J・ティロールが見た欧州―ユーロの始まり・現在・未来―
2019/03/11
2016年ノーベル経済学賞を受賞したフランスのJ・ティロール教授による著書「良き社会のための経済学」は昨年日本でも翻訳され、大きな反響を呼んだ(1)。
その広汎な内容の中から、本レポートでは欧州統合・ユーロに関する記述に絞って内容を紹介した上で、欧州の現状にどのような示唆を与えるかについて検討したい。
ヨーロッパの建設
欧州は過去の戦争への反省から、ヨーロッパの連帯を実現し各国のエゴを封じて、新生ヨーロッパの経済基盤の上で貧しい国や地域の発展を促そうとした。次第に「市場開放などの改革を通じて経済を近代化する困難な仕事を第三者機関、つまり欧州委員会にやらせようという意図が高まった。
単一通貨ユーロは、1999年に誕生した時には希望そのものだった。ここで注意すべきは、(「最適通貨圏」という)通貨同盟にとって理想の条件が整っていないことは、最初から認識されていた。
即ち、一つの通貨圏で経済が好調な国から不調な国へ、財政による資金移転と労働者の移動が起きるというショックの安定化装置が欧州では機能していない。欧州各国間の労働者の移動は、米国の各州間の3分の1程度である。
しかし域内貿易が60%以上を占めるEUでは、単一通貨の導入が為替リスクの除去を通じ取引コストの低下につながるだけでなく、貯蓄率など各国の経済状況のばらつきを平準化し全体を安定化させることが期待されていた。
以上のようなユーロ誕生時の状況に対するティロールの認識は、現在では欧州・米国の双方で広く共有されているといえる。即ち、従来米国を中心になされていた「ユーロは最適通貨圏でないからうまく行かない」という批判以外の点にその後発生したユーロ危機の真の原因があると考え、次の議論が展開される。
ユーロ危機の根本原因
1999年のユーロ誕生からギリシャ危機が表面化する2009年までの10年間、南欧諸国は二つの問題に直面した。一つは生産性を大幅に上回るペースで賃金が上昇し、その結果、各国の競争力が低下したこと、もう一つは、全体として公的・民間の双方で債務が過剰になったことだ。
競争力の低下は、自国製品の価格上昇という形で現れ、輸入の増加による貿易収支の悪化につながる。しかもここで為替レートの調整という手段は使えない。赤字の穴埋めには、自国の株式や不動産などを外国に切り売りするしかなくなる。そのため貿易の不均衡は、最終的には南欧諸国に貧困をもたらす。
尚、この観点からみると、フランスは南欧諸国に含まれ、ドイツと対照的であることに注意が必要だ。組織的に賃金を抑制してきたドイツは、一人勝ちであると批判されてきたが、実際には南欧諸国にとってプラス・マイナスの両面がある。
プラス面とは、消費者が、同じ品質であればより安価なドイツ製品を買えるということだ。マイナス面とは、自動車産業に代表されるドイツとの競争に直面する産業の労働者が、不利益を被るということだ。
もう一つの問題は公的・民間双方の債務増加だ。南欧諸国では通貨同盟への参加により、インフレ率が相対的に高いにもかかわらず長期金利が低下した。これに各国の銀行規制の緩さが加わり、バブルが形成された。
その延長線上には、市場がある国について「債務返済能力があるのか」と疑い始める瞬間があり、それ以降、リスクプレミアムが要求されることになる。さらに状況が悪化すれば、ギリシャのように資金調達が困難な状態に陥る。
即ち、ティロールによれば、当初、南欧諸国の間で通貨統合への参加により将来への楽観的な見方が広がり、これに外国人投資家も同調して、金利が低下した。しかし実際には、調達した資金は債務返済につながる貿易財に投資されず、不動産に代表される非貿易財に投資された。前節の議論に即して言えば、南欧諸国は金利低下というメリットのみを先取りし、それに見合う政策や投資行動を実行しなかったということになる。
さらに、膨張する債務に対する長年に亘る欧州の銀行監督の甘さが指摘される。特にスペイン等で見られた地元政治家と結びついた地域金融機関の不動産融資が問題となった。そのため2014年にECBがユーロ圏の銀行に対する監督権を持つ「単一監督メカニズム」が発足した。
一方、公的債務について、財政規律の緩む危険をマーストリヒト条約が予見していなかった訳ではなかった。そこでは、年度毎の財政赤字と公的債務残高の上限が定められ、他の加盟国の債務引き受けを禁じる「非救済条項」も規定されていた。
