欧州のデジタル・トランスフォーメーション(DX)-フィンテックは新たな段階へ-
2019/12/10
はじめに
近年、デジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)という言葉を頻繁に耳にするようになった。
この背景は、企業がデジタル経済の急速な進展に対応し外部のプラットフォームを利用する考え方が一般的となっていることにとどまらない。
その成果として内部の組織、文化、意識を変革し、新しい製品や新しいビジネスモデルを構築することで価値を創出することがより強く求められるようになっていることがある(1)。
本レポートでは、第一に、欧州委員会などEUレベルのデジタル・トランスフォーメーションへの取り組み方針について検討する。
第二に、欧州各国のデジタル・トランスフォーメーションへの取り組みの進捗状況を、欧州委員会により策定された統一的な枠組み・指標に基づいて述べる。
第三に、特に業種別で見た特徴的な取り組みとして、金融分野におけるフィンテックの事例を取り上げる。
本報告の結論を先取りして述べれば、EUレベルではDXを欧州域内市場の競争力を全体として高めるための手段として位置付け、中小企業や個人にも目配りした政策を取っている。
次に、各国間の取り組みを比較すると、主要国間でもDXへの取り組みの進捗度合いが異なっていること、小国では自国の特徴を際立たせ差別化を図ろうとする傾向が強いことがわかる。
さらに、金融分野では、フィンテック技術の発展が、既存の金融機関と新興フィンテック企業の間で、競合関係というよりは協力関係が進む方向に進んでいることが注目される。
欧州委員会等のDXへの取り組み-日本との比較-
先ず、欧州委員会のレベルでは、DXは産業政策の一つとして位置付けられている。
そこでは、第一に域内各国におけるDX技術の相互活用や標準化及び評価基準の策定といった基盤インフラの強化、第二に中小企業及び個人に向けたデジタル・トランスフォーメーションへの認識向上と技術の活用が重点目標とされている。
また、EUのデジタル部門単独としては初めて2021年-2017年に92億ユーロの多年度予算計画が組まれており、その目的として「デジタル・トランスフォーメーションの具体化と支援」が明記されている(2)。
2018年7月、欧州委員会が公表した「Digital Transformation Scoreboard 2018」は、EU全体及び加盟各国のデジタル・トランスフォーメーションへの取り組みの進捗状況を統一的な基準・指標で評価分析した報告書である(3)。
具体的な評価の基準・指標については、関連する各国の指標に加え、ビッグデータ、サイバーセキュリティ等、9つのカギとなる技術を選びこれに関連する企業約16,000社にサーベイ調査を行った。
それによれば、ソーシャルメディアについては、企業全体の82%が生産性の向上ないし顧客対応の向上等の良い効果をもたらしたと考えている。
同様の効果はIoT(91%)、ビッグデータ・データ分析(86%)、AI(90%)、3Dプリンター(80%)にも同様の効果が表れている。
一方、モバイル・サービス(50%)、クラウド技術(35%)、サイバーセキュリティ(50%)、ロボティクス・自動化技術(33%)導入の効果は限られている。
これに対し日本国内では、経済産業省により公表された「見える化」指標の内容などを見ると、「2025年の崖」を念頭においた技術的対応を重視している(4)。
即ち、日本ではDXは、経営トップのコミットメントにより、対外的には海外企業と比較した競争力の低下、国内的にはレガシーシステムの足枷に一層の取り組みを進めることに重点が置かれている。先ず大企業を念頭に置いている点、中小企業への浸透を重視する欧州とは異なるアプローチのようだ。
欧州各国におけるDXへの取り組み-比較検討の意外な結果-
次に、上に述べたEUによる調査では、加盟国28カ国について「デジタル・インフラストラクチャー」「投資と資金調達へのアクセス」「デジタルスキル人材の需給」など7つの尺度を設定し、デジタル化の現状と進捗状況を比較検討している。
これにより全体感を見ると、欧州では北欧・西欧諸国が依然優位にあり、東欧及び南欧の諸国には改善の余地がある。
第一に、主要国の中でドイツは、従来から「インダストリー4.0」への取り組みを通じ、全体としてEU平均以上の水準にあるが、今回の調査では「ICTスタートアップの環境改善」の項目が大幅に悪化している。
この背景には、ドイツ経済が伝統型の製造業中心に低迷し、政府の指導力も以前ほど強くないことに加え、ICTスタートアップの環境について、欧州の都市・地域間で競争が激化し、ベルリンなどの地位が相対的に低下していることがあるようだ。
次に、フランスは、ほぼ平均的な水準を維持している。しかし「ICTスタートアップの環境改善」と、「デジタル・インフラストラクチャー」への取り組みによる、一段の改善が求められる。政府による「La French Tech」など戦略的施策が発表されており、企業がこれに協力していくことが求められる。
