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林秀毅の欧州経済・金融リポート

デジタル通貨と欧州中銀―ブロックチェーンの活用へ―

 

2018/10/11

仮想通貨への懸念と金融政策への影響

ビットコインに代表される仮想通貨は、欧州でも活発に取引されている。しかし、この点について欧州当局者の反発は相当に強い。

例えば、欧州中銀(ECB)理事らのスピーチでは、従来から、一貫して仮想通貨について否定的な意見を述べている(注1)。

そこで挙げられた理由の第一は、仮想通貨の価値が安定せず投機性が強いため、欧州金融市場の安定性への悪影響が懸念されることである。第二に、仮想通貨の匿名性のため、それがマネーロンダリングのような不正の温床になることが危惧されることである。

そもそも欧州では、上に述べたような金融市場の安定性の維持、マネーロンダリングの防止といった資金のフローに関わる政策は、規制によって抑え込もうという発想が強い。

この点については、他の欧州当局者も同様だ。例えば欧州委員会は、今年に入って仮想通貨の取引所に、通常の銀行と同様の顧客認証を義務付ける方針を打ち出している。

次に、仮想通貨が浸透した場合、中央銀行の金融政策にどのような影響を与えるだろうか。欧州の有力シンクタンク・ブリューゲルが今年6月に公表したレポートは、仮想通貨は、銀行の金融仲介機能を通らず、別のルートで経済活動に影響を与えること、金融危機の際に必要な流動性として供給できるかどうか不明であること、以上の点を含めてそもそも発行主体の責任が明らかでないことに言及している(注2)。

中銀デジタル通貨の可能性

それでは、中央銀行自身が発行するデジタル通貨(Central Bank Digital Currency,CBDC)の場合はどうか。

ここでも冒頭述べた欧州中銀スピーチは、第一に、デジタル通貨であればゼロ金利制約に捕われないという主張に対し、非伝統的な金融政策としてのゼロ金利政策は、資産買い入れやフォワードガイダンスなど他の手段との組み合わせによって実効性を持つと述べている。

第二に、デジタル通貨が通貨を発行・所蔵・流通させるコストを低下させるという主張に対しても、現状、ユーロ圏の取引の80%が現金で行われていることを挙げ、デジタル通貨を導入するメリットは低いと判断している。

欧州議会もまた、仮想通貨の安全性、透明性、迅速性を認めながらも、市民の立場から、現金通貨と中央銀行の地位を脅かすものではないと述べている。

以上のように、ユーロ圏全体として、全体としてキャッシュレス化がそれほど進んでいないため、一般市民の理解を得ることが必要であること、ユーロ圏内でもキャッシュレス化の進展にばらつきがあり、特に域内最大の経済大国であるドイツのキャッシュ比率が低いことが挙げられる。

この点、経済産業省が2018年4月に「キャッシュレスビジョン」に示された統計によれば、欧州でキャッシュレス比率の比較的高い英国が54.9%、スウェーデンが48.6%であり、ドイツは日本の18.4%よりも低い14.9%にすぎない。

ブロックチェーンへの強い期待

一方、ECBは仮想通貨・デジタル通貨技術の中核をなすブロックチェーンの応用については、強い関心を示している。

この背景には、EU加盟国を含む34カ国の地域内で、決済ルールや、通信プロトコルのような技術標準の統一化を図り、域内で送金・口座振込や自動引き落しなどの自由な決済サービスを実現する「単一ユーロ決済圏(Single Euro Payments Area, SEPA)」という取り組みがある。

以上のように、デジタル通貨の最近の進展は、異なる国から構成されるユーロ圏の金融市場と金融監督を担うECBにとって、デジタル通貨を導入する難しさとユーロに関する決済をより安全迅速に行うための有用な技術という両面を持っている、ということができる。

今年2月、欧州委員会もまた、欧州委員会はEU Observatory and Forumと呼ばれる組織を立ち上げ、EU域内で知識を共有する拠点になると同時に、国際的にコミュニケーションを行っていくとした。

欧州委員会は、「欧州の成長戦略」という広い観点から、ブロックチェーンは金融に限らず広く応用可能な技術であり、これを用いてイノベーションを起こせると考えていること、現在、ブロックチェーンの国際的標準を定める法的な議論が進められていることからすれば(注4)、欧州が標準作りを主導したいという狙いもあると思われる。

ユーロ圏と日本の共通性

以上述べたユーロ圏の状況は、日本の現状と似ている。

日本でも国民の現金志向が高いだけでなく、銀行経由の信用仲介などへの影響、ひいては銀行経営への影響について考慮しなければならない(注5)。

以上の点に関し、今年3月に公表された「日本銀行とECBの共同調査プロジェクト」にみられる、日欧の共同実験により、資金決済から証券決済まで検討が進んでいるのは、以上のような技術面を重視する発想に沿ったものといえる。

具体的には、中央銀行にとってブロックチェーン技術は中央銀行デジタル通貨だけでなく、「既に実質的にはデジタル化されたデータとして管理されている中央銀行当座預金」(注6)についてブロックチェーン技術を応用する、ということも含まれる。

以上のようなブロックチェーン技術の適用が進んだ場合に、その延長線上で初めて、金融機関向けの「中銀版デジタル通貨」(注7)などの現実性が浮上してくることになるだろう。


(注1)Yve Mersch, ’Why Europe still needs cash’ (ECB HP, April 2018)
(注2)Grégory Claeys, Maria Demertzis, Konstantinos Efstathiou, ‘Cryptocurrencies and monetary policy’ (Bruegel Policy Contribution, June 2018)
(注3)European Parliament ’Virtual currencies and central banks monetary policy :challenges ahead (European Parliament HP, July 2018)
(注4)久保田隆編「ブロックチェーンをめぐる実務・政策と法」(中央経済社、2018年4月)
(注5)翁百合「リーマンショック後の金融システム」(日本経済研究センター講演資料、2018年8月)
(注6)日本銀行決済機構局「中央銀行発行デジタル通貨について」(日銀レビュー、2016年11月)
尚、本コラムの「仮想通貨」「デジタル通貨」などの定義についても、上記レビューに依拠した。
(注7)白井さゆり「中銀版デジタル通貨の行方-金融機関向け仮想通貨軸に-」(日本経済新聞「経済教室」、2018年7月)



2018年は、ブレグジット交渉が正念場を迎える一方、ECBによる量的緩和政策の修正は一段と進むと考えられます。本レポートでは、欧州政治・経済の展望をバランス良く展望していきます。(毎月1回 10日頃掲載予定)。