しかしティロールは、以上のような規定が元々骨抜きにされるべく設計されており、実効性がないことを問題にする。そもそも先に述べたように、各国ごとの債務の持続可能性は一律の数字で考えるべきでないうえ、社会保障を含む公的債務には抜け穴が多く正確な計測が難しく、各国間の相互監視についても、ある国の政治家が他国の状況に口を出して怒りを買いたくない、という動機が互いに働くため有効に機能しにくい面があった。
このように情報が行き渡らず、規制が十分に働かないことが予見できる状況では、各国政府は国民の支持を得やすい財政拡大策に走るというモラルハザードの状態に陥りやすい。
この点は、米国を一つの「通貨同盟」とみなした場合、1840年以降、各州及び市に対し一度も政府による救済が行われた例がないため「非救済条項」に対する信認が確立していると言えることとは対照的である。
ヨーロッパに残された選択肢
以上のような検討の上で、ティロールは、今後、欧州が進むべき道として、二つの戦略を示している。
第一に、現在の条約を前提として、公的債務残高と財政赤字の監督のみ主権を放棄する「マーストリヒト方式」である。この現状を前提としつつ、最低限、財政政策については主権を放棄させようという内容である。
先に述べた財政の相互監視の制度はユーロ危機を契機に強化されたが、その後、昨年末にかけイタリアのポピュリズム政権が財政赤字の拡大を含む予算案を提出した際にはやはり、EU内で妥協せざるを得なかった。今後このような事態を避けるための最低限の改革と言えるだろう。
第二に、主権を越えてユーロ共同債、共通予算などによりリスクを共有する「連邦方式」である。フランスのマクロン大統領の考え方に近く、実現に向けた政治的なハードルはかなり高いと言わざるを得ない。
ティロール自身も連邦方式の実現は、(ドイツを中心とした北ヨーロッパの)富裕な地域がどう考えるかにかかっていると述べており、そのような限界を認めたうえで、理論的にあるべき姿を描くことを自らの役割と考えているようにみえる(2)。
しかし、ここで二つの現実的な提言が行われていることに注目したい。一つは、主権の委譲はリスクを共有することになり、各国が一つの保険契約に加入するのと同じであるため、豊かな国々がこれに応じるために、問題を抱える国々の負の遺産については一旦切り離して考えるべき、としている点だ。
例えば共通の預金保険制度を設計する場合には、過去に銀行が被った損失については、引き続き各国の責任で処理することが提案されている。
もう一つは、主権の委譲には(明確で実効性のある)共通の法体系を持つことが重要であると述べた上で、単一の銀行監督を含む「銀行同盟」を連邦主義の萌芽として積極的に評価している点である。
即ち、欧州各国の政治状況からすれば、現状は第一の選択肢である財政規律の共通化さえ、困難な状況だと言わざるを得ないだろう。しかし銀行同盟のように、その必要性が各国の間で承認され制度が的確に設計・運営されれば、主権と財源は徐々に委譲されていくことになる。逆にいえば、現在の欧州では、このような地道な政策の積み重ねしか取るべき道はない。
また、欧州中銀(ECB)は今般、3月7日の政策理事会で、年内は利上げしないこと、今年9月に新たな資金供給制度TLTRO3を開始するとアナウンスした。景気減速の下方リスクが強まっているという自らの見通しによるものだが、その後の記者会見の質疑からも、この決定が市場の期待に先行する踏み込んだ内容だったことが伺える。
以上のように、今後の欧州・ユーロ圏の改革については、上に示された二つの方式の二者択一によるのではなく、今年秋に新たに就任する欧州委員長とECB総裁が、時宜に応じた具体的な提案を積み重ねるという柔軟性と政策の方向性を明確に示し国民や市場の期待に働きかける先見性を持っているかどうかという点が問われるのではないか。
(注)
1.「良き社会のための経済学」(2018年、村井章子訳、日本経済新聞出版社)。尚、原題は
‘Économie du bien commun’であり、直訳すれば「公共利益(あるいは共通利益)の経済学」という意味である。
2.この点は、詳細な実証分析を行ってきたピケティが、金融危機の処方箋として「世界共通のトービン税」を提唱している点にも似ている。本レポート「ピケティがみたユーロ危機 ―始まり・深刻化と処方箋―」(2015年5月)参照。
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