一方、英国は、DXについて、非常に強いパフォーマンスを示している。英国は大多数の項目でEUの平均以上の水準を維持している。Brexitが現実的になりつつある今、このような結果がEUから発表される皮肉な結果となった。
第二に、中小国で特徴的な国はどこか。
スウェーデンは、デジタル・トランスフォーメーションの先駆けとなった国の一つである。ほとんどの項目でEU平均を上回っているが、特に「デジタルスキル人材の需給」に強みを持っている。
「デジタル・トランスフォーメーション」と「デジタル・インフラストラクチャー」には改善の余地があるが、2017年以降、政府は2020年までに95%の家庭によるブロードバンドのアクセスを可能にすることなど、デジタル政策の強化を打ち出している。
フィンランドは、政府の主導による「eリーダーシップ」に加え、「デジタルスキル人材の需給」「投資と資金調達へのアクセス」に強みを見せている。一方、「ICTスタートアップの環境改善」「起業家文化」には一段の改善の余地がある。
エストニアは、全体的にバランスが取れている。「eリーダーシップ」「起業家文化」「ICTスタートアップの環境改善」などで良好な水準を示し、政府により、データ経済をつなぐICTセンターとして国全体の地位を高めていこうという努力がなされている。
オランダは、デジタル・トランスフォーメーションについて指導的な役割を果たしており、「ICTスタートアップの環境改善」以外のすべての項目でEU平均を上回っている。ICTスタートアップについても、環境改善に向け政府がさまざまな施策を打ち出している。
アイルランドは、「デジタルスキル人材の需給」「eリーダーシップ」を中心に、概ね強いパフォーマンスを見せている。一方、「投資と資金調達へのアクセス」と「ICTスタートアップの環境改善」には改善の余地がある。今後、Brexitが現実となった場合には、デジタル分野の投資などについて「EUから英国へのゲートウェイ」として役割を果たせるか、という点が注目される。
このようにみると、EU各国におけるデジタル・トランスフォーメーションの現状は、以下の通りまとめることができるだろう。
即ち、主要国は本来、DXへの取り組みに優位性を持っていたはずだが、現状、国により進捗度合いが異なっている。一方、小国では自国の特徴を前面に出し、差別化を図ろうとする傾向がみられる。
但し、主要国・小国共に、各国政府の政策、主力企業の戦略、中小企業・市民への普及度次第で、今後も各国間の優位性は大きく変化する可能性がある。
金融分野・フィンテックへの影響:競争から協調へ
最後に、業種別に見たDXに関連する取り組みとして、金融分野でフィンテックの事例を取り上げたい。
ここでは、決済業務、特に直近のPSD2(Payment Service Delivery2)を中心にした技術革新と新規制に対象を絞って検討する。
議論の前提として、欧州では、プログラム(ソフトウェア)の機能や管理するデータなどを外部から呼び出して利用するための手順やデータ形式を示す機能を持つ銀行が、ここ10年ほどの間で大幅に増えており、この意味でオープンバンキングの考え方が普及してきた(5)。
ユーロ危機時に淘汰され生き残った欧州の銀行は、比較的安定した経営基盤に立ち、フィンテック企業・スタートアップとの協業を念頭に置いたオープンバンキングを軸に技術力・収益力を高めようとしている。
一方、今後については、技術力を高めどこまで収益に結び付けるかにより、欧州の銀行は主力大手と中小の間で、収益力の格差が一層開くことにもなるだろう。
欧州ではECBが、単一通貨ユーロの導入を契機に、その後も欧州・ユーロ圏内における即時決済化を中心に資金決済システムの機能強化に取り組んできた。
現在、日本・英国等や主要新興国を含め、世界的に即時決済化が進展している。こうした動きの中で、ビッグテックと呼ばれる中国の巨大企業やクレジットカード会社の存在感が高まっている。
このような動きに対し、欧州は、欧州が決済分野で新たな技術の開発と適正な規制のバランスを取りながら世界的な標準を作ることを展望しているようだ。
(注)
1.DXの定義については、経済産業省から公表されている各種研究会資料等を参照。
2.EU Budget for the Future (European Commission, June, 2019)
3.‘Digital Transformation Scoreboard 2018, EU businesses go digital:Opportunities, outcomes and update (European Commission, July, 2018)
4.渡辺安虎東京大教授によるJCER講演「データ分析のビジネス突破力」(2019年11月13日)は、データ分析を活用する上で、経営者によるコミットの大切さに言及している。
5.黒田日銀総裁及びフランソワ・ヴィルロワ・ド・ガロー仏中銀総裁のユーロプラスにおける講演(2019年11月28日)は、フィンテク分野を主要テーマとしてはいなかったが、このような協調関係の可能性を念頭に置いていたように思われる。
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