欧州の中国に対する見方はどう変わったか -「一触即発」だが「距離感」を維持-
2020/08/11
はじめに
新型コロナ対応で、欧州と日本が最も違うと感じる点は、「社会的距離(ソーシャルディスタンス)」の取り方だ。欧州では政府が決めたルールは厳密に守らなければならない国が多いということもあるが、人と人の間の距離を2mにするか1.5mにするかについて、国会で真剣な議論が戦わされたりする。
これに対し、日本では一応、距離を取ることの大切さが強調され、スーパーなどの行列ではフロアなどの表示も増え多少間隔を空けるようになったが、都心でこのような行動を取り続けることは、現実には至難の業だろう。
元々、コロナ以前から欧州では、家族や友人とは対照的に、街で見知らぬ人と接触することは好まない。ある程度接近したところでスマートに避け、万が一接触した場合には一言謝ってその場を立ち去るのがマナーだ。
歴史を振り返っても、過去二度の大戦を経て、欧州域内ではこうした「距離感」を保つことが、互いに国境を接する欧州の国々が共存するための知恵になってきた。
それでは、欧州から見た対外的な関係についてはどうだろうか。現在、距離感は保たれているといえるだろうか。
新型コロナ対応と投資攻勢への反発
欧州が中国を直近、どう見ているかを考える上では、言うまでもなく中国の新型コロナ対応が重要だ。この点に関し、象徴的ともいえる出来事が今年5月に起きた。
駐中国EU代表部大使が他のEU加盟国大使と連名で、中国との外交45周年を記念する広告記事を現地英字紙に掲載しようとした。ここには当初、「新型コロナが中国で発生し拡大した」という内容が盛り込まれていたが、中国外務省により、掲載の条件としてこの箇所を削除することを要求されたのである。
EU側はやむを得ずこれに応じたが、その後、駐中国EU代表部のホームページに削除前の全文を掲載した(1)。このニュースは日本では大きく報道されなかったが、EU側からすれば、事実であると確信できる事については、圧力に屈せず事実を伝えるのが当然だった。
ところで、以上と似たような中国とのやり取りがあったことを、以前の本リポート(2018年11月)で述べたことがある。
当時から、中国は「一帯一路」構想の名の下に、高い技術を持つ欧州企業に対しM&A攻勢を仕掛けていた。
これに買収対象になりやすい有力企業を多く抱えるドイツなどが強く反発し、その意を受けた欧州委員会が、EU域外企業によるEU企業の買収について審査(スクリーニング)を強化する動きを見せた。しかし中国との関係が深いハンガリーなどからの反対があり、結局、スクリーニングは各国の判断に委ねることになった。
一方、駐中国EU代表部大使は中国政府にレターを送り、「一帯一路」は中国の利益になるように設計されており、中国による欧州企業の買収は、技術移転により欧州の利益を損なうことになると強く主張した。
以上の二つの事例には、EUから中国との対立が深まりかねない場合には、最初から正面衝突をするのではなく、まず現地ベースで「本音」を伝えるという共通点がみられる。
さらに遡ると、同様の傾向は、1990年代頃から見られた。具体的には、1989年の天安門事件後、EUは事件による経済制裁の段階的解除を1年足らずで開始し、2001年の中国によるWTO加盟に向け、経済重視の姿勢を取ったのである(2)。
当時のEUには、チベットの人権問題など天安門事件後も続いた政治的な批判と経済関係の関係強化を行うパイプを使い分ける欧州のしたたかさがあった。
この背景には、高成長を続け貿易相手として重要性を増してきた中国とのビジネス上の関係を重視する、ドイツを始めとした主要国の思惑があった。
しかし、その後は、先に述べた一帯一路の投資攻勢などによって、欧州が重要な貿易相手としての中国に配慮するという意味の「許容度」は、確実に低下している。
これはドイツのように、貿易相手・輸出先としての中国を重視してきた国ほど、自国企業が技術を持っており中国から買収対象として狙われやすい、という関係にあるためだ。
そのため、自動車産業のように巨大な中国市場に依存する場合を除くと、中国の持つ貿易相手としての魅力と技術を奪う競争相手としての脅威が相殺されてしまう。
一方、6月中旬、欧州委員会は、「海外の国家補助と公平な市場」と題する白書をまとめ、競争政策の観点から、補助金やM&Aの規則について提言を公表した。冒頭述べた中国によるM&Aに規制を掛けようという流れを汲むものだった。
しかし、その内容は、域内経済が大きく落ちこんでいる上、新型コロナ対策で域内各国の国家補助を実質的に認めた後で公表されたという弱みもあり、中国を名指しにせず、一般的なルール作りの形にとどまった。
これに対し、欧州の専門家から、中国の不公正に有利な立場を是正するには「残念ながら、役には立つが十分とは言えない」という批判の声が上がった(3)。今後、中国の投資攻勢に対しては、一段と厳しい規制が求められることになるだろう。
さらに、これまで中国寄りの姿勢を見せ「一帯一路」の恩恵に預かってきたハンガリーなどの中・東欧の中小国も、中国とEUを天秤にかけ双方から資金を得るという戦略が成り立ちにくくなっている。
これは、7月に入り、欧州復興基金の大枠が合意され、今後、数年間にわたって各国への予算配分が行われるにあたり、各国は「法治国家」でなくてはならないという条件が付され、中東欧の独裁的な指導者が中国との間で上手く立ち回る余地が少なくなるためだ。
香港国家安全維持法と欧中関係
さらに、欧州からみた中国についてもう一つの重要なトピックスは香港問題だ。この点についても、興味深い出来事があった。
6月22日、EU・中国の首脳会議がオンラインで行われた。習近平国家主席がにこやかに手を振って現れ、世界の中心にある二大勢力が世界経済の再建と新型コロナの感染拡大防止に向け互いに協力しよう、といった内容のスピーチを続ける様子を、中国の国営放送が延々と放送した。そこには両者の協調的な雰囲気を演出し、米国を牽制しようという意図がうかがえた。
この間、TV会議で欧州側に座ったミシェルEU大統領は時折、頷きながらメモなどを取っていたが、隣のフォンデアライエン欧州委員長は、ほとんど凍り付いたように表情を変えないままだった。
