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林秀毅の欧州経済・金融リポート

欧州の地政学・三つのジレンマ -残された選択肢は何か-

 

2021/04/12

第一のジレンマ:「対中包囲網」と新興国リスク

 欧州の中国に対する姿勢が、一段と厳しさを増している。対中姿勢の厳しさといえば、先ず米国が頭に浮かぶ。しかし、3月下旬、欧州連合(EU)は中国のウイグル族に対する処遇が人権侵害に当たるとして、米・英などに先駆け、中国関係者への制裁措置を発表した。

 何故このタイミングだったのか。一般的には、昨年半ばの中国による香港国家安全維持法の施行以降、中国の政策姿勢に世界的に批判が高まる中、年末にEUが中国と投資協定を締結したことが抜け駆け的な経済重視策だという他国からの反発を意識し強い態度を打ち出した、とみられているようだ。

 確かにEUは従来、中国を重要な貿易パートナーとみなし関係強化を図る一方、中国国内の少数民族に対する弾圧などについては別の対話ルートを持ち、経済関係に悪影響を与えないように配慮する姿勢をみせてきた。

 また中国の側も、例えば日欧関係は、経済連携協定(EPA)など経済的利害で結び付いているにすぎず、日本は人権などの理念を欧州ほど重視しておらず、欧州はアジアの地政学に関心がない等と考えていた節がある(1)。

 しかし、自らが重視する人権尊重・民主主義といった理念をないがしろにする行動が一線を越えた場合には、EUは独自の判断を打ち出し制裁に踏み切る。

 今回、世界に先駆け制裁の方針を打ち出し、その後米・英などが追随したことは、普遍的な価値を打ち出すことで主要国に対し自らの存在意義を示す欧州の戦略がある。

 但し、今後については、中国との政治外交関係の変化が経済関係にどのような影響を与えるかという点が懸念されることになる。

 特に、自国の産業を国家あるいは党による意思決定の影響下に置く傾向の強い現在の中国で、制裁発動後、欧州企業が中国市場においてどのように扱われるのか、という懸念が生じる。そう考えた時、特に中国市場への依存度が高いドイツの自動車産業への影響が注目される。

 言い換えると、中国の人権に対する姿勢は批判されるべきだが、同時に経済への関係を失いたくないという欧州のジレンマは、EU最大の経済国ドイツに最も明確に表れることになる。

 さらに、最近の為替市場でユーロが対円で上昇している理由として、ユーロ圏の貿易黒字の拡大傾向が挙げられている。それを支える重要な要因である欧州の対中輸出の伸びが影響を受けるという懸念が高まれば、ユーロ上昇への期待は低下することになるだろう。

 次に、この「対中包囲網」は、具体的にはバイデン政権下では米国が単独ではなく同じ価値観を持つ主要国と連携し、中国を封じ込めるネットワークを意味する。

 すると、これに対し中国には、反米国の国と手を結び「対米包囲網」を構築する動機が生じる。今年3月下旬、中国の王外相が中東を歴訪した。ここではイランとの戦略的な連携関係が大きな話題となったが、欧州から注目すべきは中国・トルコ関係が強化されるかどうかという点だ。

 新型コロナ禍で世界の主要中銀による金融緩和が続く中、今後の事態改善への期待から米金利主導で先進国の金利が上昇すると、脆弱な自国通貨の下落を食い止めるため金利を引き上げざるを得ない新興国が増えることになる。そこでは、自国経済に問題を抱える国の通貨ほど下落圧力を受け対処が必要になり国内経済がさらに疲弊するという悪循環に陥りやすい。

 このような状況下、トルコについては、エルドアン大統領が国民の支持を維持するため自国の中央銀行総裁を交代し利上げを阻んだため、かえって金融市場で経済政策への信認が低下し懸念が高まった。

 一方、政治的には、トルコが従来からEUとの間でシリアなど中東から欧州に流入しようとする難民を自国に引き止め、EUからは多額の資金支援を受けるという枠組みが成立している。

 しかしこの枠組みの実現に大きな役割を果たしたといわれているドイツのメルケル首相は今年秋に引退する予定である。また従来、トルコにとってEUとの関係を維持する重要な動機付けだったEU加盟(「目の前にぶら下がったニンジン」とも表現される)は、独裁的なエルドアン大統領の下では、限りなく現実性を失っている。

 今後は、自らも国内に少数民族の問題を抱えるトルコ政府が、ウイグル人に民族的に親近感を持つ国民の声を抑え、中国の協力を得て国内経済の梃入れとワクチン接種を進めるかどうか、といった点が注目される。

第二のジレンマ:対ロシア関係と欧州エネルギー政策

 次に、欧州は、対中国と同様に対ロシア関係を重要視している。この点は、中国を「唯一の競争相手」と位置付ける現在の米国等の認識とは大きく異なっている。

 例えば、昨年秋以降、欧州各国がアジアの安全保障に強い関心を持ち始めた背景として、一般には中国への警戒感を強めていることが挙げられるが、これと同時に対ロシアを念頭に日本などと協力する目的があるという指摘がある(2)。

 このような欧州からみたロシアへの警戒感の強さの背景には、対中国の場合と同様の価値観の違いや地理的な距離の近さだけでなく、エネルギー供給を一国に依存していることへの危機感がある。

