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林秀毅の欧州経済・金融リポート

欧州・今年後半に向けた展開-危機は防げるか-

 

2019/06/10

ロドリックの警告:貿易戦争と「瀬戸際の欧州」

米国の著名な政治経済学者ダニ・ロドリックはこれまでにも、グローバリゼーションと国家の関係について、鋭い分析を展開してきた。

その新著「貿易戦争の政治経済学」(原題:Straight Talk on Trade)では、経済学者がこれまで自由貿易の利益のみを強調し、それが同時に起こす分配効果の変化―製薬会社・金融機関・IT企業に利益をもたらし、製造業の労働者の不利益になる―を十分に説明してこなかったため、かえって政治家が「自由貿易の害悪」を国内の有権者向けに訴えやすくなってしまったと指摘している。

一方、そのすぐ後に、進みすぎたグローバリゼーションの例として、欧州域内の単一市場と単一通貨の試みを挙げている。経済統合を広範囲で進める一方、政治統合は限定的であり、両者の隔たりは、「民主国家においては過去に経験したことのない水準」まで拡大した。

そのため、経済の安定性が脅かされる危機的な事態に至った時に、与えられた政治プロセスでは対処できないのではないかという懸念が高まった。このような不満の受け皿となったのが極右勢力や英国のEU離脱派だった。

即ち、ロドリックによれば、以上の二つの議論―自由貿易と欧州統合―には、グローバリゼーションの恩恵を受けられず「だまされた」「知らなかった」と感じた有権者の不満が爆発した、という共通点がある。

欧州議会選挙をどう見るか

上に述べた「欧州の指導者にだまされた」と有権者の気持ちは、5月23日から実施された欧州議会選挙に、どのように表れただろうか。この考え方に沿い、現時点の選挙結果についてポイントをまとめると、以下のようになるだろう。

(1)多くの国で政権を担い、欧州統合を推進してきた中道右派・中道左派が大きく議席を減らし、過半数割れとなったこと。
(2)懸念されていた極右勢力だけでなく、環境政党やリベラル政党などに広く支持が回ったこと。
(3)英国ではブレグジット党が不満の受け皿となる流れになったこと。

(1)について、最大の打撃を受けたのはドイツだろう。二大政党による大連立によって埋没した結果の敗北であるとされ、社会民主党(SPD)の党首が辞任の意向を表明する事態に発展した。ドイツ経済の景気の下振れもあり、現政権の不安定化は避けられない状況だ。

(2)については先ず、リベラル勢力に位置付けられるフランス・マクロン大統領の「共和国前進」が票を伸ばした。但し、フランスでは、欧州議会選は従来から極右政党の国民戦線に投票が集まるなど、「不満のガス抜き」にすぎないという傾向が強い。内政で問題が山積するマクロン大統領の支持が維持され、財政支出の削減につながる改革の実行力が高まった、と考えることはできない。

一方、極右勢力については、議会内の結集が試みられているが、そもそも各国内のさまざまな不満を吸い上げて成り立っており、主義主張の異なる「烏合の衆」が結束することは難しい。イタリアで「同盟」が勝利し、政治的嗅覚に勝るサルビーニ氏の人気が追認されたことは、むしろポピュリスト連立政権の不安定化につながると思われる。

(3)については、メイ首相の辞任表明が、5月24日という欧州議会選の日程と重なる最悪のタイミングでなされ、ブレグジットの議論が混迷していることへの不満がブレグジット党への投票につながった。

筆者はかねてから、メイ氏は英国の政治家として「混乱するブレグジットを収拾し道筋を付けた」という名を残せば権力の座には執着しないのではないか、と考えてきた(ブレグジットと日欧EPA ―国際的データルールの形成へ―(19年2月)参照)。

