欧州、2021年の最重要課題 -米新政権誕生後の展開-
2021/01/13
年明け、米議会にトランプ支持者たちが乱入した様子は、世界に衝撃を与えた。フランスのマクロン大統領が米国民に対しあえて英語で呼びかけるなど、欧州の指導者たちは、皆、この行動を強く非難した。
この事件は、世界のバイデン新政権に対する期待とは裏腹に、米国の分断が今も続いていることを示す出来事だった。ではそもそも、欧州は米国に対し、どのような期待を持っているのか。
欧州の米国への「4つの期待」
昨年末、欧州委員会は「グローバルな変革をもたらす欧米のアジェンダ」を公表した。
そこでは、欧州が考える「新型コロナ対応」「地球環境保護」「技術・貿易」「民主主義の価値観」という4つの課題について、米バイデン新政権との協力による取り組みに強い期待感を表明している(1)。
第一に、「新型コロナを初めとする健康な世界」の内容は大きく2つに分かれる。一つは新型コロナのワクチン・試験・処置、データ共有による今後の予防に向けた一層の協力、必要な物資の相互融通などであり、この点について、今も感染拡大に苦しむ米国に異論はない。
もう一点はWHOの強化・改革だ。この点、欧州は従来からWHOと協力する姿勢を維持する一方、米国はトランプ時代に損なったWHOとの関係を修復するかが課題となろう。
第二は、「地球環境の保護と経済の繁栄」である。国連気候変動枠組み条約締約国会議(グラスゴー、COP26)と生物多様性条約締約国会議(昆明、COP15)を控え、欧米の協力が必要である。
前者については、2050年までに二酸化炭素排出量をゼロにするという目標は世界のコンセンサスになりつつあり、米国としても新型コロナ後の経済再建策の柱としてグリーン投資を掲げる以上、両者の間で協力関係が構築されていくだろう。
一方、後者については、中国が自国で国際会議を主催する機会をとらえ自国の存在感を高めようとする場合、欧米がどのように対応するかが注目される(2)。
WTOの枠組みにより、カーボン・リーケージをどこまで防ぐか、サステナブル・ファイナンスに対する規制枠組みをどう作っていくかという課題をどこまで実務的に詰められるかという点がポイントになるだろう。
これに対し森林の減少と海洋汚染の防止といった課題についてはアジア・アフリカ・中南米など、新興国を巻き込んだ議論が必要になる。
第三に、「技術・貿易・世界標準」については、先ず「人間の尊厳という価値観、(個人情報保護など)個人の権利、民主主義的な原理」の重要性から米国を「当然のパートナー」と考えている。その上で、中国と名指しこそしないが、デジタルガバナンスに対するライバルのシステムによる挑戦に立ち向かうべき、と述べている。
具体的には、先ず、WTO改革と双方間の懸案について協議する。そのためにEU・米国で「貿易・技術協議会」を設立し基準作りやイノベーションの促進について協議する。
次に、オンライン・プラットフォームとGAFAを中心としたビッグテックの公平な課税や市場の歪みに関する責任を明確にするための対話を行う。
この点は、EU内で各国に温度差がある上、米新政権のGAFAに対する「距離感」(経済再建に向け積極的に活用するか、格差拡大の原因として距離を置くか等)も問題となり、最も難しい課題となろう。
またAI・自由なデータ流通といった分野で、世界標準の規制・基準作りに協力する。この点はまさに、中国を念頭に置き、欧米間の結束を促している。
第四は「安全且つ一層豊かで民主的な世界」であり、民主主義の強化、国際法の遵守、SDGsの支持、人権の擁護を促すことに向け、欧米の協力は不可欠である。
この考え方に基づき、バイデン氏によって提案された「民主主義サミット」を全面的に支持し、(香港やウイグルの問題を念頭に置き)全体主義の興隆、人権の侵害、腐敗に協力して立ち向かう。
同時に、地域と世界の安定を目指し、(NATOの実効性確保を念頭に置き)欧州安全保障・防衛の会議体を立ち上げ、多角的な安全保障を強化する。尚、以上の全ての点について、2021年前半に開催するEU・米国サミットに向け、「新たな環大西洋戦略」を実現するためのロードマップを作成する、と述べている。
以上、元々、欧州委員会の政策手法としては、先ずアジェンダをテーブルに並べ、優先順位を付けた上で、ロードマップに展開し検討・実現スケジュールを展開する。結果的に、すべての課題が実現できなくても無理はしない。
欧州の期待は、米国の指導者がトランプ氏からバイデン氏に代わり、これまでの関係が正常化に向かう部分と、その上で二年後の米中間選挙頃までを目途に、新たに協力関係を強めていく部分に分けることができる。
そう考えた時、「健康」「環境」「民主主義」は本来、欧州と米国が価値を共有し協力してきた前者の分野である。欧州からみれば、これらの分野で米国との関係を修復した上で、懸案事項の多い「技術・貿易・世界標準」の分野で成果を挙げることを目指すのではないか。
米国はどう対応するか
それでは、以上のような欧州からの強い期待に対し、米国新政権は、どこまで対応できるのか。
第一に、冒頭触れたように、米国の分断は依然深刻だ。トランプ氏が2024年の次期大統領選に立候補する希望を捨てず、支持者の維持・拡大を最優先した行動を取る限り、この状況は変わらないだろう。
支持者の議事堂への乱入により苦境に立ったトランプ氏が、出席を拒んでいる大統領就任式に突然現れ、喝采を浴び「主役」の座を奪うことを目論んでいる、という憶測まで飛んでいる。
これに対しバイデン氏は、民主主義を標榜するがゆえに、反民主主義的であっても一定数の勢力を維持するトランプ支持者を無視することができない、という矛盾に直面することになる。
