欧州をめぐる3つのジレンマ -ドイツ・イタリア・金融市場-
2018/03/12
3月4日、ドイツの大連立が合意に達し、イタリアでは総選挙が実施された。今後の欧州政治経済を考える上で、この日は大きな転換点となった。本レポートでは、これらに金融市場の動向を加え、欧州が直面するジレンマについて検討したい。
ジレンマ①:ドイツ大連立の政策運営
ドイツの大連立がCDU/CSU(キリスト教・民主社会同盟)とSPD(社会民主党)の間で合意された。しかしこの合意は、昨年9月の総選挙結果を受けたメルケル首相が採った「苦渋の選択」の結果だった。
ドイツの国内制度によれば、新政権が誕生するまで、政治は文字通り「空白状態」となる。この点、近隣の国で連立工作に時間がかかった場合、選挙後も前政権の任期が延長されるのとは、やや事情が異なっている。
さらに、これ以上、空白状態が続けば、政治的安定を好むドイツ国民からの反発が強まりかねないという危惧もあった。
具体的には、政治的空白を避けるため、財務相・外相という主要ポストをSPDに譲った。
その上で、メルケルは、CDU(キリスト教民主同盟)の幹事長に、女性のアネグレット・クランプ・カレンバウアー氏(頭文字を取って、ドイツ国内ではAKKと呼ばれている)を指名した。
同氏はこれまでザールブリュッケン州の首相を務めていた。同州はフランスとの国境にある小さな州であり、第二次大戦後はフランスとの間で帰属が問題になった地域だ。この点、旧東独出身のメルケル氏と相通じる面がある。
さらにカレンバウアー氏は手堅い政策運営で昨年9月の総選挙後の困難な局面で州選挙を勝利に導き、独国内全体でも人気が高まっていた。
今回の幹事長就任は、かつてコール前首相の下でメルケル氏が幹事長に就任した時と同じパターンであり、実質的な後継者指名と言ってよい。
この点、日本国内ではメルケル氏後継者の一人という報道が多いが、現地のフランクフルターアルゲマイネ紙などを見ると、既にこの点が既定路線になりつつある。
ドイツでは、後継候補が一旦決まると、通常そのまま就任する。今後、幹事長として政策面でSPDとの連立政権を取り仕切り、野党第1党「ドイツのための選択肢(AfD)」に対処することができれば、将来の党首・首相就任の道が開けてくる。
ここで、連立政権の政策課題の内、難民受け入れでは抑え気味に対応し、雇用政策では有期契約を制限するなど雇用を保護する点で、大きな意見対立はないと考えてよいだろう。
しかし、医療保険の取扱いについて、SPDが主張するように保険の公的・私的保険の格差解消に向かえば、社会保障会計を含む財政収支に悪影響が及ぶ。この場合、副首相兼財務相のポストにSPDのショルツ氏が就任し拡張的な財政支出が行われれば、ドイツの財政規律に悪影響を及ぼしかねない。
尚、昨年9月、仏マクロン大統領がソルボンヌ大学で行った演説は、ユーロ危機やブレグジット対応に追われ、疲弊したEUについて、改めて長期的なビジョンを示すことに狙いがあった。言い換えれば、マクロン氏自身も、「ユーロ圏財務相」の創設を初めとするユーロ改革をすぐに実現できると考えている訳ではない。
この点は、2019年春の欧州議会選、同年秋のユンケル欧州委員長退任と新委員長の就任後に本格的な議論がされることになるだろう(1月の本レポート「2018年・欧州が直面する政治経済の課題」参照)。
ジレンマ②:イタリア連立政権の最悪シナリオ
イタリア総選挙後、連立政権の展開を考える上で、どのような連立政権が誕生し、それぞれの場合に誰が首相になるのか。各党の得票結果とその後の発言などから考えると、現実的な選択肢は、下記の3つだ。
(1)五つ星+中道左派
この組み合わせの可能性は、中道左派の中心である民主党内でレンツィ前首相の影響力が排除されるかどうかにかかっている。この点、選挙戦で五つ星の首相候補ディマイオ氏と民主党のレンツィ首相(当時)が激しく対立し両者が連立について合意する可能性は非常に低いとされてきた。しかしその一方で、レンツィ氏が首相在任中にイタリア経済を立て直せなかったことが同党の選挙における惨敗につながった、として同氏の党内における影響力が低下している。