しかし今回の選挙結果により、現地から伝えられる通り、次期首相を選ぶ流れは、一気に強硬離脱派のジョンソン氏に向かっている。

それでもなお、英議会内で各派が対立する現状が変わらない以上、ジョンソン氏が首相に就任しても議論が混迷した状況は変わらないだろう

そのためジョンソン氏の下でも10月末に合意なき離脱が実現する可能性は低く、最終的に再国民投票ないし総選挙を実施する必要が再認識されることになるだろう。

その時まで、時間の経過と共に一段と悪化しているはずの英国の経済状態を受け、英国民がどのように行動するだろうか。

欧州経済への影響とECBの追加緩和策

欧州議会選の結果を受け、7月には同議会により欧州委員長が選出される。マクロン氏の勢力などが協力し、議席数を減らした中道政党から当初想定されたウェーバー氏が選出されることが、現状では最善の選択肢ではないか。

フランスのバルニエ氏やオランダのルッテ氏など「実力派」が就任すれは、ブレグジット交渉やユーロ圏改革の進捗に多少は寄与するかもしれないが、冒頭述べたように主要国政権の力が弱まり経済の下振れ傾向も強まる中では、誰が就任してもEUレベルで抜本的な政策を実現することは難しい。

一方、ドイツからウェーバー氏が欧州委員長に選出されれば、現状、弱体化したドイツの連立政権の下で、欧州主要国間の政治力学を考慮すると、ドイツからバイトマン氏が、欧州委員長と同じ10月末のタイミングで交代するECBの総裁に選出される可能性がほぼ無くなることが大きい。

ここで、ECBの政策運営に話を移すと、今回、米中間における保護主義の脅威という外部要因を理由に、経済見通しを下方修正した上で、今回の政策理事会で、金利据え置き時期を2020年前半まで延長した。

しかし、その後の記者会見の質疑でドラギ総裁は、自動車輸出など製造業の活動が外需の悪影響を受けることは過去にもあったが、その後はリバウンドがあった、と述べている。

ユーロ圏のより深刻なリスクは、第一に、イタリアを中心とした財政支出の増加が見込まれることである。イタリアのポピュリスト連立政権は、前節で述べたように、支持を伸ばしたサルビーニ氏が自信を深めた場合、あるいは連立相手の「五つ星」と路線の対立が深まり妥協が図られた場合、いずれも財政支出の拡大が図られやすい。

ここで欧州委員会がイタリアの財政赤字の拡大にしっかりと歯止めをかけたと市場が判断しなければ、イタリア国債市場から「危機の芽」が生まれる。

しかし問題は、かつてユーロ危機時、ドイツにみられた各国の財政規律を重視する考え方を転換し、柔軟な危機対応の姿勢を示せるかどうか、という点ではないか。

第二に、今後、ユーロの為替レートが上昇に転じた場合の対応だ。従来、ユーロは対ドルで下落傾向が続いていたが、直近では、米国金利の先行きの変化に伴い、反転傾向の兆しも見える。今後、ECBが据え置きを続けているだけで、追加緩和の手段が見当たらないことを見透かされた場合には、欧州経済が上向かないまま、ユーロが対ドルで押し上げられることになるだろう。

筆者は、ドラギ総裁はこれまで「為替レートは政策目標ではない」という建て前を崩さずに、ユーロが上昇し実体経済に悪影響を与えていると考えた場合には、「輸入物価の変化を通じてユーロ圏内のインフレ率に影響を与える」といったロジックを用い、市場にシグナルを発していたと考えている。

今回の金利据え置き延長について、バイトマン氏がこれを容認したと伝えられている。上述のようにドイツを含むユーロ圏各国の製造業が外需による悪影響を受けているのであれば、当面、緩和策を支持することになるだろう。

しかし、財政規律及び為替レートについて、インフレ率上昇につながる政策を取ることにドイツが持つ強い警戒心を、ユーロ圏全体の利害をふまえた柔軟な政策姿勢に転換することは果たして可能だろうか。

2019年の欧州は、域内外に多くの懸案を抱えながら、年後半にかけ首脳人事の交代を迎えます。刻々変化する諸問題の現状と展望を的確にお伝えしたいと思います。(毎月1回 10日頃掲載予定)。