その後、香港のTV局による中継では、同委員長が「会議の結果は非常にネガティブだった」と強い調子で述べ、香港の一国二制度維持への懸念などにより中国に対する批判を一段と強め、正面から対立することも辞さない姿勢を示したのである。
ここでは第一に、中国自身の戦略が問題になる。識者によれば、中国が香港の国家安全保障法に対する国際的な批判を承知しており、かつての天安門事件のような大惨事となり経済制裁を受けることを避けるため、香港で早めに民主派の引き締めを図っている。そのために、欧州も一段と強い手段に訴えることにならない。
従来、筆者は、多くの欧米の見方と同様に、中国の指導者が集権化を進めても、国内の批判と対外的な市場からの圧力が強まり抑制されると考えていたが、これは楽観的だったようだ(4)。
それでは第二に、中国はEUの戦略をどう考えているか。この点に関しては、「欧州は地理的に離れているため、東アジアの地政学に関心を持っていない」とする中国の研究者による興味深い論文がある(5)。
これは、直接には「日欧関係と中国はどのように関係するか」についての研究だ。日欧関係の重要なポイントは「経済・防衛・共通の価値」の三点だが、日欧EPAの締結にみられるように、経済については双方が関心を持っている。
しかし防衛については、日本は東アジアで中国・北朝鮮などに対処するため欧州の協力を得たいが、欧州にはその気がない。
一方、「共通の価値観」については、表面的には「法の支配」など価値を共有しているが、実際にはそれほど密接な連帯感があるわけではない(注:たとえば、日欧EPAと同じタイミングで、欧州側の強い希望により価値の共有を謳った「戦略的パートナーシップ連携協定(SPA)」が締結されているが、日本国内では一般にほとんど知られていない)。
仮にこのような見方が中国で共有されているとすれば、英中共同声明の当事者である英国とは異なり、EUが香港の問題で強硬な手段を取ってくる可能性は低いはずだ、という読みにつながるだろう。
ここで第三に、EU自身の戦略が問題になる。前節で述べたように、EUにとって中国を重要な貿易相手として「遠慮」する要因が、その不公平な投資行動への反発から弱められているとすれば、人権や法の支配を重視するEUが、なぜ米国と歩調を合わせ対中国の強硬路線を取らないのかという点が問題になる。
先ず、先に述べた当方リポートでは、欧州現地のシンクタンク・ブリューゲルが2018年秋の時点で、「米中貿易戦争」を仕掛けたトランプ氏の狙いが何かという点について「WTO交渉を超えた二国間交渉による自国利益の拡大」、「中国に規律を与え不公正な国家補助などを止めさせること」、「覇権国である米国が挑戦国である中国を撃退すること」という三つの可能性を挙げたことを紹介した(6)。
当時、トランプ氏の意図は不明確だったが、その後、新型コロナの感染が米国で急拡大し、それに関連して秋の大統領選に向けトランプ氏の支持率が低下していることを背景に、中国を最も強い形で議論の標的にした、第三の「覇権国争い」の様相が急速に強まっている。
この第三のシナリオの場合、ブリューゲルの論文では「EUは西側の価値観に依拠し、自らの安全保障のためにも米国側につかざるを得ない」と結論付けている。確かにトランプ氏はドイツにおける米軍基地費用の負担増加などに言及しているのだが、現状EUは米国と協調する気配はない。その理由は何だろうか。以下の3点が挙げられるだろう。
1.そもそもEUには、米国のように覇権を持とうという動機はない。
2.この場合、WTOやWHOなど多国間協調の枠組みが機能低下あるいは中国寄りになっていても、依然これに頼るべき(あるいは以下に述べる理由から、米国に追随する選択肢よりはましである)と考えている。
3.皆、そもそも指導者としての見識と教養を持たない人物とまともな会話はできないと考えているため、現在の米国とはできるだけ遠い「距離」を保ちたい。
以上のように考えると、結論として現状は、欧州の政治家が持つトランプ氏に対する嫌悪感が、欧州と中国との微妙な距離を支えている、ということになる。そうであれば、この微妙な距離は11月の米大統領選後、どうなるのだろうか。大きく変化するのだろうか。
(1)Delegation of the EUropean Union to China,’Marking 45 years of EU-China diplomatic relations in a time of global crisis,Website, May, 2020
(2)林秀毅「中国との連携は新局面に」第13章、「EUは危機を超えられるか 統合と分裂の相克」、NTT出版、2016年10月
(3)Alicia Garcia-Herrero and Guntram B. Wolff ‘ China Has an Unfair Advantage in the EU Market. What Can Be Done to Level the Playing Field?’, Bruegel, Opinion, July,2020
(4)林秀毅「シーコノミクスの危うさ」、日本経済新聞「十字路」、2016年5月
(5)Lilei Song and Liang Cai,“Wider west” to “strategic alliance – An assessment of China’s influence in EU- Japan relations’, Chapter 12,’The EU-Japan Partnership in the Shadow of China : The Crisis of Liberalism’, Taylor & Francis Group, 2018
(6)Jean Pisani-Ferry, ’ The global economy’s three games’, Bruegel, Opinion, October, 2018
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