一覧へ戻る
林秀毅の欧州経済・金融リポート

「イタリア危機」の可能性は高まっているか

 

2018/07/10

欧州の協調を崩すイタリア

 6月19日、独メルケル首相と仏マクロン大統領との間でユーロ圏改革について、同28~29日に実施されるEUサミット(首脳会議)に備えた議論が行われた。しかし実際のEUサミットは、イタリアが難民対応の枠組み見直しを強硬に主張したため大荒れとなり、ユーロ改革に向けた議論はすっかりその影に隠れてしまった。

 欧州レベルの議論の落とし所を考える上で、重要なキーワードは「予定調和」、すなわち、EUサミットの会議で明け方まで議論が紛糾しても、最後の最後には協調し、合意に達する。これはEU全体として合意に至らなかった場合には、誰にとっても損になる「ジレンマ状態」に陥ることを皆が理解しているためだ。

 かつてユーロ危機のさなか、「ドイツ一強」の状態が続く中で議論されたギリシャ救済についてさえ、最終的には合意がなされた。その後もギリシャへの金融支援は紆余曲折を経ながらも続けられ、今般の「卒業」を迎えることになった。

「独仏連携」とEUサミット

 6月19日に公表されたドイツ・メルケル首相とフランス・マクロン大統領による「メッセベルグ宣言」は、難民問題については、従来からの「三本柱」―(1)対外的には、EU―トルコ間の協定のように近隣諸国との間の合意によってEUへの流入を食い止める、(2)EU国境管理のための沿岸警備組織を強化する、(3)欧州共通の難民システムに基づき統一されたルールで受け入れを実施するという原則に立っている(注1)。

 その上で、イタリアへの流入を抑制するため、アフリカからの難民流入に最優先で対応する一方で、ドイツの意向を反映し、最初にイタリアに入った難民がドイツへ移動しようとするといった「二次的移動」を抑制する方針を示していた。

 先述したEU―トルコ間の協定により難民流入が激減したギリシャ経由に代わり、アフリカから地中海経由で流入する難民が中心になっているため、イタリアは負担感を強めていた。今回のEUサミットでイタリアは、対外的に難民審査の拠点をEU外に作る場合の責任分担、対内的には、EU内でも最初の受け入れ国が難民受け入れに責任を持つという「ダブリン規則」の抜本的見直しを要求した。

 以上のようなドイツとイタリアの姿勢は、特にEU内に入ってきた難民の移動を求めるかといった点について、相容れるものではない。EUサミットの結論も加盟国が必要な措置を採るとした上で、実質的に検討を先送りせざるを得なかった。

 次に、ユーロ改革についてはどうか。「メッセベルグ宣言」では、この点について難民問題よりもはるかに大きなスペースを割いている。

 第一に、ユーロ危機時に設立した欧州安定化基金(ESM)を大幅に機能拡充することを目指している。特に、「銀行同盟」の一部分を構成する「単一救済基金(ERF)」へのクレジットラインの提供機能を提言している。さらに、「銀行同盟」について残された懸案である、欧州預金保険(EDIS)の交渉を6月のサミット後に開始するべきと提言している。

 第二に、ユーロ圏共通予算については、2021年開始を目標とし、EUの次期予算と関連付けることなどが明確に提言されていた。

 しかし一方EUサミットでは、ESMが将来的に機能強化され「欧州版IMF」となるべきという一般的な合意がなされたのみで、ユーロ圏共通予算について議論の進展があった形跡はない。

 以上のように、「独仏連携」によりユーロ圏改革を目指す試みは、実際のEUサミットでは、イタリアのコンテ首相が難民問題で強硬に自国の立場を主張し続けたため、主要な論点として具体化できず先送りとなった。すなわち、独仏主導でEUの議論を進めるという協調路線は、今回、イタリアの姿勢により台無しにされた、と言わざるを得ない。

ドイツ国内政治の混乱をどう考えるか

 以上のEUレベルの議論と並行して、難民問題をめぐる議論の紛糾は、ドイツ国内では、メルケル政権内の動揺につながっていた。ここでの問題は、政権発足時に懸念された保守と社会民主党との大連立ではなく、CDUとCSUという保守陣営内の軋轢から生まれたことだ。

 CDUとCSUはこれまでも、財政規律のあり方などを巡って、見解が分かれてきた面はある。CSU党首として財務相を長く勤めたショイブレ氏は、ユーロ危機時にも各国が財政規律を順守すべきという信念から、ユーロ危機時のギリシャ救済にも否定的だった。

