欧州から見た対米関係-米大統領選後の焦点は何か-
2020/10/12
米大統領選の争点と欧州
10月上旬、米大統領選をめぐる論戦が本格化した。しかし大統領候補同士のTV討論は互いを非難する応酬に終わり、その直後にトランプ氏が新型コロナに感染するなど、事態は一段と混乱を深めた。
この状況下、選挙後の米国の政策の方向性を考える上で参考になったのは、その後行われた副大統領候補の討論だった。共和党と民主党、トランプ氏とバイデン氏の政策を主張することを通じ、将来、大統領に就任する可能性のある二人の政策スタイルの違いが浮き彫りとなった。
但し、討論の主な議論は、(選挙に勝利することが討論の目的である以上、当然といえば当然だが)新型コロナ対応への評価、税制を中心にした経済再建策、最高裁判所判事の任命人事など国内問題だった。
一方、外交面では、両者とも中国に対する強い姿勢を打ち出さざるを得ず、鮮明な違いは見られなかった。
民主党のハリス候補は、現政権のロシアとの関係、イランの核開発問題に 時間を割く一方、友好国との信頼関係を強調した上で、欧州に関し、(わずか一文だったが)トランプ氏の「NATOの友人たち」との対話の有り様を見よ、と痛烈に発言した。
米欧の通商関係は改善するか
それでは、以上のような米国大統領選の動向に関し、欧州の最大の関心は何か。
ブリュッセルのシンクタンク・ブリューゲルは、「欧州は大統領選挙後、米国の通商政策から何を期待するか?」という問いに対し、「バイデン大統領になっても、すぐに米国がEUと包括的な貿易交渉を再開することにはならない」と述べている(1)。
従来、バイデン氏は、オバマ大統領を補佐した副大統領、さらにそれ以前に上院議員として、自由貿易を支持し、中国との通商関係の改善に取り組んできた。
しかし、米国を取り巻く環境は、ここ数年大きく変化した。第一に、トランプ政権が中国に敵対し、両者の関係はかつての冷戦のレベルまで悪化している。
第二に、トランプ政権下、米国内で所得格差が拡大し、人種・宗教などによる社会の分断が進んだ。
第三に、米国内の新型コロナの感染拡大による経済状況の悪化が、格差拡大と社会の分断を一段と強めている。
以上の変化は米欧関係にも大きな影響を及ぼす。バイデン氏が勝利しても、2年後の中間選挙までは、国内経済の立て直しに追われざるを得ない。
そのため米国の労働者を守ることを最優先とした保護的な政策を維持し、新たなFTAなどに取り組む余裕はない。
さらに米国にとり、地政学とテクノロジーの分野でライバルとなった中国にどう対処するかという点が、欧州が最重要と考える北大西洋の同盟関係より優先する。このような米欧間の認識のずれは、当面変わらない。
尚、以上のブリューゲルによるコメントの中で、米欧間の「包括的な通商交渉」とは、2013年7月、オバマ政権時に交渉が開始された「環大西洋貿易投資協定(TTIP)」を指している。
トランプ氏は就任後、この交渉に応じることはなく、2018年6月にEUからの鉄鋼・アルミ製品の輸入に対し関税を発動し、EUは米国からの食料品などの輸入に対し報復措置を取った。
しかし注意すべきは、トランプ氏就任以前の2016年中に、既に交渉は挫折し中断されていたことだ。
世界の二大経済圏である米・欧が自由貿易経済圏を作ることには、当初からさまざまな課題があった(2)。
第一に、2000年代前半までは世界のGDPに占める米・欧の割合は60%前後で推移していたが、中国の台頭などにより、その比率は低下し続けている。そのため、TTIPが合意に至れば世界最大の地域経済圏が誕生するという期待感が薄れた。
第二に、両者の貿易関係を見ると、全体として、常にEU側の輸出超過で推移している。セクター別では、輸出・輸入共にサービス・化学・機械の順になっており、両者の間には水平的な産業内貿易の関係が進んでいる。
一方、食料品や農産物は通商交渉で注目されやすいが、米欧間ではその比重は低い。また食料加工品はEUの輸出超過、農産物は米国の輸出超過となっており、一方的な関係とはいえない。
このように、米欧間では先進国間の水平的な貿易が行われている上に、既に双方で関税の引き下げが進んでいるため自由貿易交渉による追加的な効果が期待しにくく、交渉を進めるインセンティブが働きにくかった。
第三に、非関税障壁(NTB)については、米国と欧州の間では、化学品や自動車の規格など規制に関する基本的な考え方が異なっている。即ち、欧州は、規制により世界の市場における自らの影響力を強めたいという動機を持ち、より厳しい規制を求める傾向がある。
