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林秀毅の欧州経済・金融リポート

ユーロのデジタル化と国際化 -リブラ・人民元・ドルとの違い-

 

2020/11/11

感染再拡大の主因と金融市場

 欧州の新型コロナ感染再拡大が止まらない。春の南欧を中心とした第一波を上回る勢いで、秋に入ると感染者数が急増し、10月下旬以降、フランス、ドイツ、スペイン、イタリアに加えイギリスまで、広範囲で外出制限、飲食店の禁止などの措置が取られている。

 そもそも、今回の感染再拡大の主因は何だろうか。欧州の現状を見て、年央にかけ欧州域内で実施された移動制限解除の動きが早すぎた、という見方が出ている。

 この点、今年7月の本レポートでは、観光産業を中心とした経済活動への影響と夏のバカンスを欠かせない市民の生活という両面からやむを得ないと考えながら、南欧のリゾート地などを中心に第二波の感染拡大が本格化する可能性は高い、と述べた。

 しかし、欧州における第二波の現状は、それだけでは説明できない。連日現地から伝えられる報道を見る限り、夏のバカンスをきっかけに、その後も元々マスク着用などに抵抗感を持つ欧州市民の間に「緩み」が生じる状態が続いた、と考えざるを得ない。

 欧州では日本と異なり、政府がロックダウンなど市民の行動を規制する権限を持つ国が多い。しかしこの点が、逆に市民は強制されない限り、自ら進んで行動を規制することを好まない傾向につながっているようだ。

 次に、以上のような感染再拡大は欧州経済の一段の下振れ懸念を高めることにより、金融市場に影響を与えている。今年春、イタリア・スペインを中心に感染が拡大する局面で、ユーロは対ドルで1ユーロ=1.1ドルを大きく下回る水準まで下落傾向を強めた。

 しかし7月下旬、欧州レベルで復興資金計画が合意に至った後、9月初めまでユーロは一時、1ユーロ=1.2ドル台まで反転上昇する推移を示した。しかし9月後半以降、感染再拡大を受け、ユーロは再び下落に転じている。

 金融市場が将来の期待を先取りして変動する以上、予想を超える変化が生じた場合にその方向性が変化することはやむを得ない。

 復興資金計画についても、実際に資金が各国に亘るのはかなり先になることは当初から判っていたが、想定以上の感染再拡大が起きたためその後の見通しを修正せざるを得なくなった。

 しかし、少なくとも現時点では、欧州以上に米国の感染状況が深刻であることは否定できない。それにもかかわらずユーロがドルに対して下落するのは何故か。

ユーロのデジタル化(1):リブラとの違い

 ここで一旦話題が転換するのだが、そもそも欧州の当局者は通貨としてのユーロの役割をどのように考えているだろうか。

 この点を考える上で、このところ盛んになっているデジタル通貨(CBDC)の議論が参考になる。

 2018年10月の本レポートでは、欧州中銀(ECB)理事のスピーチなどから、欧州の当局者がビットコインに代表される「仮想通貨」に非常に否定的である点について述べた。

 その理由として、金融市場の安定性を維持する立場から、これらには裏付け資産がなく価値変動が大きいため投機対象になりやすいこと、取引がオープンに行われるため安全性に問題があること、マネーロンダリングの手段になりやすいことなどが挙げられた。

 これに対し、その後、構想されたリブラは、上に述べたビットコインの弱点を改善したデザインを採用している、という指摘がある(1)。

 第一に、この構想を進めるフェイスブックは、リブラに対し裏付け資産を付与し価値の安定性を高めようとしている(いわゆる「ステーブルコイン」)。ここでは、米ドルとカレンシーボードによるリンクした香港ドル、バスケット通貨制を採用したシンガポールドルなどを参考にした設計が行われている。

 第二に、リブラに対し、中央に管理者を設け、運営上のガバナンス機能を持たせることとした。

 しかしこの点は、そのままではリブラの管理主体に「世界の中央銀行」としての役割を持たせることにつながってしまう。この点は依然として、欧州の当局者が強く危惧することにつながった。

 その後、リブラについて、このような懸念に対応し設計変更が行なわれている。しかし以上のように、懸念が多少とも払しょくできない部分が残るかぎり、欧州当局者のリブラに対する反発が消えることはないだろう。

 尚、以上の議論に関し、ユーロのデジタル化を検討している欧州中銀(ECB)から、今年5月、内容の寄稿が公表された(2)。

 それによれば、裏付け資産のあるステーブルコインは、決済だけでなく資産保有にも有用な「グローバルステーブルコイン」となる潜在力を持っている。但し、その一例としてリブラの構想を取り上げると、必要となる金融監督及び金融市場安定化策と現状との間には依然ギャップがある。このような問題意識は、その後ECBから公表された論文やスピーチ原稿にも引き継がれていると思われる。