現状、レンツィ氏は次期政権が決まった段階で党首を辞任すると表明しており、影響力は一段と低下している。その結果、両党の連立政権が成立すれば、ディマイオ氏が首相に就任することになる。この場合でも、五つ星は得票を伸ばすため政策をEU政策などについて現実路線にシフトさせている上、政権与党だった民主党の政権参加により政策の継続性がある程度維持されるというメリットがあるだろう。
交渉が不首尾に終われば、「五つ星政権に民主党が閣外協力」といった本案のバリエーションも検討される。一方、マッタレッラ大統領が今回の局面で、比較的早いタイミングで調整に入っているとも報道されている(イタリアの大統領は日常の政務には直接関与しないが、首相の任命権を持ち、このような非常時を収拾することが重要な任務である)。そうであれば、その目指す方向は、先ずはこの組み合わせとなるだろう。
(2)同盟+中道右派
次に極右とも称される「同盟」と中道右派の連立の場合、従来、選挙戦で一定の発言力を維持したベルルスコーニ前大統領は、右派が全体として勝利した場合は自分の側近であるタヤーニ氏を推していた。
しかし、「同盟」が得票を伸ばした選挙結果を受け、「同盟」のサルビーニ党首が首相候補となることを容認せざるを得なくなっている。ポピュリストのサルビ―ニ氏が首相になると同時に、最大得票数を得た五つ星が野党となれば、発足当初から不安定な政権とならざるを得ない。
(3)五つ星+同盟
最後に、この二党は共にポピュリスト政党だが、五つ星が貧しい南部で支持され、同盟は元々、比較的富裕な北部を地盤にしていることなど、性格を異にしている。
しかし上記2つの連立工作が不首尾に終わった場合、得票数を頼みにした「野合連立政権」が成立する可能性は否定できない。
この場合、順当に考えれば首相にはディマイオ氏が就任し、副首相格でサルビ―ニ氏が入閣することになるだろう。政策面では「ポピュリスト連立政権」である以上、景気が上向かず支持率が低下すれば、反ユーロ・反EU路線に傾斜することが懸念される。
以上のように、イタリア国民が前政権の政策運営と足許の経済状態への不満からポピュリスト政党へ投票した結果、政治情勢は一層不透明化し、世論調査などからみて、イタリア国民の民意とはいえない反EU・ユーロ離脱という路線さえ生まれかねないジレンマ状況が生まれつつある。
ジレンマ③:ユーロ圏の「悪い金利上昇」とECB
それでは、以上のような独・伊の政治的な動きは、金融市場にどのような影響をもたらすだろうか。ここで指標として注目されるのは長期金利だ。
ドイツでは「大連立政権が誕生する」という安心感から長期金利が下落、10年国債利回りは0.6%を下回った。これに対し、イタリアでは総選挙後、不透明感が高まり、10年国債利回りは約2%前後へ上昇したが、その後はやや落ち着いている。こうした動きから、短期的には「独伊長期金利差」が欧州の政治動向を反映して拡大するかどうかが注目される。
一方、より長期的な視点で見ると、上に見たように、独仏共に、財政規律が緩むため国債利回りが上昇するリスクに注意が必要だ。
さらに、ユーロ圏でこのような「悪い金利上昇」が起きた時、為替市場ではユーロは上昇せず、むしろ欧米などの実質金利差や実体経済への悪影響が問題視されるのではないか。
以上のような展開では、ECBの出口政策を「強気一辺倒」で行うと、ユーロ圏の実体経済に悪影響を与え、市場との関係も損なわれかねない。
本レポートでは、従来から、タカ派のバイトマン氏がECB次期総裁に就任する可能性は、一般に考えられているほど高くないと述べてきた(前月本レポート「ユーロ高のゆくえ」参照)。
最近のフィナンシャルタイムズ紙報道によれば、ドイツが他の欧州諸国との交渉上、タカ派のバイトマン氏を強くECB総裁に推す必要はないのではないか、と考え始めている可能性がある(その代償として欧州委員長など他のポストを失うことも考慮しているようだが)。
9日に行われたECB政策理事会後の記者会見では、今年9月末の量的緩和終了という基本線を維持しながら、その延長に含みを残した。ユーロ圏内では上に述べた政治リスク、対外的には米国の通商政策・為替政策の影響など、内外のリスクに柔軟に対応する姿勢が示された、と言えるのではないか。
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