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林秀毅の欧州経済・金融リポート

英離脱延期後の欧州―イタリア・対中関係・欧州中銀―

 

2019/04/12

ブレグジット交渉が再び動き始めた。4月10日の臨時EU首脳会議で、EUが今年10月31日まで交渉延期に応じると伝えられた。今後どのように変化していくだろうか。

英国とEU:認識ギャップをどう埋めるか

今般、4月10日に行われたEU臨時首脳会議において、10月末までの延期(no longer than 31 October 2019)が決定された。

EUにとっての離脱交渉の延長に応じるための条件として、合意文書に述べられている通り、英国による5月の欧州議会選参加は、英国がEU加盟国であり続ける限り、譲ることはできないはずだ。この点もクリアーできなければ、いよいよ「合意なき離脱」が現実的にならざるを得ない。

一方、「あくまで現状の離脱協定案に応じろ」という要求は、英国にとってはハードルが高く、EUとしてもこの点を落とし所とは考えていないだろう。

今後は、英国議会がEU議会選挙への参加などの条件にどこまでコミットを見せるかどうかにより、ノルウェー方式を軸とした交渉の進展あるいは交渉期間の再延長が議論されていくことになるだろう。

ここで改めて、何故、英国とEUの認識がここまでずれているのか、という点について検討したい。この点を考える上で、ロンドン・シティの有力エコノミストの一人R・ブートル氏による「欧州解体」の記述を取り上げる(注1)。

第一に、ブートル氏によれば、EUはそもそも「張り子の虎」にすぎず、解体されるべきものである。

ユーロ危機によってEUの制度に対する信認が市民や金融市場から失われたという認識は、前月の本レポートで取り上げたティロール氏にも共通している(注2)。

しかしこの点を前提としつつ、ティロール氏は「現存する制度を、政策によってどうすれば改善できるのか」と言う観点から議論を進めている点が大きな違いだ。この点は、仏独を中心としたEU側の、戦後長い時間をかけ各国間の条約により築かれてきた制度を簡単に壊すことはできないという認識に立った議論がなされていると考えられる。

第二に、ブートル氏は、ユーロ圏は財政移転と労働移動が行われる「最適通貨圏」ではないとしており、この点もティロール氏と認識は共通している。

しかし各国がユーロを自国通貨に戻せば、通貨の下落を景気回復の手段として用いることができるとしている。しかし元々ユーロを使用しておらず経済規模も大きい英国であればともかく、南欧の国々がユーロ圏から離脱した場合、市場でこれらの国々の通貨が投機の対象にならず為替レートの適度な調整が行われるか、という点には疑問が残る。

以上のように比較すると、英国内の議論の混迷は、単に英国の国益をEU全体の利益より優先するかどうかだけでなく、EUの制度を、理論的に正しくないとして批判するか、政策的にどう改善すべきと考えるか、というアプローチの違いがあるようだ。

現状、英国内では依然、英議会(下院)の議論紛糾が続いている。メイ首相は事態が進展すれば辞任してもよい意向とされているが、しかしメイ首相がEUと合意した離脱協定案は議会で否決されたままの状態が続いている(注3)。

EUはこれまで英国に対し「いい所取りを許さない」という厳しい態度で臨んできた。冒頭述べたように、英議会が何も新たな決定を行わないままであれば、今後も「合意なき離脱もやむを得ない」という厳しい態度で臨むだろう。しかし次に英国とEUの考え方を比較して述べたように、EUがより現実的に問題の対処を考えているとすれば、事態の変化により柔軟に対応できるのもまたEU側ということになるだろう。

英国とイタリア:対中関係を巡って

今後、離脱交渉が仮に進展を見せた場合、注目されるのは英国と中国の関係が緊密化するかどうかという点だ。この点、ブートル氏は「中国がロンドンを多くの国際間取引のハブとして利用するのは間違いない」(前掲書)と述べている。英国のキャメロン前首相が中国に接近したのは、EUに対するけん制をかけ国民投票前に譲歩を引き出すという意味もあった。

中国からみれば、離脱によってシティの金融市場としての魅力は一旦低下しているものの、後述のように「米中冷戦」が続き苦戦する中、孤立した英国と関係強化を有利な条件で進め、欧州からの技術移転などを図りたいという意図は十分にあるだろう。

それでは以上のような英・中関係を、伊・中関係と比較するとどうだろうか。イタリアのポピュリスト連立政権は、少なくとも5月のEU議会選挙まで国民の人気を維持することが最優先であり、中国の支援によって有権者の目につきやすいインフラプロジェクトに取り組むことにはメリットがある。

その一方で、欧州の市場では、3月、欧州中銀(ECB)が新たな金融緩和策(後述)を打ち出した際には、伊国債の利回りが急低下した。

さらに遡ると、昨年末にかけてイタリアが拡張的な財政予算案を作成した際、欧州委員会が部分的な修正で妥協したのも、イタリアがEUにとり「大きすぎてつぶせない国」であるためだ。

このように、イタリアのポピュリズム連立政権、特に政治交渉に長けたサルヴィーニ副首相は、EU・ユーロ圏に属することで得られるメリットを良く理解しているはずだ。

イタリアとしては中国とEUを互いに競わせ、双方から資金支援など最大限のメリットを引き出そうとする狙いがあり、英国にならってEU(あるいはユーロ圏)から離脱する動機はないといってよいだろう。