ユーロのデジタル化(2):人民元との違い

 次に、中国当局が積極的に推進している「デジタル人民元」は、第一に、国内向けの小口決済の利用を想定していること、第二に、人民元の国際化は、良く言われるようなデジタル化によってではなく、CIPSと名付けた人民元の機能を拡張し平日の24時間決済を可能にすると共に、各市場でクリアリングバンクを指定し人民元取引を行い、グローバルな利用拡大を進めていると指摘される(3)。

 この点、第一に人民元について小口決済を進める大きな動機は、利用者の情報を集中し監視することにある。しかし、欧州では、個人情報はむしろ厳密に保護され、分散して管理されるべきであり、このような動機は考えられない。

 さらに欧州では、ユーロ圏各国間でキャッシュレス化の進展度合いにばらつきがある一方、民間銀行・フィンテック企業による小口キャッシュレス決済が進展しており、中央銀行の参入によりこれらと競争を行うべきかどうか、という問題がある。

 第二の決済システムの機能向上による世界的な利用拡大という狙いは、1999年のユーロ導入以降、ユーロ圏内で取り組んできた決済システムの安全性・迅速性の向上への取り組みと重なる面がある。

 決済システムの利便性向上を受け、クリアリングバンクが世界的な人民元取引の普及にインセンティブを高めるという好循環は、ユーロにとっても見習うべき点があろう。

 但し、決済システム通貨の安定性を決済システムの機能向上によって高めていく、という手段についてはユーロと人民元の間に共通性が見られる一方、実現目標として、人民元が「将来的に、ドルを凌ぐ国際通貨になる」という地政学的な目的があるとすれば、ユーロにはそれはない、というべきだろう。この点を含め、以下、検討したい。

ユーロは「真の国際通貨」になるか

 先ず、ユーロ導入以前から「ユーロの国際的役割」について研究を重ねてきた欧州現地の識者による見解を紹介する(4)。

 その冒頭、著者は「国際通貨の誕生が、欧州通貨統合の主要な目的であったことはない」と言い切っている。

 その上で、国際通貨の条件として、通貨に対する信認、流動性、円滑且つ低コストの取引を実現する市場ネットワークなどの原則を述べた上で、ユーロが国際通貨であるかどうかについて条件を列挙し、検証している。

 これによれば、ユーロは経済圏の大きさ、市場の安定性・監督の実効性もユーロ危機によりむしろ高められたと評価した上で、ユーロ圏に欠けている条件は地政学的な動機を持っていないことであると述べている(欧州のエコノミストの中には、ユーロは米中関係をにらみ、まさに今、このような地政学的動機を持つべきという主張もある)。

 さらに、一般に、国際通貨のメリットとしては貿易通貨として用いられること、通貨発行益が大きいこと、デメリットとしては、金融政策のコントロールが困難になること、自国以外の経済状況も政策運営上考慮すべきこと、さらに危機時には「世界の最後の貸し手」とならざるを得なくなることなどを挙げている。

 既に述べたように、ユーロはドルや人民元に対抗する「国際通貨」になろうとはしていない。欧州の当局者にとっては、通貨の国際化がユーロ圏内の経済の安定化に資するかどうかが最優先の尺度であり、域内外の貿易・投資などへの影響により生じるリスクを抑えるために必要なかぎりで国際化を進めようとしている。

 その上で、ユーロに最も必要な条件は経済の成長であり、それなくしては人民元に地位を奪われるだろうと述べている。市場との関係でいえば、成長に対する期待を維持できるかどうか、金利の水準に影響を与え通貨の安定性をもたらすという考え方もできるだろう。

 以上のように、ユーロ圏内における政策効果を優先して考え、域内における通貨の利用可能性を高めるためにどうすべきか、という観点から政策手段を選択していくという考え方は、前半で述べた「デジタル・ユーロ」への取り組みにも共通する考え方だろう。

 その一方で、あえて、「真の国際通貨」の条件として、財政政策の裏付けや金融資本市場の十分な規模よりも実体経済の成長であると強調している点に注意が必要だ。

 以上のような要因が、米国で短期的にはバイデン大統領の誕生が確定的になり「不透明要因が払しょくされた」としてプラス材料と認識されているにせよ、冒頭述べたように、米国で新型コロナの感染拡大が非常に深刻であり、大規模な緩和策が取られているにもかかわらず、ドルと比較してユーロが不安定になりやすい傾向につながっているのではないだろうか。

(注)
1. 中島真志「中銀デジタル通貨と国際決済システムの未来」(日本経済研究センター講演資料、2020年9月)
2. Mitsutoshi Adachi, Matteo Cominetta, Christoph Kaufmann and Anton van der Kraaij,‘A regulatory and financial stability perspective on global stable coins(Macroprudential Bulletin,ECB,2020年5月)
3. 上記1参照
4. Agnès Bénassy-Quéré,‘THE EURO AS AN INTERNATIONAL CURRENCY’, (Routledge Handbook of the Economics of European Integration, 2015年)