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林秀毅の欧州経済・金融リポート

ユーロ圏経済・危機か停滞か -「ドイツ一強」の終わり-

 

2019/08/13

 本レポートでは先ず、混迷が続くドイツ経済について、次にこの点がユーロ圏全体にどのような影響を与えるかという点について、欧州現地の議論を基に展望したい。

ドイツ経済の混迷は一時的ではない

 現在、欧州で話題になっているにもかかわらず、日本で未だ十分に浸透していない話題として、ドイツ経済の構造的な悪化を挙げることができる。

 即ち、2018年以来のドイツ経済の低迷は、中国経済の下振れによる自動車などの輸出減による一時的・循環的なものではなく、以下の理由により持続的・構造的である。

 第一に、ドイツ経済は今でも、自動車・化学・機械という古い伝統型産業に依存している。2010年代前半からドイツ政府が推進してきた「インダストリー4.0」は、一部のグローバル企業だけでなく国全体としてデジタル経済に対応しようという試みだったが、それが中小企業にまで浸透しているとはいえない。

 第二に、2018年以降、単位労働コストが上昇し、競争力が低下している。2000年代の前半、当時のシュレーダー社民党政権が実行した労働市場改革の貯金を使い果たしてしまった。

 第三に、貯蓄性向の高い国民性のために国内消費が伸びない一方、少子高齢化により生産性の伸びは低く抑えられる。

 第四に、「米中貿易戦争」などにより、グローバルバリューチェーンが寸断され、世界経済がリージョナル化していくことは、輸出主導の成長を遂げてきたドイツにはマイナスに働く。

 以上四つの要因は、どれも短期間では変わらないため、ドイツ経済は今後、長期間にわたり低迷せざるを得ない。

 ここで、例えば欧州委員会による最新の「欧州経済見通し」で、ドイツの実質経済成長率を、2019年に0.5%まで低下した後、2020年には1.4%に回復するとしている。しかし、このようなシナリオの現実性は今後、徐々に薄れることにならざるを得ない。

 さらに、ドイツ国内の経済と政治の相互関係について考えると、先ず、以上のような経済の混迷に対し、弱体化した現在の大連立政権が抜本的な構造改革を実行することは困難である。その一方で、このまま経済状態の悪化が続けば、現政権に対する支持がさらに失われる、という悪循環が生まれる。

ユーロ圏の政策協調への影響をどう見るか

 それではこのような「ドイツ1強」の終わりが現実となった場合、ユーロ圏経済全体にどのような影響を与えるか。

 英フィナンシャルタイムズ紙のヨーロピアン・コメンテーター、ウォルフガング・ムンヒャウ氏による「独の不安 反欧州の火種」(日本経済新聞掲載の翻訳版)は、第一に、伝統的な製造業中心のドイツ経済が技術進歩で世界に立ち遅れつつある、という見方では以上と同じ認識に立っている。

 第二に、同氏はそれでもなおドイツの現政権は従来通り財政規律を重んじるため、ユーロ圏の他国と協調して科学技術などへの新たな投資を行うことはしない、という悲観的な見方をしている。

 しかしこの第二点こそ、財政規律にこだわる従来からのドイツ的な考え方を前提にしているのではないか(因みに同氏はドイツ人)。

 欧州には、前節で述べたようなドイツ経済の混迷が明らかになれば、むしろドイツとフランスを中心とした協調関係は改善しユーロ圏経済にプラスに働く、という見方がある。

 この場合、個別国に対する財政支援ファイナンスではなく、明確に使途を定めた各国の共同出資による投資ファンドという形から始まれば、元々ドイツも関心を持ちフランスをはじめとする他のユーロ圏主要国との協調の可能性が見えてくるはずだ。

 そう考えれば、冒頭に掲げた問いは、「ユーロ圏経済は今後、ドイツを中心に停滞する。しかしそれゆえに危機を回避する」といえるだろう。

最後に-足許のリスクをどう考えるか

 以上の議論は2020年に向けた、少なくとも1年以上のタイムスパンの議論である。その前に、イタリアと英国という足許のリスクをどう考えるか、という疑問が生じる。

 確かにイタリアについては、元々主張と利害を異にするポピュリズム政党による連立政権に内在する矛盾が一挙に表面化し、金融市場の懸念が一挙に強まっている。

 一方、英国では、第一に「10月末の強硬離脱を辞さない」とするジョンソン首相に歯止めをかけるバネが英国国内、特に議会内で働くだろうか。

 次に、仮に総選挙になった場合、EUの姿勢から考えれば、離脱は「二度と後戻りできない道」の選択であることを英国民が理解した上で選択するだろうか。

 以上、イタリアあるいは英国で、最悪の事態となった場合については、現在及び今秋以降の新体制下の欧州中銀(ECB)による危機対応の在り方が焦点になる。この点については、次号で述べることにしたい。

2019年の欧州は、域内外に多くの懸案を抱えながら、年後半にかけ首脳人事の交代を迎えます。刻々変化する諸問題の現状と展望を的確にお伝えしたいと思います。(毎月1回 10日頃掲載予定)。