米国量的緩和第2弾後の行方-金融政策に3つの選択肢
2011/02/21
2回の大規模資産購入でデフレ回避か
2010年11月に米国で量的緩和第2弾(総額約0.9兆ドル)が実施され、3カ月が経過した。2回の大規模な緩和政策の総額は約2.6兆ドル(約200兆円)に上る。
01年3月から06年3月にかけての「量的緩和政策」において、日本銀行はバランスシートを42兆円拡大させた。長期国債は18兆円、日銀当座預金残高の増加は25兆~30兆円、株式購入は2.7兆円であった。
また、長期国債の追加購入額は月当たりで3000億円程度(1年で3.6兆円)、日銀当座預金残高の増額も2兆~3兆円ずつ行われることが多かった。2兆~3兆円でも増額を決定するのは、政策金利を変更するのと同じくらいエネルギーの要る作業であった。
リーマン・ショック以降の日銀のバランスシートの拡大は限定的であった(07年末から10年末までで17.5兆円)。10年10月の包括的な金融緩和政策において、長期国債やETF(上場投資信託)、REIT(不動産投資信託)の購入用に5兆円、短期資金供給30兆円の基金が創設された。日銀が市場に供給された35兆円の資金を残すよう市場操作を行うかどうか、また、先行きバランスシートが35兆円増加するかどうか明らかではない。
米国国内の物価上昇率がプラス1%程度である時点で、大規模な資産購入プログラムを2回も実施する米連邦準備理事会(FRB)のダイナミックな政策展開には、心から敬意を表する。しかし、強い政策措置であるが故に、同時に副作用も伴っている。
サンフランシスコ連銀は、2回の「大規模資産購入プログラム」の実施が与えた効果をモデル・シミュレーションで評価した。この研究では、2回の大規模な資産買い入れによって、実質成長率は3%上昇し、失業率は1.5%低下、雇用は300万人増加するとみている。重要なことは、物価上昇率も1%上昇すると推定していることである。
仮に、この結果が正しいとすると、足元のコア個人消費デフレーターが1%程度であるので、米国経済は日本化を回避し、デフレに陥るリスクから逃れることになる。
国債残高の満期構造の変化
もっとも、モデル・シミュレーションでは財務省が発行する国債の満期構造の長期化が与える効果は分析されていない。量的緩和第2弾の実施によって、市中の国債残高の平均満期はやや低下した。他方で、財務省は、財政赤字拡大を背景として、FRBの長期国債購入を上回るスピードで国債を発行している。この結果、1月時点での市中国債残高の平均満期は、08~09年の水準を上回っている。
長期国債購入を通じて国債残高の平均満期を短縮し、長期金利を低下させる効果は、財務省の国債発行を通じる満期構造の長期化によって相当程度減殺されている。最近の長期金利の上昇は、景気回復期待が定着したことによる部分が基本であるが、財政赤字拡大に伴う国債発行増加による満期構造長期化の影響も無視はできない。
ちなみに、01~06年の日銀の量的緩和期にも、財務省は国債発行を通じて、市中国債残高の平均満期を長期化した。他方、日銀は長期国債購入にあたってその保有する国債残高の平均満期を短期化した。財務省は、国債発行に当たり市中残高の満期構造を短期化させ、日本銀行は長期国債購入に当たりより期間の長いものを購入すべきであった。そうすれば長期国債購入による長期金利引き下げ効果はより大きなものになったであろう。
資産価格や為替レートを通じる効果は有効
大規模な資産購入による長期金利引き下げ効果が減殺されるとしても、株価、不動産価格など資産価格の上昇、為替レート減価、各種のスプレッドの縮小などを通じる波及経路は機能している。「流動性の罠」を引用し、不況期には金融政策は有効でないという主張がなされることが多い。しかし、ケインズ自身は、1930年から1937年にかけての時期に大恐慌とデフレに対して「チープマネー・賢明な支出」の推進を推奨した。ちなみに、ケインズは1930年に出版した『貨幣論』で以下のように述べている。
「しつこく長引く不況に対する私の処方箋は、長期金利が限界まで引き下げられるよう、中央銀行が、債券を購入することである」
『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)においても、「あらゆる満期の国債売買」の重要性を繰り返し強調している。バーナンキFRB議長もキング・イングランド銀行総裁もケインズの処方箋を忠実に実行したと言ってよい。
ケインズが財政の「賢明な支出」の役割をより強調したとすれば、当時は、固定レート制度(または金本位制度)を暗黙の前提として政策論議を行っていたので、金融政策の有効性が見過ごされがちであったことが作用していよう。
マンデルは、60年代初め国際通貨基金(IMF)に勤務している折に、50年代後半から変動レート制度の下にあったカナダの政府当局者が、「なぜか財政政策が有効性を失っている」とエレベーターで話しているのを聞いて、変動レート制度の下では財政政策の有効性が失われ、金融政策の効果が財政政策を上回るというモデルを思いついた。現在、先進国は変動レート制度を採用しているので、ケインズが想定していたよりも、拡大的な金融政策が景気回復を促進する効果が大きいはずである。
その一方で、大規模な金融拡大策の実施は、副作用を伴っている。まず、中国政府が指摘するように、ドル安が行き過ぎれば、国際通貨としてのドルの役割に疑問符がつくことになる。また、変動レート制度を採用している国では、他国からの金融面の影響を遮断しえるとしても、ドルに為替レートをペッグしている新興国では、国内のインフレ率や資産価格をコントロールすることが困難になる。さらに、原油や穀物市場へ投機的な資金が流入し、原油価格や食料価格が高騰することになる。経済協力開発機構(OECD)は1月に、先進国の成長率は、交易条件の悪化によって0.5%程度低下するリスクがあると述べている。
バランスシートの規模維持か
量的緩和第2弾は6月に終了する。この後の金融政策運営には、以下の3つの選択肢がある。①量的緩和第3弾②新たな量的拡大は行わず、バランスシートの規模維持のみを行う③保有する債券の償還分だけバランスシートを縮小させる。
①を選択すると、原油価格や食料価格の上昇に火を注ぐことになる。交易条件の悪化やガソリン価格の上昇が、米国を含めた先進国の内需を弱めるよう作用する。現実に07年から08年にかけてこのリスクが顕現した。
他方で、③を選択する場合には、FRBは「受動的な引き締め」に乗り出すことを意味している。1月の公開市場操作委員会でも経済活動の回復速度は緩やかであり、失業率も13年の時点で6.8~7.2%と予測している。この失業率は、均衡とされる失業率5~6%を大きく上回っている。
FRBは課せられた2つの任務を13年になっても完遂しないことになる。①か②の選択は、原油価格の高騰がどの程度消費を冷え込ませるのか、自律的な景気回復力の強さの見極めにかかっている。私は、バランスシートの規模維持を選択する確率が最も高いと考えている。
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