欧州のリスクはどう変化しているか ―ドイツの「最悪シナリオ」と英国の「最善シナリオ」
2017/12/11
11月後半から12月前半にかけて、欧州情勢が大きく変化する出来事が相次いだ。今後、年末から年明けに向けて、さらに波乱が予想される。そこで、欧州のリスクを再検討すると共に、今後に向けたシナリオについて考えることにしたい。
ドイツの政治情勢:メルケルの「焼け太り」と再選挙の可能性
ドイツでキリスト教・民主社会同盟(CDU/CSU)と社会民主党(SPD)が再び大連立を組む可能性が高まっている。
11月10日付の本レポート「欧州最大のリスクは何か」では、難民が欧州域内では根本的に解決できない問題であり欧州最大のリスクであると考えた上で、ドイツにおいて「連立交渉における懸念材料の一つは、難民の受け入れだ」と述べた。
この背景として、緑の党が難民の受け入れに比較的寛容である一方、自由民主党(FDP)が企業活動重視のため難民の受け入れに消極的であること、CDU/CSUとしても総選挙の敗因が、これまでの寛大な難民受け入れにあると考え、自ら受け入れ人数の上限を設けるなど、この問題については各党間の調整に踏み込みにくい立場にあることが挙げられる。
しかし1カ月前の時点では、このような難題があるとはいえ、ジャマイカ連立の交渉が失敗に終わるとまでは考えていなかった。その根拠は、ドイツ国民は政治的な安定を好み、ドイツ現地の主要メディアもこの点をふまえ、ジャマイカ連立は難航するものの最終的には何とか合意に至るだろうという立場を取っていたことにある。
それでは、なぜ連立交渉は挫折したのか。11月下旬、独Die Zeit紙は、一面トップに「彼か、彼女か(Er oder sie?)」という見出しと共に、FDPのリントナー党首とメルケル首相がにらみあうイラストを掲げ、全体で9ページに亘る政権の行方を巡る特集を組んだ。
リントナー氏は、11月19日にFDPが連立交渉から撤退し、交渉終結の直接の引き金となった人物だ。まだ38歳と若く野心家であると評価されている。同氏は、ここで交渉を決裂させれば、メルケル氏の取り得る選択肢が限られ、その権力基盤の低下につながると同時に、自らの存在感を高めることにつながると考えた可能性が高い。
具体的には、メルケル氏の選択肢は、この時点で三点に絞られた。①SPDとの大連立、②CDU/CSUの単独少数与党政権、③再選挙である。メルケル首相の意図はいうまでもなく、①再度、SPDとの大連立を組み、安定した政治基盤の上で主導権を握ることにあり、逆の形となる②は避けたい形だ。
筆者はジャマイカ連立の交渉決裂後、日独の政治・法律の専門家と意見交換する機会があったが、③の再選挙については、諸規定を積み上げると再選挙の実施は早くとも来年4月下旬となり、長期間政治の安定性が損なわれるため、望ましいとはいえないようだ。 同時に、各党の議員にとっても、再選挙により落選するリスクを改めて負うことは避けたい所だ。
さらに元々SPDの政治家であり、国民の象徴的な存在であるシュタインマイヤー大統領は国内政治の安定のため、フランスのマクロン大統領は仏独主導による欧州統合を推進するため、それぞれがSPDのシュルツ党首に対し、大連立を促している。
その後、12月7日からSPDの党大会が開催され、CDU/CSUとの連立協議を行うことが決定された。連立協議が進捗し再び大連立が成立すれば、メルケル首相が選挙結果に関わらず従来の権力基盤を維持することになりやすく、ジャマイカ連立が挫折したことが結果的にメルケル氏にとって「焼け太り」の効果をもたらすことになるだろう。
しかし年初から予定される連立協議で、SPDは連立だけでなく閣外協力の選択肢を残し、強気の姿勢を示すことにより、交渉を有利に運ぶ狙いがある。
一方で、SPDは連立協定を党員投票にかけるという見方もあり、難民・税制・欧州統合という政策面に加え、外相や財務相という重要ポストを巡って交渉が決裂した場合、メルケル首相は単独少数与党政権を望まないため、再選挙が再び現実味を帯びてくる。このように、欧州の盟主であるドイツの政治空白が続いた後、再選挙という展開が、事態の不確実性を高める最悪のシナリオであり、この場合、金融市場にも悪影響を与えることになるだろう。
ブレグジット交渉の行方:メイの「ゾンビ化」、真のリスクは何か
次に、12月8日、英国メイ首相とEUユンカー委員長などとの間で行われた離脱協議では、通商協議(いわゆる「第2段階」)に進む方向が明らかになった。
この点について、前月の本レポートでは、2019年3月の離脱時点で英国とEUの通商関係に何ら合意のない「クリフエッジ」の状態は、両者にとって避けたい事態であり、手続き面を考えると「12月のEUサミットでは、EUとしても通商協議のスケジュールを具体化することに努めるだろう」と述べた。