米欧関係の焦点は何か
次に、通商面に限らず、より広く米欧関係を考えると、何が焦点になるだろうか。
2019年1月の本レポートでは、欧州域内外における2019年の最大のリスクは米欧関係にある、と述べた。
この時点では、欧州は対中国で米国と共同歩調を採らざるを得ないが、米国との直接の関係では、通商、安全保障を中心に多くの争点を抱えているためだった。
しかし、その後、トランプ政権は、対中国で強硬路線を取ることに注力し、既に述べたように、欧州に対し通商と安全保障を結び付ける動きは中途半端に終わった。これに対し欧州も、トランプ政権とは距離を置いた。
それでは、バイデン氏が大統領選で勝利した場合、米欧関係はどう変化するだろうか。
第一に、環境問題への取り組みは、米欧関係を改善する糸口となりそうだ。これは、米国が気候変動への取り組みに前向きになる可能性にとどまらない。
欧州委員会は環境問題を自らの最優先課題として掲げ、新型コロナ感染拡大後は、落ちこんだ経済を環境プロジェクト等への投資により長期的観点から復活させる「グリーン・リカバリー」を前面に掲げている。
この点は、かつてのオバマ政権の考え方と親和性が高いため、バイデン氏が同様の発想で取り組めば、欧州としても米国と協調する機運が高まるだろう。
第二に、いずれにせよ対中国政策で大きな変化がないとしても、欧州の指導者からみれば、バイデン氏に対しては、トランプ氏との間で置いてきた「距離」を取る必要がなくなる(8月の本レポート)。
欧州域内では何が問題になるか
一方、欧州が米国と歩調を合わせ中国に強い姿勢で臨む場合、欧州内の各国間の関係に与える影響が問題になるだろう。
先ず、ハンガリーを始めとする一部の中東欧諸国が、従来から中国との関係を強める一方、EU内で「体制が民主主義的でない」と批判されていることへの影響である。
今年7月、欧州の復興基金の配分を受ける条件として「法の支配」が議論されたことによって表面化した。
この時は、復興基金案を通すため全加盟国の同意が必要であり、この点は条件として明記されなかった。
しかし実質的には、今後、長期間に亘り各国に復興基金の資金が配分され、その度に「法の支配」が問われるという「規律」が働くことになる(この点については、首脳会議後、オルバン首相自身が認めたという現地報道がある)。
これに対し、一国の独裁者が自らの体制維持を最優先に考えているとすれば、中国とEUの双方から資金を引き出すことを考えるはずであり、小国にとってEUから離反する選択肢はあり得ない。
むしろ筆者は、欧州域内で、独・仏を中心とする主要国間で中国に対する「温度差」が表面化するかどうかに注目している。
9月のEU・中国の首脳会議がオンラインで開催された際、EUの議長国を務めるメルケル首相が当初、ドイツ国内でこれを開催し、互いの長年の懸案である投資協定を調印しようと模索していたという見方がある。
即ち、欧州各国は、香港を始めとする人権問題が最重要であること、自らが持つ技術を守るべきことといった総論では一致する。
しかしこれまで「米中貿易戦争」と一線を画してきた欧州が、米国と歩調を合わせ、より具体的なレベルで中国に対処する場合、自動車産業を中心とした経済的利益を持つドイツとそれ以外の国には、微妙な温度差が表れてくるのではないか。
以上のように考えると、欧州にとって、米大統領選後も当面、対米関係の焦点は「米中貿易」にならざるをえない。
さらに民主党・バイデン氏が勝利し、中国に対する厳しい基本姿勢を維持しながら交渉スタイルを変えた場合、欧州がどのような形で協調していくかという点が問われ、かえって欧州にとって難しい課題となるリスクがあるだろう。
(注)
1. URI DUSH AND GUNTRAM B. WOLFF, ‘What should EuropeWhat should Europe expect from American trade policy after the election?’ BLOG POST, BRUEGEL,2020年10月
2. Gabriel Felbermayr,‘THE EU AND THE US TTIP’, Chapter 15, Routledge Handbook of the Economics of European Integration, UK, 2015
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