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林秀毅の欧州経済・金融リポート

欧州中銀・量的緩和解除への道―金利上昇圧力にどう対応するか―

 

2018/05/10

 4月26日に開催された欧州中銀(ECB)政策理事会後の記者会見では、ユーロ圏とグローバルの経済・市場に対する現状認識、次いで今後の量的緩和解除への道筋について、記者からの質問が相次いだ。

1.ドラギ総裁の景気認識

 先ず、「最近の景気指標をみると、ユーロ圏経済は下振れているではないか?」という質問に対し、ドラギ総裁はこれまで予想以上の成長を見せてきたユーロ圏経済が、現状はやや落ち着きに向かっている(towards some moderation)という認識を示した。言い換えれば、今までが出来すぎであり、多少の下振れは懸念材料にならない、ということだろう。

 このような見方の背景には、為替レートの安定がある。今回の記者会見では「ユーロドルレートは1.22ドル近辺で落ち着いているが?」という質問に対し、ドラギ総裁は「その通り。為替レートは安定しており、ボラティリティーも低下している。(政策理事会では)議論されなかった。」と述べたのみだった。

 本レポートでも述べてきたように、現在のECBは、ユーロドルの当面の上限を1.25ドル前後と想定し、それを下回る1.20ドル台前半の範囲で安定的に推移することが、成長率とインフレ率との兼ね合いから望ましい、と考えているようだ。

 一方、外部環境については、米国(10年)国債利回りが3%を超えたことについて、米国の景気サイクルはユーロ圏とは違っていると前置きしつつ、米国の財政支出が増加していることを指摘している。

 以上のように考えると、ユーロ圏内では景気が落ち着きを見せ、ECBが従来強い懸念を示していたユーロ高は現在では安定して推移している一方、対外的には米国の高成長と金利上昇、さらにその背後にある米政府の過大な財政支出がリスクとして認識されているようだ。

 3月の本レポートでは、ドイツ・イタリアの政治情勢が不安定化する結果、財政規律が緩み、「悪い金利上昇」につながるリスクについて述べた。しかしこれらの政治情勢が経済と金融市場に与える影響については、現状では依然不透明感が強い(イタリアでは大統領による連立工作が上手くいかず、再選挙さえ取り沙汰されている)。ユーロ圏内の政治要因による金利上昇を警戒する局面は、まだ先の話だろう。

2.金利上昇への備え:日本との相違点

 しかし米国金利の上昇という外部要因主導であっても、ユーロ圏経済が依然堅調であり、今後量的緩和解除への期待が一層高まれば、欧州金利への上昇圧力は高まりやすくなる。

 この点に関し、記者会見では、日本銀行がマイナス金利と併せ10年国債の金利目標を0%程度としていることを例に挙げ、今後、米国の金利上昇が欧州金利の上昇を招いた場合、目標とする10年債の金利水準はあるのか、という質問があった。

 これに対し、ドラギ総裁は具体的に目標とする金利水準は明言せず、①我々は如何なる望ましくない金融のタイト化に対抗する、②我々にはそのような事態に対処するだけの十分な資金を提供するだけの用意があると強調した。

 ユーロ圏の景気が依然堅調に推移する中で、このような金利上昇リスクが、ECBが毎月300億ユーロのネット資産購入を今年9月末までとしつつ「必要があれば、その先まで(or beyond, if necessary)」という文言を落とさず維持していることが背景にあるのではないか。

 即ち、以上の議論は、「今、金利が上昇したらどう対応するのか」だけでなく、「今後量的緩和(QE)の解除を進める中で、金利上昇圧力にどう対応するのか」というポイントにもつながるだろう(注1)。

