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林秀毅の欧州経済・金融リポート

2020年の欧州(2)―欧州グリーンディールとスコットランド問題―

 

2020/02/12

 1月の本レポートでは、「2020年の欧州」の前半として英独仏といった主要国の課題について述べた。後半では、欧州委員会の政策課題と各国の対応について考えたいい。

「欧州グリーンディール」を最優先する背景

 昨年末、ドイツ人の女性政治家、フォンデアライエン氏が率いる新体制の欧州委員会がスタートした。

 フォンデアライエン氏が最優先政策として掲げた「欧州グリーンディール」は、マドリッドで行われていた国連気候変動枠組み会議(COP25)の議論が難航する中で発表され、欧州や日本では好意的な反応が多かった。

 「欧州グリーンディール」は、2030年時点の温暖化ガス削減量を、従来の40%から先ず50%ヘ、その後55%まで引き上げ、2050年にはその排出量をゼロとする「気候中立型社会」を目標にしている。

 この目標を実現するため、新体制スタート後100日以内の今年3月を実現目標とした「欧州気候法」の制定を始め、資金支援措置などの政策措置について、詳細な実行スケジュールが示された。

 しかし、筆者は欧州グリーンディールの取り組みがこのまま順調に進むかどうかという点について懸念している。

 第一に、確かに欧州内外で気候変動問題への取り組みに「追い風」が吹く中で、2030年以降の長期目標を引き上げ、多額の予算措置を取ることに反対は少ないだろう。

 しかし、温暖化ガス削減努力の甘い国からの輸入に課税する「炭素国境税」の創設や低迷する排出権取引制度の見直しなどについては、各国レベルの経済状況やエネルギー政策により利害が違ってくるため、実現に向けた困難が予想される。

 第二に、このような困難を克服する政策の実行力が新欧州委員会にあるかという点が問題になる。

 年末に発表された「欧州グリーンディール」の内容は、フォンデアライエン氏が就任前の昨年7月に明らかにした政策提案「My Agenda for Europe」の内容を、ほぼそのまま踏襲している。

 6つの政策提案の内、筆頭に挙げられたのが、この「欧州グリーンディール」だった。政策提案を全体的にみると、フォンデアライエン氏が調和を優先するリベラル色の強い調整型の指導者であることがうかがえる。今後、各国間・世代間などで利害対立が生じた時に、どのような手腕を示すだろうか。

 第三に、フォンデアライエン氏の出身母体であるドイツの政権与党・キリスト教社会民主党(CDU)の弱体化である。

 2月に入り、メルケル首相の後継と目されてきたクランプカレンバウアー氏が指導力を問われ、党首の座を降りることが伝えられた。

 そもそも上に述べた政策提案で、「欧州グリーンディール」が筆頭に挙げられたのは、欧州議会の中でも勢力を伸ばしていた緑の党から支持を得るためだったという指摘がある。今後ドイツ国内で、緑の党が勢力を伸ばした場合、「欧州グリーンディール」に好影響が及ぶ可能性はある(1)。

 しかし、負担増を嫌う国内産業界とのパイプを維持しその抵抗を抑えることが必要であり、ドイツ国内政治の不安定化はマイナス面が大きいと言わざるを得ない。

ブレグジット・スコットランド問題との関係

 最後に、今後、環境問題とブレグジットとの関連が問題となる。即ち、昨年末、COP25が失敗に終わったことで、今年末にスコットランドのグラスゴーで開催が予定されるCOP26で成果を出すことの必要性が高まっている。

 この点に対しEU・英政府・スコットランド独立党が「スコットランド独立問題」と絡み、環境問題の解決に向けどのような姿勢を示すかが焦点となる。

 ブレグジットの経過期間終了となる今年末とCOP26の開催時期が重なることになる。英国内では、前月の本レポートでも述べた通り、スコットランド独立党・スタージョン党首が英国に残留する条件として、ジョンソン首相がどこまで有利な措置を引き出せるか、今後、駆け引きが本格化する。

 ここでスコットランドから見れば、できるかぎりCOP26に前向きに取り組み、EUとの関係を強化する姿勢を見せることになるだろう。

 一方、ジョンソン首相が環境問題にどのような考えを持っているか不透明だ。ジョンソン氏に環境問題への定見がないとすれば、対外的にはEUに対し、年末に向け進む通商交渉あるいは交渉が進捗しない場合の経過期間の延長交渉などの局面で、COP26を予定通り開催することの確約により有利な条件を引き出すなど、EUとの交渉上の材料の一つとして利用する可能性が浮上する。

 以上のように考えると、フォンデアライエン新委員長が環境問題はEUだけでなく世界的に最重要課題であるとの認識を持ち取り組もうとしていることは確かだが、実際にはなかなか計画通りに進捗しない上、「政争の具」として利用されかねないことには警戒が必要だ。

(1)森井裕一「規律維持への政治合意」(日本経済新聞経済教室、2020年2月7日)は、「ドイツの財政規律問題は単なる経済政策ではなく、背後に政治的合意と制度的な制約がある」と指摘する一方、勢力を拡大してきた緑の党が「憲法の財政規律問題をEU規定のレベルまで緩め、環境投資を大幅に拡大することが望ましい」ことに言及している。