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林秀毅の欧州経済・金融リポート

「米中貿易戦争」と欧州 ―三つの戦略・三つの立場―

 

2019/05/10

関税引き上げ表明に至る経緯

「米中貿易戦争」が一段と深刻さを増している。中国製品に対する制裁関税を25%に引き上げると突如ツイッターで明らかにした後、その理由として「中国は約束を破った」と述べたトランプ大統領の真意をどう読むのかを図りかねる事態が市場の不確実性につながり、金融市場に対する悪影響が強まっている。

時間的に遡ると、米中関係の大きな転換点は、昨年10月のペンス米副大統領の演説にあった。この時点まで、米国の中国に対する要求が、通商・貿易の範囲内にとどまるのか、政治・安全保障まで含んだ全面的な覇権争いにつながるかどうかは明らかではなかったが、ペンス演説以降、米国の意図が後者であることが明確になった(注1)。

一方、中国は、昨年秋以降当初は戸惑いを見せ、ある程度妥協する姿勢を見せる局面もあったが、次第にトランプ政権の「脅し」ともいえる手法に対する「慣れ」が見られるようになった、という市場の見方がある。

米国が中国に国家主導による経済運営を改めるよう要求しても、中国は第一に国内経済の梃入れに注力し、第二に米国以外のできるだけ多くの国々と関係強化に努めてきた。

これに対し、中国の態度を改めさせる「全面勝利」を目指したトランプ大統領が焦りを見せたのが今回の決定だ、という考え方だ。

欧州の現状認識と「三つの戦略」

以上のような米中貿易関係の深刻化を欧州はどうみているか。

これまでの欧州の認識をみると、今年2月に公表された欧州委員会によるEU経済見通し、3月に公表された欧州中銀(ECB)スタッフ見通しといった直近の公式資料には、グローバルな不確実性の高まりの要因として、英国のEUからの合意なき離脱に加え、米中貿易摩擦を中心とした保護主義の影響が挙げられていた。

具体的には、主要な景況感指数の悪化が目立っているため、外部要因の悪化への懸念が域内の景況感悪化による消費・投資の下振れという間接的な影響につながっているという見方ができる。

それでは、より直接的に、対米・対中の貿易動向は今後どうなっていくだろうか。

ブリュッセルのシンクタンクブリューゲルからアジア在住のエコノミストが4月上旬に発表したレポートによれば、確かに、保護貿易主義は経済成長にマイナスの影響を及ぼすが、米中摩擦により両国間の貿易が減少することにより、米国に代わって、欧州から中国への輸出増加が期待できる(注2)。

その理由は、米国及び欧州から中国への輸出品が、エネルギーと農産品を除けば(自動車・航空機など)コアの部分で重なっているためだ。

今後、欧州は、米中摩擦に対して、どのような戦略を取るべきか。ここでは三つの戦略が考えられる。第一に、独自の立場を守り世界の自由貿易を守り続けることである。しかしそれによって孤立するのであれば、その立場に留まるべきではない。

第二に、米国の姿勢変化に期待をかける「大西洋同盟」という選択がある。しかし米国が欧州に強硬な姿勢を取り続けるのであれば、第三に、中国との距離の接近を図るという選択肢がある。この場合、欧州は第二の選択肢とは対照的に、米中の対立について中立的な姿勢を取らざるを得なくなる。

米中欧・「三つの立場」

以上の分析を前提に、欧州は現実にどの戦略を取る可能性が高いといえるだろうか。この点を、米・中・欧、それぞれの立場から検討したい。

第一に、米国の姿勢はきわめて強硬且つ短期的である。その理由は、米中の対立が覇権争いになっているだけでなく、保護主義的な政策のデメリットが自国の選挙民に意識されてきたことに対し、目先の交渉で少しでも成果を収め国内に示したい、と考えているためだ。

この姿勢は対欧の貿易交渉においても同様だ。自動車・農産品を中心に難問が山積している上、これと並行して、GAFAに対するデジタル課税などを通じ、デジタル市場に対する基本的な価値観の違いも表面化している。

第二に、中国は、相手国の状況により貿易面と政治面を柔軟に切り離して考える戦略を取ってきたが、今回の米国の強硬な姿勢に対しては正面から対峙せざるを得ないだろう。

そのため、中国は、欧州・日本等、冒頭述べたように、第三国との貿易・経済関係を重視し始めており、例えば今春以降、習国家主席・李首相が欧州を歴訪するに至った(注3)。

第三に、以上のような米国・中国の姿勢をふまえた場合、欧州からすれば、短期的には中国に接近することにより、米国からの輸出に代わり欧州から中国向けの輸出増というメリットが期待できる。

一方、この場合、欧州が従来から、欧州企業に対するM&Aを通じた中国への技術移転に従来から強く反発していること等との関係が問題になる。

しかし、米国が中国に対する強硬な姿勢を変えず、中国が第三国との貿易経済関係強化を求め続けるとすれば、今後、欧州が対中戦略をある程度修正し(上述したブリューゲルによる第3の戦略に相当)、中国への技術移転への強い反発などは一時的に緩和される可能性が高まるのではないか。

最後に:欧州と日本の違いはどこか

最後に、以上のような米中対立における欧州の立場を日本の立場と比較してみたい。

以上述べた欧州による対中戦略の修正シナリオは、欧米首脳間の個人的な信頼関係がトランプ政権発足後、かなり早いタイミングから弱まっていたことが前提になっている。

この点が、日米関係では異なっており、日本は今後も対米関係全般の維持にコミットせざるを得ない。

一方、対米関係への日本のコミットメントに対し、先に述べた通り、中国からみれば、自国経済の難局打開を優先し米国以外の国々との経済関係を強化する姿勢である以上、日本との関係改善を進める上では支障になりにくいといえるだろう。

(注)
1.本レポート「欧州は中国をどう見ているか-「一帯一路」、米中貿易戦争、Brexit-」(2018年11月)。
2.Alicia Garcia Herrero, ’Europe in the midst of China-US Strategic Economic Competition : What are the European Union’s OptionsS?’ (Bruegel,2019年4月)
3. Chi Hung KWAN(関志雄)’The China-U.S. Trade War: Deep-rooted Causes, Shifting Focus and Uncertain Prospects(Asian Economic Policy Review, Vol. 15 Issue 1,Trade War,To be published in January 2020)