3.量的緩和解除の手順

 それでは、ECBは、今後の量的緩和解除の手順について、どのように考えているか。

 今回の記者会見では「今年後半の金融政策方針(いわゆるロードマップ)について、次回6月の政策理事会における公表に向け議論したのか?」という質問が相次いだ。これに対し、ドラギ総裁は「特段議論されなかった」と述べたに過ぎなかった。「この時期に議論されなかったはずはないだろう」とさらに食い下がる記者に対し、ドラギ総裁は「そう考えるのはもっともだ。今年初以降の経済動向を正確に見極めた上で判断したい」と回答した。

 このように記者会見から十分な判断材料が得られない一方、出口政策の手順と影響について、今年に入り、ECBのボードメンバーがいくつかのスピーチを行っている。この中で「中央銀行に資産買い入れプログラムの持続性とシグナル効果」と題するスピーチ(注2)から、関連する内容を取り上げたい。

 第一に、資産買い入れと金利のフォワードガイダンスとの相互関係(interaction)をどう考えるか。

 危機的な状況が続き、景気動向や市場環境が悪化する状況で、投資家が中銀の政策に疑念を持ち始めると、もはや政策のシグナル効果には注目しなくなり、中銀にはダウンサイドリスクに対する断固として対処すること、即ち市場安定化のため買い入れのペースを速めることなどが要請される。

 しかし一旦見通しが改善すると、資産買い入れ終了に向けた市場の期待が高まり、この点が将来の金利変化の道筋の不確実性を高める。そのため、この局面ではフォワードガイダンスの役割が一段と重要になってくる。

 特に、早期利上げへの期待をコントロールするため、資産買い入れ終了後、金利引き上げに向かうまでのタイミングについて明確なメッセージを発することが重要である。

 ECBのフォワードガイダンスでは、これを‘well past(十分な経過期間)’と表現している。これは市場が将来の金利への期待を変化させるのに必要な期間、言い換えれば、以下に述べる資産買い入れの効果が出尽くす期間でもある。

 第二に、資産買い入れによる効果の持続性をどう考えるか。即ち、買い入れを終了しても当面その効果は持続するだろうか。

 この点を考える上では、資産買い入れの「ストック」と「フロー」を比較すると、「ストック」によるアナウンスメント効果が重要であることを先ず言っておこう。

 その上で先ず、資産買い入れ時、中銀の買い入れは資産価格に対し非弾力的に行われるが、投資家からの資産の供給は価格に対し弾力的である。

 横軸に中銀の買い入れ残高、縦軸に資産価格を取ると、中銀の買い入れは垂直な直線であり、投資家からの資産の供給は右肩上がりの曲線となる。

 そのため中銀の資産買い入れがある程度進んだ段階で追加して買い入れを行うと、買い入れによる価格上昇効果は次第に大きくなる。

 次に、量的緩和解除の局面で、投資家が資産を買い戻す場合は、資産価格に応じてこれを行う。一方、資産の供給は、当初、全体から中銀の買い入れ分だけ差し引かれた分であり、価格下落効果は小さい。しかし量的緩和の解除により市場における資産の供給が増えると、価格下落効果は次第に大きくなる。

 以上のような考え方によれば、今後、ECBによる量的緩和の解除は、量的緩和の解除により資産の供給が増加し資産価格の急激な下落につながらないことを見極めつつ、時間をかけて段階的に行われることになるだろう。


(注1) 日本の場合「量的・質的緩和」として資産買い入れと金利水準へのコミットメントがなされているため、解除の道筋について議論はより複雑になる。この点に関し「金融政策の誤解」(早川英男著、慶応義塾大学出版会)は、日本の金融政策に関する記述が中心だが、欧州研究者の間でも良く読まれている。
(注2) ‘The persistence and signalling power of central bank asset purchase programmes’ Speech by Benoît Cœuré, Member of the Executive Board of the ECB, at the 2018 US Monetary Policy Forum, New York City, 23 February 2018

2018年は、ブレグジット交渉が正念場を迎える一方、ECBによる量的緩和政策の修正は一段と進むと考えられます。本レポートでは、欧州政治・経済の展望をバランス良く展望していきます。(毎月1回 10日頃掲載予定)。