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岩田一政の万理一空

新G5にとどまれるか、人的資本の強化不可欠に

 

2011/01/17

新G5体制

 1月の全米経済学会でジョルゲンソンハーバード大学教授は、2019年の時点で世界経済秩序は、中国、米国、インド、日本、ドイツの5カ国によって形成されるであろうと予測した。この新たなG5体制に、中国、インド、日本のアジア三国が含まれていること及び、中国が米国を、インドが日本を追い抜くことは剋目に値する。

 市場為替レートで換算した名目GDPの規模でみて、2010年中に中国が日本を上回るかどうかが内外のメディアの話題になった。しかし、経済史家アンガス・マディソンの計測によれば、国際ドル(購買力平価1990年基準)で表示した実質GDPでみると、中国の経済規模は、すでに1992年に日本を上回っている。

 マディソンは、紀元ゼロ年から現代に至る世界の実質GDPの計測を初めて行なった。世界実質GDPの地域別配分をみると、アジアは紀元ゼロ年から1820年に至るまで、世界のGDPの半分以上を占めていた(表1)。とりわけ、中国は、10世紀から15世紀にかけては、経済規模、政治的領土、航海術において世界を先導していた。

 欧州の一人当たり実質GDPは、14世紀にようやく中国の水準に追いついた(表2)。その後、14-16世紀にかけて、ルネッサンス、科学革命、啓蒙運動など思想のパラダイムシフトがあった。さらに、経済面では、15世紀末から16世紀にかけて植民地経営と貿易拡大を通じる富の蓄積によって、世界に躍進した。しかし、一人当たり実質GDPの伸びは、産業革命後も、1820年頃までは緩やかであった。

 中国では明の永楽帝の時代に鄭和による大航海(1405-33年)があったが、友好親善が主目的であり、交易は限定的で、植民地経営も行わなかった。また、農業生産力の増加があっても、戦争や疫病によって一人当たりの生活水準は元の水準に引き戻され、「マルサス的な均衡」が続いた。

 以上の結果、世界のGDPの分布は、1820年頃まで、ほぼ世界の人口分布に比例していた。

産業革命の背景に教育水準の高い中間階級層

 1760年代に英国で産業革命が発生した。一人当たりGDPの水準が英国と類似していた12-13世紀の南宋時代の中国や江戸時代の日本で産業革命が発生しなかったのはなぜか、経済史にとって解明すべき懸案の一つになっている。

 言うまでもなく、人的資本の形成は、経済発展にとって最も重要な鍵である。ある経済史家(クラーク)の研究では、英国では、貧しい家庭に比べて、豊かな所得層の家庭に子供が多く、富が中産階級を育てるようにうまく配分されたためであるとしている。換言すると、貧しい世帯の子供の数が増えるよりも、豊かな人が人的資本を形成し、しかも世帯人員が増加して行く「ダーウィン的な人的資本形成」が円滑に行なわれた。教育水準の高い中産階級の層が厚く形成されることを背景にして、産業革命が発生した。

 戦後は、大戦間の時代から躍進した米国と欧州が世界GDPの半分以上を占めるようになり、一人当たり実質GDPでみると、欧州・米国とアジアや途上国の間で際立った格差が生ずるようになった。

新たな世界経済秩序とアジアの復権

 マディソンの国際ドル(購買力平価)を用いた計測では、2003年の時点で、アジア、米国・欧州、その他の地域で世界GDPはほぼ3等分されている。世界経済の将来について、マディソンは、中国の実質GDP規模は、2015年前後に米国を上回ると予測している。

 米コンファレンスボードは、購買力平価で換算したGDPで見ると、2012年に中国は米国に追いつくと予測している。しかし、米ピーターソン国際経済研究所のスブラマニアン研究員は、2月に改定予定の世銀の購買力平価を用い、最近5年間の人民元の実質為替レートの増価が15%程度であることなどの修正を施すと、すでに中国は、2010年に米国を追い抜いていると論じている。スブラマニアン研究員の試算では、米国、中国の修正された購買力平価でみたGDP規模は、それぞれ14.6兆ドル、14.8兆ドルである。なお、ゴールドマン・サックスの予測によると、市場為替レートで換算した中国の経済規模は、2027年に米国を上回るとされている。

 さらに、金融危機を踏まえた、2010年に改定されたマディソン予測では、2030年に、アジアの割合は58.1%に達するとされている(表3)。なお、内閣府の「世界経済の潮流」(2010年)では、市場為替レートで換算した世界の実質GDPに占めるアジアの割合は、40.5%と推定している。いずれにしても、購買力平価で換算した実質GDPの規模でみると、アジアが再びその過半を占める時代が、2030年代に到来する。

 言葉を換えて言うと、マディソンの予測が正しければ、欧州と米国が経済、政治面で支配的な役割を演じた時代の持続期間は、人類の長い歴史において200年余りの短い期間であったということになる。

日本の人的資本ストックは97年にピークアウト

 果たして、日本が10年後に「新G5体制」の一翼を担う国になれるのかどうか不確実である。私のおおまかな試算によれば、日本の人的資本ストック(=個人の生涯賃金の割引現在価値の合計)は、国富(実物資本ストック、土地、在庫、対外純資産などの合計)の2倍程度存在するが、一人当たり名目賃金と同様に1997年にピークアウトしている。さらに90年代後半以降、英国の「ダーウィン的な人的資本形成」とは逆に、所得の低い世帯に比べて、中産階級以上の世帯で人員の低下が目立っている。

 日本が新たな世界経済秩序を担うG5にとどまるためには、産業革命前の英国における「ダーウィン的な人的資本形成」に代わる、新たな「日本型人的資本形成メカニズム」を再度、構築することが大きな政策課題になっているのである。