欧州の5G戦略-ファーウェイ対応への示唆-
2019/07/10
5G(第5世代移動通信システム)の実用化に向けた世界の競争が本格化している。これに対し、欧州はどのような取り組みを見せているだろうか。
本レポートでは、欧州で5G推進計画はどのような観点から進められてきたか、欧州がこの分野で中国・日本・米国との協力関係をどう考えているかを検討した上で、ファーウェイ対応、欧州企業の動向についても付言したい。
欧州委員会の推進計画とロードマップ
欧州の5G戦略について、第一の特徴は、欧州委員会の主導によって、5Gが欧州の「デジタル単一市場」、即ちヒト・モノ・カネが自由に流通する単一市場をデジタル化し競争力を高める政策の重要な実現手段として位置付けられ、官民協力で進められてきたことである。
5Gの非常に高い容量は、将来、自動運転、Eヘルス、エネルギー管理など幅広い専門的な分野で活用されることが期待される。5Gは、AIの「目と耳」となりリアルタイムデータを集め分析するために役立つとともにクラウドの機能を高める(注1)。
欧州委員会は比較的早い時期からこのような5Gの有用性を早くから認識し、既に2013年には「5Gに関する官民合同のパートナーシップ」を立ち上げた。
このパートナーシップの場では、EUによる研究投資等を実施すると同時に、以下のような5Gに関する研究・実験を段階的に進める計画が立てられた。
(1)5Gネットワークアーキテクチャーの策定のため、2015年から2017年の間に19のリサーチプロジェクトを立ち上げ、将来の5Gネットワークの技術的基礎と基準作りを進める。
(2)個々の産業を巻き込んだ実験フェーズへの移行のため、2017年から2019年の間に21のリサーチプロジェクトを立ち上げ、人間・ロボット・自動車・機器等、さまざまな主体がユーザーとなることを想定して実験を行う。
(3)エンドトゥーエンドの5Gプラットフォームの構築、自動化され互いにつながるモビリティー技術の実現を経て、産業毎の検証実験の実施まで2018年後半から2019年半ばまでに行った上で、2020年から長期的計画の策定に入る。
以上の計画に基づき、2017年12月、エストニアのタリンで開催されたEUサミットにおいて、2019年に周波数の調整等加盟国間の調整を行い、2020年に各国で少なくとも一つの都市で5G導入を実現し、2025年には主要都市に5Gが導入され互いに接続された状態を実現することが決定された(注2)。
現状は概ね、これまでに述べた欧州委員会の計画とEUサミットの合意内容に沿ったスケジュールで進んでいると言ってよいだろう。即ち、今後、2020年中に加盟各国で導入が始まり、2025年にかけて段階的に普及を図っていくという展開が想定される。
通信分野における国際協力関係の強弱
次に、欧州の5G展開を考える上では、主要国との国際的な協力関係が重要だ。自身の技術的な競争力を高めるだけでなく、国際通信連合(ITU)を中心とする国際的な規格作りの場を通じ、欧州の規格を世界に浸透させたいと考えているためだ。
そのため、EUは、5Gの分野で協力関係を築いている国として、中国・日本・韓国・台湾・インド・米国・ブラジルの7カ国を挙げている(注3)。
先ず、EUと中国は2015年9月に共同宣言を締結している。両者は基本機能の定義、重要技術の開発、今後のスケジュール設定などについて協力すると共に、互いの5Gネットワークなどについて、相互主義とオープンな姿勢を守るとしている。
次に、EUと日本は、2015年5月に共同宣言を締結している。この共同宣言は、欧州の「5Gインフラストラクチャ協会(5G IA)」と日本の「第5世代モバイル推進フォーラム(5GMF)」との間でMOUが締結されたことを受けたものである。
尚、EUと日本は、欧州委員会と日本の総務省が「日EU ICTダイアローグ」を立ち上げた2008年以来、長期間に亘り、ICT政策において緊密な協力を行っている。その任務は、2020年を超える次世代の通信技術とクラウドベースのサービスを提供することにある。
これらに対し、EUは米国との間で、5Gを巡る政策問題は「EU米国ICTダイアローグ」の枠組により定期的に議論されてきた、と述べるにすぎない。
