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林秀毅の欧州経済・金融リポート

欧州のワクチン対応と経済給付策 -「デジタル政府」への道-

 

2021/03/10

はじめに -何が問題か

 欧州の新型コロナ対応をめぐる当面の緊急課題は、他の国々・地域と同様、ワクチンの供給確保と変異種への対応だ。

 前者については、各社からのワクチン供給状況が日々変化する中、政策当局者に迅速性と柔軟性が求められる。一方、後者にも迅速性が求められることは当然だが、こちらは研究開発と実証が求められる息の長い作業である。

 前月の本レポートでは、以上の点につき、深刻な感染状況が続く中ワクチン接種を先行して進めている英国について検討した。今回は欧州連合(EU)の側から考えることにしたい。

 今年1月中旬、欧州委員会が公表した報告は、EUが改めて取り組むべき4つの優先事項として、①ワクチン供給と接種を加速させること、②新変種対応のための治験と検証を促進すること、③コロナ禍の中でも単一市場を機能させること、④国際的な指導力と対外的な協力を示すことを挙げている(1)。

 この内、第一点と第二点が、冒頭述べた二つの当面の緊急課題に対応する。以下、この二点について、その内容を紹介した上で、欧州が抱える課題・問題点について考える。

 尚、第三点は経済活動との関係が深く、第四点は外交・地政学的側面が強い。これらについては、適宜必要な範囲で触れる。以下、各点について見ていきたい。

欧州の取り組みは遅れているか

 第一に、ワクチンの供給・接種状況をみると、既に認可済のファイザー及びモデルナのワクチンにより、EUの人口4億5千万人の80%以上に相当する3億8千万人のワクチンを確保した。さらに、アストラゼネカのワクチン承認は最終段階にあり(その後承認)、ジョンソンアンドジョンソンのワクチンについても承認手続を開始している。

 しかし、この状況は、裏を返せば20%以下の人口に対してはワクチンの準備ができていなかったということだ。この点への懸念が、その後1月下旬に欧州委員会によるEU内で生産されたワクチンに対する輸出承認手続につながった(2)。

 実際のEUにおけるワクチン接種は、昨年12月27日から29日にかけて開始され、これまで5百万人以上が接種を受けた。しかしEUは、接種が各国毎に設定したスケジュールに沿って実施され、加盟国間の接種率に2%から0.5%という大きな開きがあることを問題にしている。

 このような状況は、接種の進んでいない国が個別判断で、その後イタリアで見られたようなワクチンの輸出制限、あるいはEUで認可されていないワクチンの供与を受けるという動機につながりやすいと言わざるを得ない。

 一方、当面の目標としては、今年3月中に医療・介護従事者及び80歳以上の高齢者の80%以上に、今年夏迄に成人全体の70%に接種を実施するという目標を掲げている。

 この点、先述したワクチン供給面でもEUレベルの輸出承認手続が当面3月末までの措置とされており、夏のバカンス期に向け、3月末が感染拡大を抑制する大きな節目と考えられる。

 第二に、ワクチンの開発については、変異種に対応するための治験及びその結果の解析が急務である。しかしこの点についても、現状、デンマークや(非EU加盟国の)英国等と、他の加盟国間で検討状況に大きな差があり、各国間で情報を共有すべきである。

 第三に、各国毎の規制措置は、欧州単一市場の機能維持とのバランスから判断されなければならない。欧州単一市場を機能させるためには、各国レベルの規制措置として、国境閉鎖、一律の旅行禁止、並びに空路・陸路・海路の渡航禁止は正当化されず、変異種が発生している国・地域からの入国制限・検査などに限定すべきである。

 一方、単一市場内の安全で自由な人の移動を確保するため、ワクチン接種を行ったというEU共通の証明書(いわゆるワクチンパスポート)をEUの個人情報保護規則と合致する形で定め、これをWHOに提案しこれを将来的に世界標準とするよう求めるとしている。

 ワクチン接種に対する証明書は、個人情報にかぎらず、接種の有無が差別や偏見につながりかねないという意味で、欧州に限らず、日本を含む世界で問題になる。その意味で厳しい個人情報保護規則を持つ欧州におけるワクチンパスポートをめぐる議論がどう進んでいくのか注目される。

 第四に、対外的なワクチン外交について、先ず、世界的には、多角主義的な考え方に立ち、EUと米国の協力関係を基盤として、途上国へのワクチン供給を促進するCOVAXと呼ばれるワクチン供給の枠組み等を通じWHOの活動を支えるとしている。

 さらに対外的な分野の取り組みとして、EUと関係の深い西バルカン・東南欧の近隣諸国・アフリカなどに特に重点的に供給する「欧州ワクチン配分メカニズム」を立ち上げるとしている。

 但し、この取り組みはEUが確保したワクチンを使うことが前提であり、これまで述べてきた域内のワクチン供給状況を考えれば、取り組みが本格するのはおそらく4月以降になるだろう。

