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林秀毅の欧州経済・金融リポート

欧州復興基金と財政規律 -気候変動対応が試金石に-

 

2021/08/11

順調な資金調達に死角はないか

 今年7月上旬、「欧州復興債」が発行され、市場の注目を集めた。先ず期間10年で200億ユーロが発行され、7倍以上の募集を集めた。その後、期間5年・30年で計150億ユーロが発行され、これも人気を集めた。

 投資家から見れば、世界の市場で運用対象となる安全資産が不足する中、欧州連合(EU)という高い信用力、5年から30年という期間の多様性に加え、今後、総額7,500億ユーロの発行が予定され潤沢な流動性も支えになる。

 初回発行のため割安な条件設定がされたであろうことを割り引いても、今後への期待は高い。今秋には環境債(グリーンボンド)の発行が予定されており、この点も投資家の多様なニーズに応えるプラス要因と認識されるだろう。

 欧州復興債は、欧州連合(EU)が2020年7月に決定した新型コロナ後の経済復興計画「次世代のためのEU」の財源に充てられるため、その頭文字を取って「NGEU債」とも呼ばれる。

 「次世代のためのEU」は、具体的には総額7,500億ユーロの復興基金を設立し、EU加盟国に配分するものだ。

 この計画をめぐるEUレベルの議論にさまざまな紆余曲折があったことは、昨年6月の本レポートで述べた。

 冒頭述べたような形で、必要な資金を全額金融市場から調達することについては、当初から合意が見られた。

 しかし、これを加盟国に対し、資金調達コストに応じた条件で行う融資と返済を求めない補助金にどのような割合で振り分けるかについては、激しい意見の対立があった。

 この背景には、ユーロ危機当時から加盟国間の根深い対立があった。EUが一括して資金調達を行ない、自力では資金を確保できない一部の加盟国に融資どころか補助金まで与えることは許せない、という反発が背景にある。

 この点について、前出の本レポートでは、以下のような欧州の専門家の意見を紹介した。

 EUが各加盟国の債務を常に共同で保証する形では、財政赤字削減の努力を行い、財政規律を失う国が出てくる。

 これに対し、域内の各国経済に対するショックの程度が異なる場合に、財政資金の移転によりショックを和らげる仕組みができることは望ましい。

 以上の二つの道は「似て非なるもの」であり、前者によって生じるモラルハザードは後者の真の財政統合によって克服できる。

 この見方に立てば、ある加盟国が必要な時にはEUからの資金支援に頼るものの、支援に対する期待が常態化せず、自助努力を失わないかどうかが問題となろう。

各国の復興計画とEUの気候変動包括案

 ここで注目されるのが、各加盟国が復興基金からの資金配分を受けるため提出した「復興・強靭化計画」をめぐる一連の手続きだ。

 各加盟国は、今年4月末までに欧州委員会に「復興・強靭化計画」を提出することを求められた。これに対し欧州委員会は提出から2ヶ月以内、すなわち6月末までに評価・承認を行うとした。

 この背景としては、新型コロナ禍のため、欧州委員会に迅速な対応が求められたことは間違いない。さらに各加盟国、特に経済的な打撃が大きく、自力の資金調達が困難な国ほど、期限を守り提出する動機が強く働いたはずだ。

 しかし欧州委員会から公表された評価資料を見る限り、迅速性を優先せざるを得なかったため、全体としてやや評価が甘めになった感は否めない。

 また、現在発表されている各国別の復興基金の補助金配分額について、 欧州現地の市場関係者からは、「イタリア・スペインの受取額が突出しており、 誠実性が感じられ不透明だ」という指摘もなされている。

 これらの問題について、筆者は欧州委員会が 7月14日に発表した「気候変動に対する包括案」との関係に注目している。

 今回の欧州委員会による包括案は、2030年時点で温暖化ガス排出量を1990年に対し55%削減するという目標を、具体的な各産業のレベルまで具体化した内容だ。

 一方、各国が提出した「復興・強靭化計画」の内訳では、国により濃淡があるにしろ、環境への取り組みが1つの大きな柱になっている。

 しかし、元々産業の構造改善が遅れ今回新型コロナで大きな経済的な打撃を受けている国ほど、環境面で効果的なプロジェクトを実施し高いハードルをクリアすることは難しいためだ。

中期財政予算とEBPM

 以上のように考えると、新型コロナ禍の影響下、短期的には迅速性を重視せざるを得ないにせよ、中長期に見て、各国が受け取った資金を有効に使うかどうか、その費用対効果を見極めることが重要になる。

 ここで問題になるのがEU予算の仕組みだ。今回の復興基金は、現在のEUの2021年から27年までの中期予算の枠組みに沿って配分される。

 しかし欧州現地の専門家からは、現在のEU予算は、欧州議会・閣僚理事会・欧州委員会の三者による政治的な妥協により中期に亘って決定され、ガバナンスが働いていないという批判がある。

 特に、中期予算に基づき一旦資金が各国に配分されると、その後は支出のあり方について十分目が届いていない、という点が問題である。

 裏を返せば、復興資金を受け取った各国が、真剣に費用対効果を高めるための努力を行うかどうかが問題である。これは先に述べた各国は維持すべき財政規律の具体的内容であるといえる。

 ユーロ危機が深刻化した後、予算段階での加盟国家の相互監視についてはかなりの程度、手続きが整備されてきた(図表)。

 今後は、計画・実行・評価・改善により構成されるPDCAサイクルに基づいた「エビデンスによる政策経営(EBPM)」の発想が、EU及び加盟国に浸透する必要があるだろう(1)。

 この考え方に基づき、各国が復興基金の資金を有効活用すれば、EU全体としても、中長期的な成長力の回復に向けた展望が見えてくるはずだ。

(1)林秀毅「「欧州復興基金と財政統合に向けた課題」(「コロナ危機とEUの行方」、Web 日本評論、2020年8月)