第二に、バイデン氏の勝利は、民主党内左派の協力を取り付け、「ラストベルト」にある中西部などの州を奪還したという経緯に拠っている以上、直ぐに自由貿易交渉などに取り組むことは、よく言われる通り困難だ。
それどころか、1月5日のジョージア州上院選で民主党が2議席を獲得したことは、かえってバイデン氏の政策の選択肢の幅を狭めかねない。
両党の上院議員数が並び、議案を通すことが可能になり、これまでの閣僚人事などに不満を持つ党内左派の政策に対する要求度が高まる可能性があるためだ。両党上院議員の投票が同数の場合に決定権を持つハリス副大統領の采配が、この点からも重要な意味を持つことになろう。
第三に、「技術・貿易・世界標準」の分野で、通商貿易と並ぶ大きな論点であるデジタル化に関し、バイデン政権がGAFAとどのような距離感を取るのか(即ち、対外的にどこまで協調して連携するか)という点が、未だそれほど明確でないようだ。
この点、欧州内でも各国内の足並み等が揃っているとは言えない状況なのだが、年明け、フランスの「デジタルサービス税」に対する制裁関税を米通商代表部(USTR)が見送ったことなどから、新政権下のかじ取りが一段と注目されることになる。
さらに、昨年9月の本レポートで述べた通り、これらの問題の根底には、個人データの利用に対する欧・米間の「基本思想」の違いがある。
以上のように考えると、欧州が米国に対し提起した4項目の内、「健康」「環境」「民主主義」については、グリーン投資、パリ協定への早期復帰などにより欧州と歩調を合わせることが可能だろう。
しかし「技術・貿易・世界標準」の分野では、欧州からの働きかけに対し、米国が貿易・技術の両面で、早い段階で政策にコミットすることは、難しい状況ではないか。
中国は「土俵」に乗るか
さらに、欧州が米国バイデン新政権と協力し、これらのグローバルな政策課題を実現しようとする際、常に念頭に置いているのは中国の存在だ。それでは欧州のアジェンダを中国からみるとどうなるだろうか。
「健康」については、世界的な感染拡大の抑制という共通目標を持ち皆が協力して行動するはず、と考えることにしよう。
すると第一に、中国から見て最も取り組みやすい分野は環境だ。前述のように、国際会議などを通じ、国内外の両面で国威を高めることが可能になるためだ。
但し、欧米との協力により世界的な協調を実現することというより、環境技術への取り組みなどを通じ世界的な議論の主導権を持つための新たな競争の場と考えているのではないか。
第二に、「技術・貿易・世界標準」について、中国は欧州に対し積極姿勢だ。12月30日、EUと中国の間で「投資協定」が大筋合意された。
昨年10月の本レポートで述べた通り、本投資協定は元々、長年の懸案でありEUの議長国だったドイツのメルケル首相が当初は9月の欧中サミットをオンラインではなく、実際に開催し調印することを検討していたという経緯がある。
また、その内容についても、(欧州企業からの)技術移転を禁止する、中国の国有企業への補助金の透明性向上を求めるなど、中国側に一定の規律を求める内容が含まれている。
しかし、同レポートでも懸念したように、中国の自動車市場などに大きな関わりを持つドイツと中国の人権政策をより強く批判するフランスなどの温度差が今回表面化したことは否めない。
一方、中国は米中貿易関係の悪化が続くこの時期に、EUと協定合意に至ったことを国内外にアピールできることになった。
第三に、「安全且つ一層豊かで民主的な世界」の分野は、中国が「民主主義に対するシステム上のライバル」して明記され、欧米間の軍事・防衛協力の可能性にも言及されている以上、中国として是認できる内容ではないはずだ。
以上のように考えると、冒頭述べた「欧州は米国に対して協力を提案した4項目について、どのように取り組んでいくか」という問いに対しては、中国に対しては、「健康」と「環境」の二点については協調、「技術・貿易・世界標準」と「民主主義」については対峙、という姿勢で臨むことになろう。
但し、ここで前者の「協調」とは「共通の価値観に基づき合意に達する」という意味ではなく、同じ議論の場に臨み、それぞれの思惑が合致し、何らかの結論に至る、という意味にすぎない。
また、「技術・貿易・世界標準」の分野では、先に述べた通り、欧・米間でも具体的な検討に入るほど見解の相違が鮮明になる。そのため、中国との間でも「非個人データの自由流通」といった総論以上に、どこまで議論を進められるかが注目される。
欧州もまた「メルケル後」に指導者不在となり、欧州に対する難民流入の防護壁となってきたトルコとの関係が悪化すれば、再び難民が増加し中東欧からポピュリズムの波が広がりかねない(3)。
冒頭述べた「4つの課題」は、米国との協力により世界を変えるという前向きな期待を込めた欧州の対外的な提言だ。しかし以上のように検討していくと、これらはそのまま、現在の欧州自身が直面する難題を表している。
欧州の最重要課題とは、自らと同様に内外に課題を抱える米国と連携しつつ、異なる価値を持つ中国と協調・対峙する、という困難な道を歩み続けることではないか。
(注)(1)‘A New EU-US Agenda for Global Change’ (The EUropean Commission, 2020年12月)
(2)林 秀毅「欧州グリーンディールとグローバル企業の戦略-循環型経済と生物多様性への展開-」(東レ経営研究所「経営リサーチ」, 2020年4月号)
(3)‘TOP RISKS 2021’9, EUrope after Merkel, (EUrasia group, 2021年1月)
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