今後の転換点は何か

 以上のように考えると、現状EUレベルでできることは比較的限られており、今後も各国の政策対応が中心になると考えざるを得ない。この点、現地では欧州委員会の政策対応に批判もあるが、そもそも共通保健政策において各国に対しEUの権限は弱い(前月の本レポート)。

 欧州委員会が単一市場を維持・推進する立場にあり感染抑制のための移動制限との間でジレンマに陥りやすい、という事情もある。この分野では欧州委員会が自らの存在意義を示す具体策を示しにくい現状がある。

 但し、以上の議論に関連し、一点注目したいポイントがある。それはアストラゼネカのワクチンの動向だ。先述のようにアストラゼネカのワクチンに対する承認はファイザー等より遅い。

 英国企業である同社にブレグジットという政治的要因が影響を与えているかは定かではないが、実際のワクチン供給についても、同社が4-6月のEU向け供給を大幅に減らすと発表している。

 一方、独仏などEU主要国は、アストラゼネカのワクチンは高齢者向けに効果があるかどうか不確かであるとして、従来接種に後ろ向きだった。さらに南アフリカの変異種に対する効果がかぎられる、という見方もある。

 これらの点について、治験による実証に加え、現在、英国で実施されている接種がどのような効果を生むかということが注目される。ワクチンの供給・接種という両面で、今後アストラゼネカとEUの関係がどう変化するかという点が注目される(3)。

緊急対策の制度設計はどうあるべきか -英・独の比較検討

 次に、新型コロナ対応の当面のもう一つの重要な論点である経済対策について、これまで欧州各国で行われてきた緊急対策に対象を絞って検討したい。

 ここでは、第一に給付対象をどのように絞り込んだか、その上で第二に、給付の迅速化を図るための枠組みをどう設定したかという点が問題になる。以下、英国とドイツの実例について見ていく。

 英国では、失業・低所得者、被雇用者、自営業者・フリーランスを給付対象としており、日本のような全国民に対する一律給付は実施していない。

 特に失業・低所得者向けに、ユニバーサル・クレジットと呼ばれる包括的な福利厚生パッケージの受給者(即ち、新型コロナ危機以前から、生活補助が必要と認められた人々)に対し、25%程度給付の上乗せを実現する方法を取っている。

 給付の迅速化については、以上の方法により先ず給付した後に、事後的に所得データを参照すること等によって不正を摘発する。

 日本と同様、英国も単一の個人番号を持たないが、上に述べたユニバーサル・クレジットと所得データを保有するオンライン税務システムが、従来から国民保険番号により紐付けされており、この点が活用されている模様である。

 次に、ドイツでは、被雇用者、自営業者・フリーランスを給付対象としており、やはり日本のような全国民に対する一律給付は実施していない。

 給付の迅速化については、先ず給付した後に、地方分権化が進んだ連邦制を反映し、各州立銀行が税務署の納税情報を参照すること等によって不正を摘発する。

 ドイツも単一の個人番号を持たないが、納税者番号などの活用により、各州立銀行と税務署の情報共有が可能になっている模様である。

 以上のように英国とドイツの政策対応を比較すると、両者の共通点が浮かび上がってくる。即ち、本当に給付・補償を必要とする対象を絞り込んだ上で、迅速に給付を実施し事後的に不正の摘発等を行うという考え方だ。

 特に給付の迅速化については、緊急支援という本来の性格から非常に重要であることは論を待たない(4)。

 同時に、事後的なチェックを行うという発想は申請者と現場窓口双方の負担を軽減することにつながる。ここでは、申請者にとって、事後的なチェックに実効性があると認識できる制度化かどうかが、ポイントになるだろう。

 尚、英国は2月上旬に、6月までに段階的に移動規制などを緩和するロードマップを発表し、3月上旬、学校が再開された。ドイツでも、同じタイミングで、書店など一部商店の営業が認められた。

 今後も変異種への対応など不確実な点は多く、今後のスケジュールについては変更を迫られる局面は十分想定される。

 しかし大切な点は、必要な給付・補償を迅速に実施した上で、今後に向けた道筋を明示することだ。このことが国民の政策への信認を通じ、感染を抑制する行動を取る動機付けにつながる。

 このように考えると、欧州のデジタル化への取り組みは、新型コロナ対応に限らず、さまざまな政策分野に広く適用できそうだ(5)。

(注)
(1)A united front to beat COVID-19 (European Commission,2021年1月)
(2) Commission puts in place transparency and authorization mechanism for exports of COVID-19 vaccines (European Commission, 2021年1月)
(3) ‘EBC Briefing on COVID-19,vaccine and detection’(European Business Council,2021年3月)
 本年2月、アストラゼネカのワクチンが日本においても製造販売の申請を行った一方、日本国内のワクチン生産を今後拡大する方針であることは伝えられている通りである。
(4)小林慶一郎「政策に「時間コスト」の意識を」(日本経済新聞「経済教室」、2021年2月)
(5)日立総研「特集・EUが推進する分散型データガバナンス」(機関誌「日立評論」、2020年11月)