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林秀毅の欧州経済・金融リポート

ドイツの復活、欧州の賭け -復興基金と「二つの道筋」-

 

2020/06/11

盟主・ドイツの復活

 欧州各国は、6月中旬以降、新型コロナの感染対応と行動規制を一段と緩和し、経済の立て直しに軸足を移す段階に入っている。

 この背景となる欧州の特徴といえば、夏のバカンスシーズンは、これまで強い打撃を受けた観光・交通セクターにとってだけでなく、利用者である一般市民にとってもかけがえのないものである点だ。

 英国のように周辺国とフェーズが異なり、事態が十分に収束していない場合でも、前倒し気味に緩和措置が採られている。

 4月以降のコロナ危機からの回復局面で、最も存在感を発揮したのはドイツだった。メルケル首相の説得に国民が呼応し、さらに高い医療技術がかみあった。

 感染者数に対する死亡者数の比率は周辺国よりかなり低く、失業者などへの給付金は迅速に給付され、出口政策についてもマスク着用の義務付けをはじめ適切な措置が採られた。

 さらに自動車などの国内企業が、早い時期から工場の操業再開へ向けた「Withコロナ」の取り組みを見せている。

 コロナショック以前のドイツには、政策と企業経営の硬直化による景気の低迷がみられた。しかし今回、危機に対し大胆に対応したことによるミクロレベルの改善が、今後マクロの経済指標にも現れてくるだろう。

欧州復興基金と財政統合

 さらに欧州レベルでも、ドイツ主導の政策展開が進んでいる。5月18日、独メルケル首相と仏マクロン大統領が共同で総額5,000億ユーロの復興基金の設立を発表した。さらに約10日後の5月27日には、この独仏案を中核に据える形で、欧州委員会が「次世代に向けた復興と準備」と名付けた総額7,500億ユーロの計画案を発表した(1)。

 先ず、復興基金の意義として、ここで何の対策も取らなければ欧州の南北対立が一層深まり、欧州統合全体への信認が失われかねないという意味で、今回の決定は重要な分岐点だった。この点は衆目の一致するところだろう。

 より具体的には、「コロナ共同債と同じ」とも取れる債券発行による資金調達に言及したことで(この点については後述)、国内の政治が安定せず欧州内でもコロナ対応で南北諸国の板挟みになっているフランスの立場が改善した。またコロナ危機後、存在感の低下が目立った欧州委員会は、今後の欧州の復興を担う役割を与えられた。

 欧州各国が経済再建に軸足を置くようになったタイミングで、独仏共同提案の後、ほどなく欧州委員会が計画を発表するという「連係プレー」は、メルケルがマクロン、フォンデアライエンと周到にすり合わせたことを感じさせる。

 しかし次に、復興基金の基本的な性格が問題になる。EUによる債券調達の可能性が示された際、ドイツのメディアでは「これはコロナ共同債ではない」という点が強調された。

 それでは、どこが違うのか。実質的には同じではないのか。

 欧州の識者によれば、財政統合(原文は「財政同盟(Fiscal Union)」)には二つの道筋がある(2)。

 第一の道筋は、各国債務に対する共同保証だ。これはドイツの納税者にとって大きなコストを生むだけでなく、救済を受けた国のモラルハザード、即ち財政規律の喪失につながる。

 ECBによるさまざまな介入もこの部類に属する(この点は、最近のドイツ連邦憲法裁判所によるECBの量的緩和策に対する判決にもつながる)。

 前月の本レポートで、「豊かな国」にとっては、自国が緊急時に財政規律を一時的に緩めても、他国が自らの努力なしに他国の力を借りて財政支出を増やすことは別次元の問題だと述べた。これは「財布の金を自分で使うことは已むを得ないが、人の財布を当てにすることは、非常時でも許されないモラルハザードだ」という意味だ。

 第二の道筋は、域内各国が受けるマクロ経済上の非対称なショックに対処するための財政移転の枠組みだ。これは「単一通貨には財政統合が必要」というそもそもの議論に遡る。

 かつてユーロ危機のさなか、ギリシャ救済が問題になる中、ドイツの保守強硬派の政治家が「ユーロには財政統合が必要」と発言していたのを聞いて真意を考えたことがある。ここでも、単一通貨について「あるべき論」が語られていたのだった。

 またほぼ同じ頃、「ユーロ共同債」は現実的ではないと感じる一方、独仏で雇用創出のために「共通基金」を創る構想が取りざたされた際には、「財政統合」へのかすかな期待を抱いたものだった(3)。

復興計画は「真の財政統合」になるか

 この欧州の識者の見解によれば、二つの道筋は似て非なるものであり、むしろ、前者によって生じるモラルハザードは、後者の「真の財政統合」によって克服することができる。

 しかしこれは同時に、政治的には実現の困難な問題だ。域内で景気サイクルの異なる国の間で、失業保険に充てる資金を一時的に融通し合うケースなどが考えられるが、このような場合でも、「豊かな国」の側には「貧しい国」への資金移転が恒常化してしまうのではないか、という期待が生まれるためだ。

 欧州委員会の計画案によれば、今回の資金はEU中期予算(2011年―2017年)に組み込まれるという「タテ」、欧州委員会の二大プロジェクトである「グリーンディール」と「デジタル単一市場」に関連付けられた「ヨコ」という二つの軸の中に位置付けられる。

 そうだとすると、現状、各国レベルでは緊急対応として財政規律を棚上げし財政支出を増やし「第一の道筋」を歩んでいるが、復興基金計画はこの機会に「第二の道筋」に向かおうとしているようにも見える。

 この壮大な計画が実行に移され、さらに「真の財政統合」の道筋を進むのかどうか、これは欧州の賭けというべきだろう。

(1)European Commission ‘Europe’s moment: Repair and prepare for the next generation’,Brussels, 27 May 2020
(2)Lars, Calmfors,’ The Roles of Fiscal Rules, Fiscal Councils and Fiscal Union in EU Integration’, Chapter 11, Routledge Handbook of the economics of the European Integration, UK,2016
(3)林秀毅「ユーロ危機への対応・財政基金の規模が重要に」(日本経済新聞「経済教室」、2013年4月)