欧州と米国、対立か協調か-法人税とデジタル課税を巡る視点-
2021/06/10
通商関係と気候変動への取り組み
5月半ば、欧州連合(EU)と米国は、鉄鋼・アルミへの関税をめぐる交渉の解決に向け、方向転換することで合意した。
米国バイデン政権としては外交面で友好国と連携し中国に対するという戦略に立っている以上、そもそも通商問題で欧州と議論を続けることに意味は感じていないはずだ。
欧州側からみても、トランプ前政権が発した米国内向けの性格が強いメッセージが打ち消され、元の状態に戻るということにすぎない。
今後の通商交渉では合意は難しいという見方もあるが、昨年10月の本レポートでも述べた通り、そもそもトランプ政権以前から、欧米間の通商交渉は実質的に頓挫していた。今後の交渉の成否にかかわらず、現時点で協力に向けた合意がなされたこと自体に意味があると考えるべきだろう。
一方、気候変動への取り組みは、「中国を意識した欧米の協調」という点では通商問題と共通しているものの、中国自身が政策に取り組む動機を持つ点が異なっている。
この問題で積極姿勢に転じた米国が、今年4月に主催した気候変動サミットの場には中国も参加し、世界的な議論が進んだ。
これにより、多くの国が規制に合意した場合にはこれに従わず抜け駆けをした国は得をする、という環境問題につきまとう「抜け穴」が、かなりの程度封じられることになる(前月レポート)。
現状は、世界の各国・地域が、共通の目標達成のため、それぞれの政策手段・技術開発に取り組む段階に入っている。
例えばEUでは、洋上風力などに加えクリーンな水素の調達に重点を置く一方、英国は原子力の活用まで含んだ広範な戦略を取っている。
即ち、気候変動をめぐる議論は「対立から、協調を経て、競争へ」という転換期に入った、といえる。
法人税率の国際協調:欧州にとっての「二重のハードル」
それでは、6月に入りG7財務省会合で合意された、法人税の最低税率を少なくとも15%とする点については、どう考えるべきか。
これまで、世界各国は有力なグローバル企業を自国に留めるため、法人税率の引き下げ競争を行ってきた。
一方、従来から自国企業を持たない小国は海外の有力企業を誘致するため、 法人税の引き下げに積極的だった。
法人税の最低税率についての国際的な合意が不十分なままでは、これらの国々はあえてルールに従わず法人税を低く据え置き、企業を誘致する動機を持つことになる。
これは先に述べた気候変動の国際協調について、協調しない国があるとそこに企業が移転し、全体として協調の効果が得られなくなることと同じ構図だ。
現在、新型コロナ対応するため各国が追加的な財政資金を必要としている状況は、この問題について現状を改め国際的に協調する良いタイミングである、と言えるだろう。
但し、欧州は、対外的な国際協調と共に「域内の税制競争と税制協調」という長年に亘る問題を抱えている。
先ず、EUには税制政策の権限が与えられておらず、各国間の協調によるしか方法がない、という背景がある。
しかし、1992年の欧州単一市場の誕生を契機として、間接税である付加価値税(VAT)については税制協調の動きが見られ、最低税率は15%と定められている。
これは各国の付加価値税が違うと、単一市場内で国境を越えるモノの動きに影響を与えるおそれがあったためだ。
一方、直接税については、域内で協調して引き下げる特段の動機がない中、 アイルランドなど一部の国が企業誘致のため、域内の他国と比較して法人税を低く維持する動きが続いた。
また1990年代には、ユーロ導入の条件の一つとして、各国は財政債務残高を原則として対GDP比60%以下に抑えることが求められた。この点もまた、法人税率を引き下げることに対する制約となった。
以上のような経緯から、EUでは法人税の協調は進んでおらず、税率の水準も低いとはいえない(末尾付表)。
この点、企業誘致を狙う一部の国を除いた加盟国間で、「財政の負担となる大幅な法人税引き下げはしない」という暗黙の協調が働いているとさえ感じられる。
以上のような経緯から、EU各国の法人税率の平均は現在、20%を超えている。一方、米国が5月下旬、法人税の下限設定について国際的な合意を得るため最低水準を15%に引き下げたため、EUからみれば問題のない水準になった。
EU内で残る問題は、低い法人税でメリットを得ている一部の国の反発だが、EUから加盟国に配分される基金などの形で、これに代わるベネフィットを与えるといった政治的な手段により、決着が図られるのではないか。
デジタル課税の「ゲームのルール」: 対立から協調へ?