一方、以上のような英・中関係及び伊・中関係を中国の側からすれば、「米中貿易戦争」が現状、安全保障と結びついた世界の覇権争いに転化する中で(注4)、中国にはイタリアのような南欧、あるいは中東欧の周辺国を突破口に、欧州との関係を深めたいという狙いがある。

この点、欧州のエコノミストは、中国はポピュリスト政権のイタリアとは「一帯一路」における協力という政治的なコミットを行い、フランスには先端技術協力を求めるといった相手国の事情を考えた肌理の細かい戦略を取っていると述べている(注5)。

しかし、3月上旬、対内投資のプロジェクト審査(スクリーニング)のEU規則が承認された。これは実質的には、中国に高度な技術移転が流出することを防ぐための規定だ(注3)。

この案は2017年9月の段階で欧州委員会から提案されていたが、当時は加盟国間で中国に対する姿勢の足並みが揃わなかったため、各国の判断で実施することになったものだ。

中国もまた、本来は重要な貿易相手である欧州との関係を深めたいが、欧州全体としては中国に対する警戒感が強まっていると言わざるを得ない。

欧州中銀の新金融緩和策:短期のリスク・長期のリスク

4月10日、欧州中銀(ECB)のドラギ総裁は、欧州中銀(ECB)の政策理事会で、前回3月8日に決定した新たな金融緩和策に言及し、金利が低下しても政策の余地はあると述べた。

3月の記者会見の内容などから、2019年末までは政策金利を据え置くこと、2019年6月末から2020年3月末までの間、TLTROⅢという期間2年のローンを供与するという内容は、一般には、世界的な景気減速の影響に加え、ブレグジットと5月23日から実施されるEU議会選挙といった今後のリスクに備えるため、現状の政策枠組みの継続を早めにアナウンスしたものと理解されている。

しかし、長期的な視点で見ると、むしろ欧州域外で高まるリスクに留意すべきではないか。即ち、中国では労働者不足と賃金上昇により成長鈍化が続く中で、不動産に行われた非効率な投資を処理するという構造問題を処理しなければならない。

一方、米国では、貧富の格差拡大という問題を放置しながら過大な財政支出と金融政策への緩和圧力により雇用と成長を維持することの限界が明らかになるだろう。

域外の主要国でこうした状況が進んだ場合、ユーロ圏は対外的な要因の影響を受けて成長が鈍化すると共に、ユーロの為替レートが押し上げられることになる。欧州中銀は「為替レートは金融政策の目標ではない」として公式に言及はしないが、景気下振れ時にユーロ高が進めば、デフレ圧力の一層の高まりにつながる。

上に述べた欧州の不安材料や米欧金利差などから、金融市場ではユーロはドルに対し下落傾向を強めるという見方が強いようだ。しかし、現状1ユーロ=1.12ドル近辺で推移しているユーロ・ドルレートが上のような考え方に沿い、1ユーロ=1.20ドルの水準まで押し上げられれば、ECBはこのような変化に敏感に反応するだろう。

この場合、インフレ率(HICP)について、2019年1.2%、2020年1.5%、2021年1.6%という見通しは崩れ、実質GDP成長率についても、2019年1.1%から2020年1.6%へというシナリオも下方修正圧力が働くことになるだろう。

以上のように考えると、ドラギ総裁の「政策余地はある」という発言、さらに遡れば前回3月の記者会見における「TLTROⅢは信用状態を好ましい状態に保つための動機を与える(TLTROⅢ will feature built-in incentives for credit conditions to remain favirable)」という一節には、中長期のリスクも意識した意味が込められているようにみえる。

先般3月に組まれた緩和スキームは、仮にブレグジット交渉が今回の延期の延長線上で短期的に市場に対し悪影響を与えないままとなった場合でも、今後数年間の米国・中国経済をはじめとした対外的なリスクに対処する(あるいは対処する手段があることを市場に示す)「ドラギ総裁の置き土産」と言えるのではないか。

(注)
1. ロジャー・ブートル「欧州解体」(2015年、東洋経済新報社)参照。
2. 本レポート「J・ティロールが見た欧州」(2019年3月)参照。
3. 本レポート「ブレグジットと日欧EPA―国際的データルールの形成へ―」(2019年2月)では、メイ首相はブレグジットの混乱を収拾したという政治的な名声が歴史に刻まれることを確認した上で、後任に道を譲ることを選択するだろうと述べている。
4. 当センターセミナー「AEPR特別セミナー 米中貿易戦争の行方」(マーカス・ノーランド、関志雄、2019年4月)。
5. Alisia Garcia-Herrero ’Takeaways from Xi Jinping’s visit to France and Italy ideas for the EU-China Summit’ (Bruegel,Opinion,2019年3月)。このような観点から、上に述べた中国による英国に対する今後の姿勢を考えることができるだろう。
6.ジェトロ「欧州における「一帯一路」構想と中国の投資・プロジェクトの構想(その2)」(2019年3月)、本レポート「欧州は中国をどう見ているか―「一帯一路」、米中貿易戦争、Brexit―」(2018年11月)参照。