やはり欧州と米国間の関係は、通信を含むICT分野では、データに対する基本思想の違い(個人情報保護か利用可能性か)、国際規格の主導権をどちらが取るかといった点から、企業による市場シェアに至るまで、さまざまな局面で対抗関係にあるようだ。
ファーウェイ問題とサイバーセキュリティー対策
それでは対中国はどうか。この点は、米国が強硬な姿勢を示しているファーウェイ(華技技術)への対応にも影響しているのではないか。
この点について、今年3月、EUは5Gネットワークのサイバーセキュリティーを評価し、予防策を強化するため採るべき手順と施策を加盟国に対し伝えた(注4)。
それによれば、5Gネットワークは、エネルギー、運輸、銀行、健康などの分野で、機密情報を含むシステムをつなぐ重要な役割を果たす。そこで5Gのセキュリティー確保が重要になり、同月のEUサミットの結論において、欧州委員会が各国の検討状況を把握し、加盟国が協調的な取り組みを進めることを求めた。
また、この文書の中で、このような取り組みを行う背景が「欧州における中国の技術的プレゼンスの高まり(rising Chinese technological presence in the Union)」と明確に述べている。
そこでは、下記のような手順が明らかにされている。
(1)加盟国は、今年6月30日迄に各国のリスク評価を完了し、必要なセキュリティー対策をアップデートし、7月15日迄に欧州委員会と欧州サイバーセキュリティー庁(ERISA、在ギリシャ)に送付。
(2)これと並行して、加盟国と欧州委員会は10月1日迄に、検討グループにおいて、5Gに脅威を与えるサイバーリスクについて評価を実施。
(3)以上の分析に基づいて、検討グループは12月31日迄に、加盟国及びEUの両レベルで取るべきサイバーセキュリティー対策について合意。
(4)その後、数週間内にEUで発効が予定されるサイバーセキュリティー規則に基づき、欧州委員会と欧州サイバーセキュリティー庁が各国の認証を行うが、その際には5Gのネットワークと機器についての検討が優先される。
(5)加盟国は、2020年10月1日迄、追加的な措置が必要かどうか評価を行う。
以上のスケジュールに沿って考えると、今年秋から年末にかけ、EU域内でサイバーセキュリティー上の問題点を絞り込み、中国・ファーウェイ側にも改善を要求するといったプロセスを通じて、ファーウェイとの関係維持とサイバーセキュリティーを両立する道を探る展開が考えられる。
尚、ファーウェイはこのEUによる方針を「客観的である」として前向きに評価している。EUからすれば、この問題で米国の決定とは一線を画し、ファーウェイとの間で一定の関係を維持する一方、5Gを中心としたICT分野で米国をけん制する狙いもあるだろう。
それでは、以上のようなEUレベルの内外の取り組みを受けた欧州企業の現状はどうだろうか。
前半で述べた官民協力の枠組みでは、フォルクスワーゲン、ボルボ、プジョー、ABB、ボッシュ等の有力企業が参加し、自動車、ヘルスケア、スマートファクトリー、エネルギー、メディア・エンターテインメントの5業種についてユースケースが検討されている。
さらに最近では、これらの北欧・ドイツ・スイスの先行企業に加え、ドイツ・スイスのテレコムなど、参入企業に広がりがみられる。製造分野では、エリクソン・ノキアなどが積極的に進出している。一方、EU外からは米国のベライゾンなどが欧州においても活発な動きを見せている。今後欧州企業がどこまでキャッチアップできるか、注目される。
(注)
1. European Commission HP, ’ Toward 5G’ (最終更新2019年3月)
2. Estonian Presidency,Council of the European Union,’5G Road Map’ (2017年12月)
3. European Commission HP,‘International Cooperation on 5G’(最終更新2019年4月)
4. European Commission, European Commission recommends common approach to the security of 5G networks’ (2019年3月)
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