 今回、CSU党首であるゼーホーファー氏が内相辞任も辞さないとしたため一時は連立政権崩壊の可能性さえ取りざたされた。その背景は、第一に、CSUが地中海経由でイタリアに滞留している大量の難民が問題の焦点となったため、ミュンヘンを中心とした南ドイツを地盤としていることに加え、第二に、極右勢力「ドイツのための選択肢(AfD)」が伸長しているため、その主張を取り込もうとした政治的意図も考えられる。

 しかしCDUとCSUという内輪同士の争いによって連立政権が崩壊したのでは、互いにデメリットとなり、SPDを利することになる。ここでは最終的に協調する力が働き、両者の対立は短期間で収束した。

イタリアの孤立、金融市場による規律

 一方、イタリア国内の状況はどうだろうか。コンテ首相は、今回のEUサミットで難民の受け入れ割り当てなどをめぐる合意を抜本的に見直すことを主張し、イタリア新政権の存在感を示し、イタリア国内では、反難民を強く主張するポピュリスト・サルビーニ氏への支持が高まった。

 今後、最大のリスクは、以上のような成功に勢い付いたイタリアのポピュリスト政権が今後、所得補償政策などのばらまき政策を実行し始めた時にあるだろう。

 第一に、政権が公約として同時に掲げているEUに対し財政規律ルールを見直す等の要求や財源捻出のためのアイデアは、支出拡大とのつじつま合わせに過ぎず、現実的とはいえない(注2)。

 既述のように、今回、独仏連携によるユーロ改革の試みは先送りとなったが、ユーロ危機への反省から、財政規律の相互監視を強めていくという方向性はEUレベルで変わっていない。

 今後、イタリアの連立政権としては、ユーロ離脱の旗を実質的に降ろす一方で、ばらまき政策を早期に修正すれば、期待が裏切られたとして選挙民の反発が高まるため、早いタイミングで政策転換を行う可能性は低い。

 それでは第二に、イタリアが財政支出を増やし財政赤字が拡大した場合、何が起きるだろうか。今のところ、イタリア国債を中心とした市場への影響は限定的だが、5月下旬、ポピュリスト政権の成立した時点でイタリア10年国債の利回りは3%台前半まで急上昇した。この水準が一つの目安となり、今後持続的に財政赤字が拡大し続けると市場が期待し、イタリア国債の利回りを超えた場合に金利上昇が加速し、危機の現実性が高まることになるだろう。

 この段階でECBがイタリアのこのような状態を理由に、量的緩和解除のペースを遅らせるなど金融政策で対応することは、少なくとも建前上はありえない。ECBの金融政策は、ユーロ圏全体のマクロ経済状況を見て実施されるためだ。

 但し、イタリア国債の下落が、それを保有する銀行の経営に対する懸念にまで及んだ時、事情は異なってくる。元々脆弱なイタリアの銀行に対する懸念が高まるためだ。この局面では「実体経済の悪化、国債市場の危機、銀行危機、銀行の与信機能の低下、景気へのさらなる悪影響」というかつてのユーロ危機の「悪循環シナリオ」が、イタリアで再現されることになる。

 しかしそれでも、イタリアのポピュリスト政権が公約にこだわり拡張的な財政支出を止めない場合、どうなるか。イタリア関係者の多くの答えは「今秋にも再選挙」というものだが、この局面では現在のポピュリスト政権ができる過程でリーダシップのなさを批判されたマッテレッラ大統領の調整手腕が問われることになるだろう(注3)。

 今回、イタリアのポピュリスト政権がEUサミットで強硬な姿勢を示し国内政治で一定の成功を収めたことは新政権の存在感を高めた、といえるかもしれない。しかし、まさにそのことによって、イタリアは危機への道を歩み始めた、といえるのではないか。

(注1)’Meseberg Declaration’ (The Federal Government of Germany,19,June,2018)
(注2)前月の本レポートでは、金融市場の反応を考慮すれば「ミニBOT」のようなスキームは成り立たないと述べている。
(注3)例えば’The Italian Crisis’ (Blog Post, Bruegel, June,2018) の中で、Jean Pisani Ferry氏は、「マッテレッラ大統領は、政治的な判断は政府が自由に行うことができ、大統領はそれに疑問を呈する権利がないと考えているようだ」と批判している。
2018年は、ブレグジット交渉が正念場を迎える一方、ECBによる量的緩和政策の修正は一段と進むと考えられます。本レポートでは、欧州政治・経済の展望をバランス良く展望していきます。(毎月1回 10日頃掲載予定)。