それでは、交渉の「第1段階」である離脱交渉のテーマである、欧州市民の権利、未払い金、アイルランド国境問題は全て解決されたのか。
今回、交渉の最終局面で急浮上してきたのは、EU加盟国であるアイルランドと、英国の一部である北アイルランドの間で、離脱後も現状と同様に、厳格な国境(Hard border)による管理を避ける、とする国境問題だ。
この背景には、メイ首相の率いる保守党が今年6月の総選挙で単独過半数を失い、北アイルランドの民主統一党(DUP)に閣外協力を求めることにより、政権の存続を図ったことがある。DUPは保守政党であり、アイルランドとの一体化を嫌う。
一方、折からアイルランド政府の方でも、女性の副首相が不祥事により不信認動議を受け辞任するなど、政治が不安定化しているため、この問題への懸念が深まった。
しかし、これはあくまで政治的な議論であり、北アイルランド地方とアイルランドの間には、互いの農産物の貿易等を通じ密接な経済関係があり、これに新たな障壁を設けることは双方にとって利益にならない。
英国内では現在、保守党とDUPの間で協議が進められており、最終的に「国境は復活しないが、北アイルランドの独自性を維持する」といった形で、DUPが納得するロジックを作ることができるかどうかが問題になっていくのではないか。
むしろ、今後は再び「清算金(Divorce Bill)」の金額が問題になるのではないか。前月の本レポートでは、この点について、英国・EU双方による金額の算出根拠など交渉の透明性も不十分な、いわば「バナナの叩き売り」に近い議論がなされてきた、と述べた。
今回、EU委員会から発表されたプレスリリースによれば、(英国を含む)EU28カ国による財政負担などのコミットメントが尊重されることが認められたとするのみで、予想された通り金額は明示されなかった。
この点は、英国の政治情勢と密接に関わっている。前月の本レポートでは、現在のメイ政権には、清算金の支払いを英国内で説明する力はなく、今後、「メイ政権の内閣総辞職の可能性が高まってくるだろう」と述べた。
12月に入ってもこの状態は、基本的に変わっていない。6日付の英ガーディアン紙は、「メイの弱さは辞職ムードをかき立てている」という見出しを掲げた2ページ見開きの記事を掲載し「英国の政治は腐った卵のようだ」というEU消息筋の発言を紹介している。このムードは、以上のような問題先送りによる通商協議への移行によっても、大きく改善することはないだろう。
さらに12月8日、トゥスクEU大統領(欧州理事会常任議長)は、EU各国に対し、ブレグジット交渉の第2段階に関するガイドラインの草案を送付した。そこでは、英国は約2年間の経過期間を要望しているが、その場合には離脱後も加盟国と同等の支出等を負う一方で、EUの意思決定は英国を除く27カ国で行う(EU decision-making will continue among the 27 member states,without the UK)という厳しい条件が課されている。
以上のように考えると、今後、英国側で交渉能力のある当事者が、通商協議に携わり、実質的な議論が始まることが、英国だけでなくEUにとっても「最善のシナリオ」となるだろう。
2018年にリスクと期待
ドイツの政治動向、難民の流入、ブレグジット交渉に加え、カタロニア独立問題など、欧州には来年に向け積み残した問題が山積している。その一方で、フランスではマクロン大統領が国内外で改革の布石を打っている。ユーロ圏の経済は、市場との対話を円滑に進めるECB(欧州中央銀行)の金融政策に支えられ堅調だ。
EU委員会が発表した欧州通貨基金(EMF)や欧州財務相の構想は、ドイツやフランスの政治動向とも関わり、短期で実現することは困難だが、将来に向けたビジョン・たたき台として意味がある。
さらに、日本との関係では、12月8日、日欧EPA交渉が妥結した。ブレグジットと米国のTPP交渉からの離脱が、「自由貿易の灯を消さない」というプラスの力に転化した。今後は日欧という先進国の間で、先端技術の協力が密接化する土台が出来つつある(参考:「オープンイノベーションの条件」日本経済新聞12月5日付夕刊「十字路」、筆者執筆)。
2018年もしばらくの間、欧州はリスクと可能性の隣り合う、目が離せない時期が続くだろう。
(1年間、お読み頂き、どうもありがとうございました。新年もよろしくお願い致します。)
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