それでは、法人税引き下げの議論と並行して国際的に議論されてきた、デジタル課税の問題についてはどうか。
そもそも法人税は所得が発生した場所で課税されるのが原則(源泉地主義) であるため、グローバル企業には所得の発生する場所を操作し法人税額を抑制する動機が働く(1)。
ここでは、第一に、米国のデジタル有力企業(GAFA)のような無形の設備でビジネスを行う企業に対する課税を誰が行い得るのか、という点が問題になる。トランプ前政権は、欧州各国がGAFAに課税することは自国の税収減につながりかねないため強く反対しており、この問題はGAFAの支払う税金をどちらが受け取るかという、いわばゼロサムルールのゲームとして議論されていた。
第二に、先に述べた 法人税の課税の根拠となる源泉地には、何らかの物理的な恒久的施設があることが前提となる。しかし 国境を越えたインターネットを活用するデジタル企業は、販売売上を上げるのと同じ国内に施設を作る必要はない。
そのため欧州委員会は、施設ではなく売上やユーザー数などに基づき課税の根拠を決めるという新たな考え方に基づきオンライン広告などデジタルサービスからの収入に課税するという提案を行った(2)。
一方、トランプ前政権からは、GAFAを狙い撃ちにする行動であるという批判が提起された。
この状況では、税を課される側のデジタル企業は、少しでも有利な場所やスキームを探す行動を続け、それによりメリットを受け続けることになる。
以上のようにデジタル税について何ら国際的な合意がない現状で、フランスイタリアなど一部の国が自国の判断でデジタル税を課した。しかし、このような国単独のデジタル税自体が、現状では一種の「抜け駆け」であるという批判にもつながった。
第三に、以上のように考えると、今後は、国際的なデジタル税に関する合意により、GAFAの恣意的な税回避を防止し適正コントロールすべきである。
ここには、GAFAにかぎらず、物理的な施設を持たないで収益を上げるビジネスモデルに対して課税しきれないという共通の問題意識がある。
今年5月、欧州委員会は改めて、法人税の居住地原則は時代遅れである、とする文書を公表した(3)。同時に、デジタル企業の支払う税額は少なく、実際にビジネスを行っている国々に対し利益をもたらさないとしている。
一方、欧州と米国の間に依然、対立点が残っているとすれば何だろうか。今年のG7財務相会合では米国提案に基づきGAFAを狙い撃ちにするのではなく、「大規模な多国籍企業」の利益率10%を超える部分を課税対象とすることで一致した。
米国の提案の背後には、デジタル課税の合意によって自国としても税収増を図りたい意図があるはずだ。
そのためどのような規模・業種の企業が今回のデジタル課税の対象になるかによって、欧州・米国双方にとって税収の「勝ち負け」が決まってくるだろう。
仮に双方が自らの取り分を最大化することを目的に交渉を進めれば、議論の対象範囲が広がるのみでゲームのルールに変わりはない。
この場合、対象となる「大規模な多国籍企業」の具体的な範囲が、最後まで対立点として残ることになるだろう(ただしこの場合、筆者は税制の専門家ではないため、具体的な着地点のイメージについて、識者からご教示頂戴ければ幸いである)。
ここで交渉がまとまらなければ、従来通りGAFAは法人成立の低い国で法人税を支払い続けメリットを維持することになる。これは双方の法人税増収に繋がらないという一種のジレンマ状況が続くだけでなく、前半で述べた法人税の最低税率についての合意が骨抜きにされることにもつながる。
しかし、米国提案の根底に、デジタル企業の税逃れを防止しそこで得られた財源を米国内では中間層の復活のための所得移転の手段に用いる、という発想があれば、この点は欧州にとっても共有できる考え方だろう。
そもそも、コンテンツは無形であるため、企業から見た税の「最適化」のため法人税の安い国に企業が流れやすい。それによって本来ビジネス環境の整った国が企業を呼び込めなくなることこそが重大な問題だ、という欧州の識者の主張がある(4)。
このような考え方が共有され、国際的な協議・決定が進めば、デジタル税をめぐるゲームのルールは、どちらが課税権を持つかという「対立」から、ただ乗りを許さないという「協調」に転換し、何らかの合意点・着地点が見えてくるのではないか。
(注1) 佐藤 主光「公共経済学1 7講」(新世社、2017年10月)
(注2) 吉村 政穂「国際課税ルール見直しの行方―日本企業への影響―」日本経済研究センター 講演資料、2021年2月)
(注3) European Commission, ‘ Business Taxation for the 21st Century ’ (Communication, 2021年5月)
(注4) J.ティロール「良き社会のための経済学」(日本経済新聞社、2016 年10月)
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