2020年の欧州(1)―英国の行方と「独仏逆転」―
2020/01/14
Brexit:政治的なコミットメントが原動力に
2020年の欧州は、Brexitをめぐる急展開で幕を開けた。
1月9日、英下院議会でEU離脱のための関連法案が承認され、1月末時点の離脱に向け大きく前進した。
ここに至る大きな転換点は、12月12日の総選挙で保守党が圧勝したことにあるとされ、選挙の焦点をBrexitに絞ったジョンソンの戦略が評価されている。
さらに、10月10日に英国・アイルランドの首脳会談が行われ、「両国の関係を維持する道筋がある」という声明が発表されたことまで遡ることができるという見方がある(1)。
即ち、この時点でアイルランド国境をどう扱うかについて詰まった合意が明らかにされない一方、両国が問題の解決に向けた強いコミットメントを示すことで事態が動き始めた。
その後、同月17日に発表されたEU・英国間で合意された離脱協定の修正では、先ず英国領の北アイルランドとアイルランドの間に厳密な国境(hard border)を設けないことが前提とされている(2)。
一方、北アイルランドは今後も英国の関税や自由貿易の適用を受けるが、北アイルランドに他の英国領土から持ち込まれる物品については、それがEUの単一市場向け輸出に転用されるリスクがあるかどうかが判断される。
即ち、北アイルランドと他の英国領土間では、同じ英国内であるにもかかわらず検査チェックが行われるとされている。
以上について具体的なルールや実施方法には裁量の余地が残されているが、その後、英国の12月の総選挙では保守党が圧勝し、結果的に今年1月末のEU離脱が現実のシナリオになった。
以上のような経緯は、メイ前首相が律儀にEUと交渉し了解を取り付けた上で、国内の議会に持ち帰っては事態を紛糾させていた時期とは対照的だ。
英国は分裂するか:北アイルランドとスコットランド
それでは今後の展開をどのように考えるべきだろうか。今回、2020年末までの経過期間を延長せず、今年1月末にEUから離脱する法案が可決された。
この背景には、ジョンソン首相には、本音ではEUも「合意なき離脱」を望んでいないことを見透かした上で強い姿勢を示すことにより、EUとの通商交渉で最大限に有利な材料を引き出そうという狙いがある。
一方、1月8日に行われたジョンソン首相との会談で、フォンデアライエン欧州委員長は(合意なき離脱により)規制が別々なまま欧州単一市場へのアクセスを認めることはできないという立場を示し、英国の「いい所どり」をけん制した(3)。
仮に物品など最小限の通商分野についてさえ合意できない場合、ジョンソン首相は「事態が変わった」として経過期間の延長も辞さないだろう。
これは昨年10月末の離脱を絶対の目標としながら、あっさりと今年1月末に延期した時と同様だ。英国・EU双方の利益にならない「合意なき離脱」が現実になる可能性は実際には低い。
北アイルランドの国境問題について、先に述べた修正合意の具体的な内容について、英国内における物品の流通などへの制約は、結果的に緩やかなものとなるだろう(4)。
これは、北アイルランドが、今回の離脱により「英国から切り捨てられた」と考えれば、政治的に英国だけでなく、EUにとっても大きな問題と認識されるためだ。
一方、スコットランドの先行きは、以上のような英国とEUの通商交渉の成否と大きく関わってくる。
これは、スコットランドの独立派が、昨年末の総選挙で力を得た後も、市場アクセスなど独立してEUに加盟することのメリットと、公共サービスや防衛のコストなどデメリットを慎重に比較している、と考えられるためである。
以上、全体として、1月末のEU離脱後、Brexitをめぐる議論は、企業や金融投資家にとって「不確実性が徐々に低下するプロセス」と捉えられ、この点を前提にした企業・投資戦略の検討が一段と進むことになろう。
「独仏逆転」とユーロ
次にユーロ圏主要国についてみると、ドイツでは、従来のレポートで述べた通り、硬直的な財政政策と重厚長大中心の伝統型産業構造を変革できるかという点が現在の最も重要な政策課題である。
前者については、この点を直近の政治動向と関連付けて考えると、昨年、CDU/CSUと大連立を組むSPDの党首が代わり、連立懐疑派が党の主導権を握った一方、大連立は維持された。
これにより財政政策の転換を進めることになるのか、あるいは大連立が機能不全に陥り政策転換が難しくなるのか、予断を許さない。
後者については、1ユーロ=1.10ドル台前半からさらにユーロ高が進んだ場合、輸出の比重が高いドイツの産業への悪影響が強まることになる。
ユーロの為替動向については、今年秋に大統領選挙を控えた米国で政策金利への低下圧力が、米欧金利差の縮小を通じユーロ高につながることが懸念される。
一方、ドイツを中心にインフレ率の低いユーロ圏では、低成長下で実質金利が高止まりし輸出主導の成長を妨げるという悪循環が生じかねない。
一方、フランスは、フランス国内の雇用、生産面でも新技術の活用など徐々に構造改革が進んでいる。
フランスの失業率は直近で8%半ばまで低下しており、2010年代半ば、10%前後で推移していたオランド前大統領の時期から大幅な改善傾向を示している。
しかしフランスはこれまで、税金・年金改革などに反対する国民の抗議行動が高まっているというイメージが強く、日本国内でもこの点が認識されるまで時間がかかるようだ。
今後は、「改革の痛み」を受けた国民が、「改革の成果」として雇用の増加・賃金の上昇などをいつ実感できるようになるかという点が、マクロンが改革自体を継続できるかという意味でも重要だ。
フランスで雇用・賃金から消費の改善へという好循環が生まれた場合、経済パフォーマンスで比較した「独仏逆転」が、「ドイツ一強」だったEU内の政治バランスを一段と変化させることになるだろう。
以上、欧州の主要国である英・独・仏の注目点について述べた。さらに、新たな指導者を迎えた欧州中銀(ECB)・欧州委員会がどのような政策で臨もうとしているか、さらに対外的な政治経済関係で注目すべき点は何か。
次回レポートではこれらの点について検討したい。
(1)この点は12月12日の英総選挙直後、水島治郎千葉大教授からご示唆を頂いた。
(2)‘Brexit : What did you agree with UK today?’ (European Commission, October 17,2019)
(3)「ブレグジットとアイルランド国境問題」(「アイルランドを知るための70章【第3版】第22章、2019年3月、明石書店」)
筆者は従来から、北アイルランドとアイルランドの共和国の経済を切り離すことはできず、アイルランド国境の自由な通行が議論の出発点になると考えている。
(4) Readout of the meetinge between President Urusula von der Leyen and Prime Minister Boris Johnson’ (European Commission, January, 2020)
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