 先ずEU全体では、例えば天然ガス供給の40%以上をロシアに依存しているとされる。その内訳としては、2004年5月にEU加盟した中東欧旧社会主義国の依存度が高い。

 さらにより重要な点として、EU最大の経済を持つドイツがロシアのエネルギーに依存している。その表れがロシアからバルト海経由でドイツに達する天然ガスパイプライン計画「ノルトストリーム2」だ。

 この計画について、ドイツはエネルギー供給を満たすと同時に、ロシアにとって重要な輸出先であるEUへの供給ルートを確保するという意味で、両者の利害は一致している。

 一方、EU内ではロシアへの過度のエネルギー依存への懸念から、米国はロシアの国益を利する計画であるため、共にこの計画に反対しているが、既に9割以上の工事が進んでいると伝えられる。

 尚、以上のようなEUエネルギー政策の脆弱さには、加盟国間でエネルギー政策について協力が進んでこなかった背景がある。

 従来から、欧州には共通エネルギー政策と呼べるものは実質的に存在しなかった。1990年代、EU単一市場でヒト・モノ・カネの動きが自由になっても、エネルギー構成の考え方などは各国次第だった。例えばフランスの原子力発電比率の高さがEU内で突出していることは良く知られた通りだ。

 しかし21世紀に入り、特に環境政策への取り組み機運が高まったことと関連して、共通エネルギー政策に向けた協力期待が高まったとされる。

 その意味では、現在、欧州委員会が掲げるグリーンディールは、温室効果ガス削減という目標を持つ環境政策及び新型コロナ後の経済再建策であると同時に、水素などの活用によるエネルギー安全保障の側面を持っていると言える。

 最重要政策であるグリーンディールに逆行しかねない天然ガス供給プロジェクトがロシアとの間で進んでいる点に、もう一つのジレンマがある。

第三のジレンマ:ドイツの国内政治と対外関係

 最後に、EU域内で懸念される要因として、ドイツにおける国内政治と対外関係を挙げたい。

 昨年前半、新型コロナ感染拡大の第1波の局面ではドイツは感染者数・死者数などから、他の周辺国と比較して模範的であるとされていた。

 この背景には、先ずドイツ自身が持つ科学的な知見が政策に反映された面があった。しかしその上で、メルケル首相が移動の自由を制約するなどの意義と重要性を強く訴え国民の理解を得られたこと、各州の権限が強い連邦国家で、頻繁に各州の指導者と話し合い、大きな方向性の下で各地の状況に柔軟に対応できたことが大きかった。

 しかし現在欧州で進んでいる第3波では、変異ウィルスが主体になっているため感染が各地で急拡大し、迅速で効果的な対応がドイツでさえも難しくなっており、さらにこの点が連邦政府と各州の不協和音にもつながっている(末尾図表の通り、直近の感染者数でドイツは英国を大きく上回っている)。

 そのため、メルケル首相率いる与党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が地方選で敗北する事態が続いている。

 この状況では、メルケル首相の後任含みで、今年初CDU党首に就任したラシェット氏では今年9月の総選挙は戦えない、という声が一層高まるだろう。

 この場合、対照的に地盤の南部バイエルンで感染を比較的コントロールし現地メディアにも頻繁に登場するゼーダーCSU党首が適任という流れに向かいやすい。

 しかしこのような経緯で、少数派である姉妹政党の党首が首相になった場合、国内的には選挙後に予想される緑の党との連立の形成・維持を、比較的リベラル色の強いメルケル氏と同様になし得るだろうか。

 さらに、対外的には、メルケル首相が果たしてきたEU内の利害調整、さらにはEU域外の主要国との外交などを担うことができるのかという疑問が生じる(筆者はドイツ政治の専門家ではないため、あくまで疑問であり知見があればご教示頂きたい)。

 この点、EU内でワクチン供給問題などから苦しい立場に置かれているフォンデアライエン委員長のサポートと共に、英国・米国だけでなく、先に述べた懸案を巡り中国・ロシアなどの主要国との外交で何処に合意点を見出していくかという意味で、ドイツの政治指導者への負担が一層重くなってくると考えられる。

 言い換えると、新型コロナ対応と今秋の総選挙という国内の課題を優先しドイツの次の指導者が決定された場合、選挙後はドイツ国内だけでなくEU全体の難題に取り組むことが難しくなる、というジレンマが生じるのではないか。

 そう考えた場合、フランス・イタリアなど現政権の政治基盤が不安定な国々をまとめあげ、環境政策を中心に世界各国と議論を進める指導者としてメルケルは余人を以て代えがたいように思われる。

 現状では、ドイツの次の指導者が誰になった場合でも、メルケルが間接的に何らかの形で、ドイツ・EUの政治の中で役割を担っていかざるを得ないように思われるのだが、如何だろうか。

(注)
(1) ‘From “wider west” to “strategic alliance”,An assessment of China’s influence in EU–Japan relations’,(Lilei Song and Liang Cai,2019)
(2)この点については「ドイツリスク」(光文社新書)の著者である三好範英読売新聞編集委員から示唆を頂いた。
(3) ‘EU-Japan Relations and the Crisis of Multilateralism’, (Julie Gilson,2019)