政権でこのようなリスクを抱え込むことは避けたいはずだ。「ジャマイカ連立」は、CDU/CSUへの支持が予想ほど伸びず、且つSPDが今後をにらみ、大連立を組むよりあえて野に下った方がよいと考える、非常に限られた選択肢と言えるのではないか。
以上をまとめると、いずれ連立の場合でも、CDU/CSUが新政権の中核を担うことになり、組閣人事に関心が移る。ここで注目されるのは、メルケルの首相後継者の本命とされるフォンデアライエン現国防相だ。日本ではそれほど知られていないが、ドイツのメディアには頻繁に登場している。
かつてメルケル首相の就任時、演説の話し方や服装が地味だったため、派手なパフォーマンスを好むフランスの政治家達から格下として扱われた、という逸話がある。これに対し、フォンデアライエン氏は見るからに聡明でスマートな外見の女性だ。
マクロン大統領就任後、独仏の協力関係は防衛関係から始まっており、フォンデアライエン氏はこの点からもキーパーソンになっている。ドイツでは本命の首相候補が権力闘争で現指導者やライバルに潰されるという話は聞かず、本命が順調に跡を継ぎ長く務めるという傾向がある(アデナウアーとエアハルト、コールとメルケルなど、前任者の退任後に関係が悪化するケースはあるようだが)。その意味で、新政権でフォンデアライエン氏がどのような道を歩むかという点が注目される。
次に、以上のようなドイツ総選挙への動きを、今年5月のフランス大統領選の決選投票と比較してみたい。共通点は、二人の候補者ないし二つの政党が争う、という点である。
フランス総選挙とどこが似ているか
やや唐突だが、9月7日、日本経済研究センターにおいて、坂井豊貴氏による「決め方の科学」と題する講演会が開催された。集団の意思決定において、多数決は、特に票が割れた場合には、必ずしも多数の意見を反映するとはかぎらずしかも決定方法次第で結果が変わってくる、という最先端の研究を実例に即して説明する内容だった。
会場は満員であり、講演後、様々な観点から質疑が行われた。筆者も今年5月のフランス大統領選の決選投票について質問した。このような一騎打ちのケースでは、各候補は自らが主張する政策をより中立的な方向にシフトさせ、少しでも多くの有権者からの投票を獲得することが合理的となる(注1)。
フランスでは、従来から各候補が、右派、中道右派、中道左派、左派といった、いわば「横一線」に自らの立ち位置を決め、予選投票の段階では政策を微調整しながら、より多くの投票を獲得しようと努める。
特に今回の大統領選では、中道右派のフィロン氏が個人的な資金疑惑で失速し、中道左派のアモン氏も弱体化した社会党の出身として早くから度外視されていたため、中道路線に対する票が宙に浮き、「草刈り場」となっていた。
こうした中、決選投票では、草の根の政治団体を母体とし元々中道といえるマクロン氏だけでなく、極右のルペン候補までが投票を獲得するため、政策を中道路線にシフトさせてきた。
質疑の内容は、決選投票で、二人の候補者がこのように政策を中立的な方向にシフトすると、最終的に二人の政策は区別がつかなくなってしまい、選挙の決着は政策以外の要因(TV討論でどちらの印象が良かったか、そもそもどちらの外見が良くスマートか、選挙前にテロが起きたかなど)によって決まるのではないか、というものだった。
以上のような選挙における候補者の政策と有権者の投票の関係に注目する考え方をあてはめてみると、今回のドイツ総選挙は、当初からCDU/CSUとSPDによって実質的に決選投票が行われるようなものであり、且つこれまでの大連立の枠組みの中で、既に政策的にもかなりの程度収束しているといえる。
その上で、実際の選挙では、ディーゼル問題など残された政策の違いに加え、メルケルとシュルツの指導力への期待や個人的な魅力などに大きく左右されることになるだろう。
注1:今回の講演では、争点が一つに絞られており、それに対する意見が分かれている場合、全体の真ん中に当たる意見を採用すべきという考え方は、選挙だけでなく刑事裁判の量刑などいろいろなケースにあてはまることが説明されていた。
ECBの量的緩和縮小とブレグジット
次に、9月8日、欧州中銀(ECB)政策理事会後の記者会見におけるドラギ総裁の発言を振り返ってみたい。8月の本レポート で述べた通り、ドラギ総裁は市場コンセンサス通り、今回9月に量的緩和の縮小について事前アナウンスを行った。おそらく10月に量的緩和の縮小の具体的な内容が明らかにされ、来年初以降、縮小が実施されることになるだろう。
これを中央銀行と市場参加者の行動の関係という観点から述べると、市場参加者の期待通り、ECBが今後の政策についてコミットし、それを市場参加者が信頼している、ということになるだろう。
第一に、ここで「コミットする」とは、単に口約束するということではなく、あえて自ら選択の幅を狭め「そのことしかとれないようにするような、実効性のある仕組みを作ること」(注2)を指す。それによって相手の行動に影響を与え、自分にとって、かえって有利な結果を得ようとするものである。
具体的には、市場参加者がドラギ総裁の発言を「コミットした」として信頼するためには、「政策理事会後の記者会見で話されたことは、必ず守られる」と市場参加者が信頼することが必要になる。
第二に、以上のような信頼関係は、中央銀行と市場参加者が対話をくりかえすことによって確かなものになる。
逆に、1回限りであれば、例えばECBが量的緩和を縮小すると宣言し、実際には縮小しないことにより、景気にプラスの効果を与えることが可能だ。
しかしこのような決定を1回行うと、次回以降、Ecbの政策に対する信認が失われ、政策の実効性が失われることをECBは理解しているので、実際にはこのような決定を行わないはずだ。
最後に、ブレグジットについて、交渉の当事者は英国政府とEUであるとしよう。
先ず、今年初以降、メイ首相は強硬離脱(ハード・ブレグジット)を主張し、「単一市場からの離脱」も辞さないという立場にコミットしようとした。その上で、「そのままではEUも英国との関係が損なわれ困るだろう」という想定に基いて、EUと個別の貿易協定を結ぶ「いいとこ取り」を目指した。
しかし実際には、6月8日の総選挙で与党保守党は過半数を失ったため、英国の民意は強硬離脱にないことが明らかになり、メイ首相の主張は実効性を失った。
それでもなお、メイ首相は政権を維持したが、EUとの離脱交渉が複数回行われる中で、英国側が従来通り「強硬離脱を主張した上でいい所取りを目指す」という方針をほぼ変えていない。このような状態では、EUからみると、交渉を進めてメイ政権が英国内の議会及び国民を説得することは難しい。EUからみた交渉相手としての現在の英国政府に対する信頼は失われたままだ。
以上のように、戦略の信頼性が交渉相手から得られているかどうかという意味で、ECBと英国は現状、対照的であると言わざるを得ない。
注2:「ミクロ経済学の力」(神取道宏著、日本評論社、2014年)、384ページ。尚、同書は新しい経済学の入門テキストとしてベストセラーになっている。先に述べた「二人の候補者の政策」や、後に述べる「くりかえしの必要性」についても、同書に説明がある。
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